ですから杉下が早苗の前から逃げ出したのは早苗から『赦されないかもしれないという可能性に対する恐怖』なんです。
では杉下にとって赦されない事が何故恐怖なのか?
一つは、母親である早苗から拒絶される事への恐怖でしょう。早苗を愛しているが故の罪意識ですから、その愛している相手から拒絶される事態に直面する事は恐怖です。
ですが、それだけでは無い、と見ています。
そもそも何故杉下が早苗から赦される事を欲したのか?
杉下が成瀬の前に立つ為です。早苗から赦されなければ彼女は成瀬の前に立つ事が出来ない。だからこの時の杉下は成瀬の元に帰れなくなる事態に直面する事を恐れて逃げ出したんだと。
人間の心理って不思議です。
実行しなければ可能性は開かれないのに、先回りして思い通りいかない場合の事を考えてしまい、それにたじろぎ、実行する事自体を躊躇う。逃げる。橋を渡る事を恐れてしまうんです。
そして最後に残るのが追って転んだ早苗の元へ、バスを停めてまで戻った心理。
この時、杉下は早苗が転ぶまえに早苗に向かって振り向きます。
振り向いて、早苗が転んだ様を見て、バスを停めた。
まずは杉下が早苗を振り返った心理です。
逃げ出そうとしている相手を振り返る心理って、基本的には後ろ髪を引かれる思いです。つまり相手に対して感情を残している訳です。
『後ろ髪を引かれる』この言葉の一般的な説明はこうです。
未練が残って、きっぱりと思い切れないこと
未練が残って、という部分はその出所は彼女が早苗から逃げ出した心理そのものの中にある、と思います。つまり逃げ出す行為に後悔の可能性を感じた、という事です。
杉下が逃げ出した心理は二つあります。
母親から拒絶される事への恐怖とその結果として成瀬の元に帰れなくなる事への可能性への恐怖です。
この場合、未練の対象は前者は早苗であり、後者は成瀬になります。
しかし、未練という感情は一対一の関係において成立する概念だろうと思うんですね。
つまり、未練を感じる対象と行為対象が一致しているからこそ、それは未練として規定出来る。
つまり成瀬の元に行けない、という成瀬に対する未練としては早苗を振り向かない。
後者の場合、早苗から赦される事はあくまで手段です。手段でしかない存在に対しては未練を感じない。リトライできるんです。
ですが前者の場合、そうそうできるものではありません。ここでできなければ、次はほぼない。相手側の事情では無く、杉下が感情面で怖じ気付いてしまいます。だからこその未練。この機会を逃したら、というもの。
ですから、杉下が早苗を振り返ったには、早苗に赦されたいという母親に対する思慕からきた行動と言えます。
最後はバスを停めて転んだ早苗に駆け寄った心理です。
これは素直に取っていいんだろうと思います。
早苗を捨て島を出てしまった罪、後悔を再び繰り返したくないという思い。
逃げ出した心理は島を出るときとこの時では全く異なりますが、母親から逃げ出したという状況は同じです。自分にすがる早苗を捨てたことに対する罪意識、後悔の念が杉下には有る。この時は早苗が自分を追う理由はこれまた異なりますが自分を追う母親から再び逃げようとしている。自分は同じ後悔を再び繰り返すのか?
これが早苗に駆け寄った際の心理だと思います。
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