成瀬が杉下から血で染まったブランケットを引き取り、部屋に入った時、杉下は成瀬の背中に向かって『成瀬くん、ごめん』とつぶやきます。この『成瀬くん、ごめん』という杉下の気持ちを考えます。
この時杉下が成瀬に抱いていた気持ちは、以下のものだったと推測されます。
一つ目は、心中の現場に立ち入っていない成瀬を引き込んでしまった事。
二つ目は、そもそも野口や奈央子と全く関係のない成瀬を、作戦に巻き込んだ事。
三つ目は、その結果として未解決であるさざなみの放火事件がこれを契機として再び成瀬を放火犯の嫌疑に晒す危険を発生させる事になる事。
四つ目は、二つ目とも関連しますが、成瀬の自分への感情を結果として利用する形で成瀬を事件に巻き込んでしまった事。杉下自身には勿論成瀬に対する感情が有り、作戦後は成瀬との関係の再開を目論んでいたのですが、作戦そのものは杉下の西崎への感情が発端となっている。だから杉下には成瀬を〝理用した〟という感覚がある。
この四点に対する、成瀬への罪の意識が『ごめん』の表現になっているんです。
で、実はここでの『ごめん』の理由が、そのまま十年後、成瀬のプロポーズへの返答、『甘えられん』に繋がっている。
この『甘えられん』という表現は〝甘えたいんだけれども〟という前提があって初めて成立する表現です。西崎や安藤に対しては使っていない表現です。
病気で余命宣告を受け不安で仕方ない、本当は成瀬に甘えたい、頼りたいけれど成瀬に対する罪の意識がそれを許さない、だから『甘えられん』。逆に言えば、病気が成瀬に対する甘えたい感情を生み出しているのです。
ここで注目したいのが西崎への拒絶と成瀬への拒絶では杉下の拒絶の理由が異なる、という部分です。勿論杉下には西崎にも罪の意識があるのは間違いない。しかし西崎の金銭その他の援助の申し出に対しては間接的に『病気の事は別』という表現で病気を理由としてあげています。
しかし成瀬に対する拒絶は、病気が理由には入っていません。成瀬は杉下が病気である事を解ってプロポーズをしています。そして杉下は結果として成瀬の元に行った。拒絶の理由が病気であるならば、その事実が時間の経過で変わる訳がないので、杉下は成瀬の元には行けない。この時の拒絶の理由は病気以外のものであり、それは何か?と考えると、上記の成瀬に対する罪の意識であり、この罪の意識が何かで解消したため、最終的に成瀬の元に行く事が出来た、と考えます。
では、その何かとは?
それは成瀬のプロポーズを拒絶する事に対する『冒涜観念』だと思います。冒涜観念が成瀬に対する罪意識を解消させ、成瀬の元に行く事が出来たんです。
参照
杉下は成瀬の何に〝悪魔的絶望〟を抜け出す光を見たのか
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