2016年1月29日金曜日

西崎の『歪んだ場所にいると…』に反応した杉下の心理

杉下の心理が西崎に接近していった過程はまた別途考えるとして…
杉下自身は自分の感情をどう理解していたか考えてみます。

ポイントは西崎のこの言葉に対する反応だと思います。

『歪んだ場所に居ると、歪んでいる事にさえ気づかない』

この言葉に杉下はピクって反応するんですよね。これは自分の感情が歪んでいる事に自覚があるからこその反応です。
では、杉下は誰に対する感情に歪みを自覚したんでしょうか?候補は三つあると思うんです。

1.ゴンドラ以前の成瀬に対する感情
2.現在の西崎に対する感情
3.スカイローズガーデン前の成瀬に対する感情

ここで安藤に対する感情は入ってきません。それは杉下には安藤に対する恋愛感情はない、という判断も有りますが、仮に安藤に対する恋愛感情が杉下にあったとして、それを『歪み』と言えるのか?と考えると、それは違うだろう、と思います。安藤はこのドラマで歪みとして描かれていません。その安藤への感情を歪みと表現するのは修飾矛盾なんです。(ですから逆説的に杉下には安藤に対する感情はない、とも言えるのです。)

で、上記候補のうち、3.現在の成瀬に対する感情、はまづ除外される。
その根拠は杉下が島で再開した成瀬に感じた『そのままでいる存在』感への安堵
杉下が成瀬に対して歪んでしまったのはお城放火未遂以降、ゴンドラまでです。ゴンドラで成瀬を手放した結果、成瀬という呪縛=歪みから逃れる事ができた。だからこそ『そのままでいる存在』への安堵感をえる事ができた訳です。成瀬に対する感情に、お城放火未遂以降は安堵感を得る事はありませんから、スカイローズガーデン前の成瀬に対する感情に歪みは無い、と理解していいと思います。

3.は歪みではありませんから、その対比として自分を観察すれば、1.成瀬に対するゴンドラ以前の感情が自身で歪んでいた事には容易に気づけるはず。問題は2.の西崎に対する感情なんですね。で、これについて杉下は自分の感情が歪んでいる、という事を理解していたと判断しています。何故なら西崎への感情が自分の歪んだ成瀬に対する感情(1.)へのシンパシーから来ている事が彼女にも判っているからです。だから杉下は西崎への感情が歪んでいる事に自覚ががある。

そうすると、冒頭の西崎の発言への反応はどちらについてなんだろう、となる。

で、私の判断について言うと、この時の杉下が反応したのは西崎に対する感情についてだと取っています。
杉下はかつて成瀬に対して歪んでいました。それが歪んでいるという事に気づいてはいなかった。しかし一度成瀬から離れる事でそれが歪みであった事に気付く機会をえた。そして今歪みのない成瀬への感情と歪んでいると思う西崎への感情が並立している現状で、彼女自身が歪みからの脱出の必要性を意識していたのだと思います。その歪んだ感情の相手である西崎から『歪みからの脱出』の必要性を説く発言が出る。さも自らに対して言われていると感じたから、反応したんだと思います。

参照
成瀬に再接近した杉下の心理
ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた

2016年1月28日木曜日

西崎の携帯を用意したのは野原の爺さん!

はっきり言ってこじつけです。

アンタッチャブルなネタとして挙げていた成瀬の携帯に西崎の番号が登録されていた理由をつけてやる事にしました(笑)

西崎の携帯を用意したのは…野原の爺さんです!(笑)

西崎のために十年間も部屋をそのままに維持した野原の爺さん。西崎は出所後当然の如く野ばら荘に戻っている。これは二人が服役中からコンタクトを取り続けていた証拠です。
そうすると西崎と家族との関係も考えると、西崎の預金通帳や印鑑も野原の爺さんが実質管理していた事が濃厚。

そう考えると…

出所予定を把握した爺さんが西崎の出所後の生活の便宜を図る為に速攻で携帯を契約(『孫へのプレゼント』とか称して)、その事実と番号を西崎に連絡(手紙)。
西崎はそれを受けてすぐさま携帯の番号を成瀬に手紙で送付。成瀬はそれを自分の携帯に登録した。
西崎は出所後、高野との会話の後野ばら荘へ、爺さんから携帯を貰い受け、暫し操作習得。そこに時間を要し、漸く成瀬に電話したのが夜になってから…

と、これでなんとかミステリーの破綻を一つ、潰す事ができました!

しっかし、こじつけやな(笑)

参照
ミステリーネタ その1 西崎の携帯電話の怪

2016年1月27日水曜日

立体パズル論 その三

…続き

そして、さらにこのドラマの魅力は、見えているニューロンを繋いでいるだけでは、必ずどこかで全うなつながりを維持できない部分、つまり破綻が出 てくるんです。

破綻例としては、事件後野ばら荘を尋ねた安藤を拒絶した杉下の描写です。スカ イローズガーデンで杉下のN=安藤、とした時には説明出来ない描写で す。
破綻の例をもう一つ挙げます。西崎が安藤を呼び出し、吊橋の質問をするシーン です。このとき西崎は安藤に質問したにも関わらず、杉下の病気を伝え る事は しませんでした。その説明として、「杉下が安藤に伝える事を拒んだから」との 説明がありますが、それならそもそも西崎が安藤を呼び出す必要 性さえないの です。さらに言えば、西崎はその後成瀬に杉下の病気を伝えますが、杉下は成瀬 なら病気の事を西崎が話すのはオーケーだったのか?と言 えば、決してそんな わけはない。

こういった破綻を、全体の中に組み込むには、表面に見えているものに隠され た、若しくは隠蔽された意図の裏にある動機と、その動機に繋がる隠され た原因の腕を改めて繋いでいく、という作業が発生するんですね。その作業がまさに謎解きであり、この裏側が表面から見えるネットワークの何倍もの 密度と広がりがある。

一つの破綻点を回避しても、ネットワークですからその破綻を回避するために用いた解釈から派生して、それまでは何も問題のなかった箇所で、別の破 綻が新たに発生したりする。それをまた修正するとまた別の場所が…

これの繰り返しです。ですからある破綻を回避しようとした作業の結果、これまで見えていたものが全く180度見え方が変わった!なんてモノが幾つ も出て くるんですよ。

このドラマの本当に面白いのは、こういった発見が未だに続くという巨大なネットワーク空間が限られた世界の中で成立しているからなんだと思います。

fin

2016年1月26日火曜日

立体パズル論 その二

…続き

ここで「原因」「意図」「効果(結果)」を出しているのは、このドラマの謎解き上の重要な切り分け。タイトルの『〜のために』を意識しています。 このドラマではこれを明確に区分しないと、トリックに引っかかってしまう為です。

各ニューロン(誰かのアクティビテイ)間のつながりは「効果(結果)」→「原因」の関係で結ばれている。つまり、何かの出力が、別の何かの入力に なっている、というという形です。

で、更に言えば、夫々の腕(原因腕、効果(結果)腕は一つのニューロンから幾つも出ている。若しくは出ている可能性がある。
ですから、各ニューロン(つまりはノード)は多対多の入出力を持つ変換機構と言えます。
つまり、とんでもなく巨大なネットワーク構造物なんですよ。

一つのアクティビティは複数の原因が存在した上で、行動者の意図によりアクティビテイとして具現化し、その結果が複数のアクティビティの原因とな る…

このブログを立ち上げてもう十ヶ月経つのですが、この間にやってきた事というのは、今思うと巨大なニューロンネットワークを理解・分析し、何処と 何処が繋がっているのか?変換機構たる行動者の意図は何か?というの調べることだったように思うのです。なんだか脳外科が神経細胞を一本一本繋ぐ ような感覚といったらわかってもらえるでしょうか?

続く…

2016年1月25日月曜日

立体パズル論 その一

原作者が描こうとした立体パズル。その意味のイメージが何となく掴めて来たような気がする。

当初、この意味はさざなみとスカイローズガーデンにおける各キャラクターの配置とその役割のシンメトリー性、及び行動動機、原因、結果のベクトル の逆転について言っているものだと思っていたんですね。
でもどうやら違うようなんです。

今の感覚は上記のような両事件のシンメトリー性、真ん中を折って構成されるベクトルの違いから生じるでこぼこ(つまりそれは立体になるわけです が)を言っているのではないと感じています。

今のイメージは、むしろ人間の脳内に存在するニューロンネットワークのイメージに近いものです。

ここで脳神経科学を論じるつもりはないのですが、こんなイメージです。
仮に、各登場人物を色とします。杉下は黄色とします。
次に登場人物の行動(アクティビティ)をニューロン(神経細胞)とします。
その神経細胞には、幾つか性格の異なる腕がある。腕が持つ性格とは、以下の二つです。
一つが原因。もう一つが効果です。原因はニューロンの入力系です。そして効果が出力系。

そして意図は各ニューロンの中に隠れている。ブラックボックスです。ある意味、入力と出力の間に存在する変換機構と取っていい。

続く…

2016年1月24日日曜日

何故西崎は安藤を先にテストしたのか?

事件時、西崎は杉下を成瀬に預けました。『杉下を守ってやってくれ』
西崎は成瀬が杉下の究極の愛の相手であることも知っています。
にも関わらず、杉下の病について当の成瀬では無く、先に安藤をテストしました。
この事から、以下の事が推測出来ます。

1.西崎は成瀬と杉下が自身の服役中接触を絶っていた事を知っている。
2.西崎は病の杉下を預ける相手として、成瀬を選択する事に不安を抱いている

西崎の一番の関心は杉下です。成瀬とは手紙のやり取りをしていた。
当然西崎は杉下の様子を尋ねます。成瀬の応えは『杉下と接触していない、知らない』。
若しくはその問いには答えなかったかもしれません。当然西崎はその理由を問いただすでしょう。ただし手紙という手段で当然検閲を受けていますから、あからさまな表現は出来ない。遠回しな表現となる。
直接的な表現では偽証がバレ、場合によっては自分の意志とは離れたところで、再審請求などされかねない。そのような動きが出る事自体が西崎には避けたい。
しかし成瀬は西崎の問いに一切答えなかったと思われます。それは出所後直ぐの電話でも同じだったでしょう。

つまり成瀬が杉下と接触しない理由、二人の関係が途絶えた理由と事情を西崎は全く把握出来ていなかったから、成瀬が杉下の病を知ってどう反応するかが全くわからない。事情が不明であるから、説得しようにも何を材料に説得したらいいのかさえ判らない。ですから当然自信が持てなかったであろう事が予想出来るのです。

それに対して安藤は?
彼に資格があるかどうかは別としても安藤が杉下の病状を知れば動く事は容易に予想出来た。そうであれば動く事が間違いない安藤をまずテストしようと、西崎は考えたのだと思います。そうでなければ、成瀬を差し置いて安藤をテストする理由を見出せません。

参照
成瀬と西崎のやり取りは手紙だった
西崎が安藤に『崩れ落ちそうな橋』の問いをした理由
崩れ落ちる橋への二人の答え

2016年1月23日土曜日

西崎の賠償責任から観た、『このドラマおかしいぞ!』

ふと考えたんです。はっきり言って妄想ネタ。
四人の偽証が通った、という事は野口の奈央子殺害が公判で認められた、という 事ですよね。そうすると…

1.野口の刑事訴訟上の扱いはどうだったんでしょう?被疑者死亡のまま起訴? その結果は?
2.西崎が仕事を探す口実として賠償を口にしています。このときの損害賠償は 誰に対して?奈央子については奈央子親族から野口親族という事にな り、西崎 は野口親族に対する損害賠償が発生したのでしょうか?

この辺りは原作も含めて一切の痕跡は無いですね。気になります。

特に損害賠償の関係は非常に気になりますね。
つまり刑事において以下の関係が認められてわけです。

1.野口が奈央子に対してDVを行っていた。そしてそれが元で奈央子は流産し た可能性が濃厚
2.西崎と奈央子が不倫関係にあった
3.野口が奈央子を殺害した
4.西崎が野口を殺害した

上記を損害賠償の方向で整理しなおすと
1.は奈央子親族→野口親族(これは慰謝料?)
2.は野口親族→奈央子親族、野口親族→西崎(これは慰謝料)
3.は奈央子親族→野口親族
4.は野口親族→西崎

私はこの手の揉め事については詳しくはないが、奈央子親族と野口親族間の慰謝 料については相殺?したとする。
残るのは、2.の野口親族→西崎の部分と3.及び4.

奈央子は専業主婦で無収入。野口は40台前半の大手商社の課長職で軽く給与額は 1千万円オーバー。不動産は関係ないとしても、仮にこの先給料が死亡時と変 わらなかったとしても残りの生涯獲得給与は2億以上?

うーん。こう考えると…

西崎の親父さん、『たまには還ってこい』って言える?多分その還ってくる家も 売らなきゃだめよ?
杉下さん、『似たような事』で済ませられる?『誰にも邪魔されず…』って安藤 に言っちゃって、いいの?
安藤君、『事件は終わったんだ』でいいの?裁判費用のカンパなんて、ちんけな もんだよ?よく西崎を訪ねられるね!あんたが鍵掛けなけりゃ、事件は起きな かったんだよ!

とそれを言っては…的な事を冷静に落としてみる。

やっぱこのドラマは西崎のブッ飛びに依存してるんだねー(笑)

2016年1月22日金曜日

成瀬と西崎のやり取りは手紙だった

前に検討確認したとおり、成瀬は西崎を府中に面会には行っていない。
ですが差し入れはしている。これは成瀬自身が杉下に明かしている。

そうすると面会をせずに差し入れするとすれば相手の欲しいものを確認するのが 当りまえ。
まして成瀬は西崎に関しては個人的な嗜好等を把握できるほどの関係でもない。
そうすれば手紙で成瀬は西崎の嗜好他を確認していたと思っていいと思います。

同様に法務省のサイトの解説を確認すると、手紙のやり取りの相手には制限はない。
もっとも中身は検閲されますが。

ですので二人は手紙を通じて服役期間中情報をやり取りしていたことになります。

参照
成瀬と西崎は府中で会ってはいない

2016年1月21日木曜日

成瀬と西崎は府中で会ってはいない


これ、成瀬が西崎に差し入れしていた、という成瀬の言葉からてっきり成瀬は府中に西崎と面会していた、と取っていたんですが、修正する必要があります。

法務省のサイトで服役者への面会に関する説明を見ると、成瀬が面会を認められる対象には思えない

認められる人間は(法務省のサイトから抜粋)
ア 親族の方
イ 婚姻関係の調整,訴訟の遂行,事業の維持その他の受刑者の身分上,法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理のため面会することが必要な方
ウ 受刑者の更生保護に関係のある方,受刑者を釈放後に雇用しようとされる方など面会により受刑者の改善更生に資すると認められる方
エ アからウまでには該当しないものの,交友関係の維持その他面会することを必要とする事情があり,かつ,面会により,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じ,又は受刑者の矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがないと認められる方で,施設が面会を認めた方
※ ここでいう「交友関係の維持」とは,受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資するための社会通念に照らした健全・良好な交友関係の維持であることに御留意願います。
※ 次のいずれかに該当する場合には,通常,面会は認められません。
○ 面会を希望される方の身元が明らかでない場合
○ 面会を希望される方と受刑者が社会内において継続的に交際してきた事実を施設において客観的に確認できないなど,施設において面会の必要性があると判断できない場合
○ 面会を希望される方が暴力団関係者などの場合

これを見ると、成瀬が友人として西崎と会うには、『継続的に交際してきた事実を客観的に確認』出来ないと行けませんが、これ、偽証と全く逆になっちゃうんです。

ですから、成瀬は府中で西崎とは会っていない、と結論すべきでしょう。

ん〜、これまでの論をちょっと色々修正する必要が有りそうです。

2016年1月19日火曜日

杉下はなぜドレッサーを見つめたのか?

奈央子と出かけ、思わず杉下はドレッサーを見つめてしまいました。

この時なぜドレッサーを見つめたのかは、やはりゴンドラからの流れで理解しないといけないんだと思います。
ゴンドラで成瀬については一応の?気持ちのケリを付ける事にしたとしても、成瀬との誓約から派生した早苗に対する罪意識って、解消しないんですよね。罪の意識ってあくまで個別的で、個別に解消しないといけない。

そうするとゴンドラ以降も杉下の早苗に対する罪意識は厳然として残っていて、より優先度の高かった成瀬についてカタがついたので、彼女の意識の表層に浮上したという事なんでしょう。彼女は早苗の事が気掛かりだったんだと思います。


もし杉下の早苗に対する罪意識が単に逃避のみ(早苗訪問時)であったなら、杉下はドレッサーを見つめていない。直ぐ視線を逸らしその場を離脱したと思います。
そうで無い、という事は彼女の中に未だケリが付いていない早苗に対する罪意識に対峙しようという意志、もしくはその必要性を感じ、その早苗に対する罪意識の象徴たるドレッサーを見つめたのだと思います。

参照
ドレッサーは早苗に対する罪意識と一番辛かった時期を呼び出すシンボル

2016年1月18日月曜日

杉下のN=西崎説の泣き所

この論考では『杉下のN=成瀬』としています。それは四人による偽証の構造と杉下の偽証の受け入れタイミングからの推定です。
つまり西崎の偽証要求にはノーといい、成瀬の偽証指示は受け入れた。二人のいう偽証の本質には差は無い。それなのに西崎はノーで成瀬にはイエス。という事は西崎のためには偽証は受け入れ出来ないが、状況の一部となった成瀬のためであれば偽証を受け入れる事が出来た、という事。
基本的にはこの判断は正しいと思っているんです。

ですが、『杉下のN=西崎』説を完全には捨てる事が出来ない自分がいます。
一番の問題はこのドラマの構造です。杉下の西崎に対する感情を徹底的に隠蔽した。杉下の『究極の愛』によるパラドックスに気づかなければ、西崎への感情に気づく事が出来ない作りになっている。原作と比較しても成瀬、安藤はアゲアゲなのに、西崎はサゲサゲです。ですのでミステリーとしての意外性は西崎が一番大きいのです。
ただ、このドラマでのもう一つの価値基準である『イヤミス感』については『杉下のN=成瀬』とした方が上です。なぜなら成瀬は『杉下のN=西崎』だと思っていたからです。ここで『杉下のN=西崎』をとると成瀬の株は上がるけどイヤミス感が減じますよね。

そしてやはり最大の障害は杉下の偽証受け入れのプロセスなんです。
プロセスを追うと、杉下のN=成瀬と結論せざるを得ない。これをひっくり返すにはそれがひっくり返りうる類例をさざなみから見つけなければならない。杉下が安藤の僻地赴任の阻止行動の源泉が実は安藤への恋愛感情ではなく、『大人の身勝手さで若者の未来が潰される事への抵抗と脱出』である、というのと同じように、その隠された行動原理をさざなみから見つけなければならないのですが、そのようなものがいくら考えても出てこないんです。

一方、杉下のN=成瀬の方はさざなみが杉下の勘違いに起因していて、スカイローズガーデンでもその勘違いに引っ張られてさらなる偽証をしてしまう、というドラマの世界観にはドンピシャなんですよね。

杉下のN=西崎説は意外性では一番ですがそれを積極的に支持できる証拠に乏しい事と、ドラマの世界観へのハマり具合で、やはり成瀬、とした方がしっくりいく様ですね。

2016年1月17日日曜日

杉下のゴンドラ後の西崎への接近


ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた。諦める事で成瀬の呪縛から自由になった。そして彼女の心の中に成瀬以外の人物への感情が芽生える可能性が生じた。
しかし自分は『安藤とは釣り合わない』。この時彼女の感情は誰に向かったのか?
それが西崎だったんです。自分と同類の人物への心理的接近。

彼女は自分と似た境遇にある人物へ心理的接近をする癖がある。成瀬に対しても同じでした。成瀬の場合は『経済的不遇により夢を断念せざるを得ないかもしれない境遇』と『大事な場所(Home)の喪失感』。

では杉下が西崎に接近したものはなんであったのか?それは
『帰るべきHomeを喪失した、火をシンボルとする愛する者に対する強烈な歪み』

西崎の場合は自宅火災による母親のDVからの解放と母親の呪縛。
杉下の場合はさざなみ炎上によるしがらみからの解放と解放者としての成瀬の呪縛

二人は相互に相手が自分と似たモノを抱えている事に早い段階から気づいていました。
杉下は台風の時に西崎のDV跡を知りましたし、『灼熱バード』を読んで彼が母親に対して強烈に歪んでいる事に気づきました。野ばら荘の大家との話で西崎が帰れる場所を既に無くしている事も知っているし、歪んでしまった相手に対する感情を『究極の愛』という共通のキーワードで合理化しようとしている事も。
杉下に取って西崎はゴンドラ以前から相当気になる存在であり続けた。ですから杉下が成瀬を諦めたゴンドラ以降、急速に西崎に心理的接近をした。恋愛感情を持ったと見ていいと思います。

それが安藤が野ばら荘を出て行った後に描写される瞬間記憶です。
瞬間記憶はこのドラマでは変化が起きる、何かが始まる事のシンボルです。
ゴンドラはある意味成瀬及び安藤との終局ですからその描写はなく、西崎との関係の変化が始まる意味でここで描写されているんですね。


参照
ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた
ゴンドラで杉下が安藤に感じた事
杉下が希求していたもの
キルケゴールの思想に対する証左

2016年1月16日土曜日

成瀬に再接近した杉下の心理

結婚式の三次会をけって、あずまやで二人して会話した際の杉下の言葉。

『成瀬くん、なんも変っとらんね。よかった』

この言葉に杉下のゴンドラ以降の価値観、そして杉下の成瀬に対する感情の本質が現れていると思います。

自らの宣言『誰にも頼らず上を目指す』は自分が変化し続ける存在である事を成瀬に約したにも関わらず自らにはその力が無いと安藤からゴンドラで思い知らされ、『変わる事が出来ない存在』だと自覚した。

しかし成瀬と再開し、成瀬が『そのままでいる存在』であった事に気付きそしてそれに安堵する自分。

杉下は自分が上昇志向を放棄し、成瀬という呪縛から逃れる事が出来た。そして相応に平穏に過ごす事が出来たけれど、『変われない存在』である事に成瀬に対するある種の引け目を抱えていたのでしょう。ですかその当の成瀬に『変わらない』有り様を観て、自らが成瀬に惹かれた本質を見出し、そして自らが『変われない存在』である事を肯定出来たのだと思います。

そしてその後、真に自らが素のままでいられる成瀬との関係再開を求めたのだと理解しました。
ですから、ゴンドラ前に成瀬を求めた動機と、再開以後の動機では随分と様変わりしていますね。

参照
杉下が希求していたもの
ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた

2016年1月15日金曜日

ゴンドラで杉下が安藤に感じた事

ゴンドラでの杉下の心理に影響を与えたのは、成瀬に対するものだけではないと思います。安藤に対する心理も影響を受けました。

ゴンドラの前に杉下が安藤に感じていたもの、それはライバル心。そしてそれに伴う親近感。
恋愛感情は?というとそれは無かった、と観ています。何せ杉下は成瀬に歪みに歪んでいましたから。

そしてゴンドラ。

私はこの出来事で、杉下は安藤に対するライバル心は放棄したと見ました。つまり『安藤にはかなわない』

さっさと難関な大手商社の内定を取った安藤に対してままならない自分の就職活動。
明確に自分のビジョンを語れる安藤に対して面接官に『英文科でなんでウチに?』と言われる自分。
密かにゴンドラに乗る免許を取得し、体重制限はダイビングのウェイトで解決するという自分には思い付かない方法で解決してしまう安藤。
そして自らがたじろいだ広い世界にむしろ武者ぶるいする自分と安藤とのポテンシャルの差…

当初は島育ちで自らを試す為に島を出てきたという似た境遇に親近感を覚え、安藤の生活レベルでのスキルの無さ(のこぎりをろくに使えない)に若干の優越感さえ感じていたものが、いざ自分の野望・野心を実現する能力に関して安藤から見せつけられた圧倒的な差。

後に杉下は安藤に『日本じゃ勝ち目がない』と漏らしています。安藤に対する敗北宣言です。

杉下は安藤に対してある種の好意はあったと思います。それは成瀬という存在が杉下に無かったならば、いずれ恋愛感情になるものだったかも知れません。

しかしゴンドラで杉下は自らの野望を成瀬に対する宣言通りには実現する事が出来なかった。そして彼に対する資格を喪失したと感じ諦めた。
杉下にその現実を突きつけたのは他ならぬライバル視していた安藤。
そうすると、杉下の感情として安藤に対してどのような変化が発生するかと言えば、『不釣合い』感ではないでしょうか?

『どんどん変化していく安藤には、到底付いてゆけない』

ゴンドラの経験で成瀬に対する心理変化で成瀬以外の人物が杉下の心に芽生える可能性が生じつつも、その後に安藤に対して彼女が感じたものは、このような心理ではないでしょうか?ですから、ゴンドラ以後も杉下に安藤に対する恋愛感情は生じなかった、というのが現在の解釈です。

参照
ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた

2016年1月14日木曜日

ゴンドラで杉下は成瀬を諦めた

私はスカイローズガーデン当時の杉下の心に二人の男性が居た、という立場を取っています(以後、二股説とします)。
その二人とは西崎と成瀬です。
そして杉下の作戦に挑む際の魂胆は

『西崎の奈央子救出(=人妻略奪という罪)に協力(=罪の共有)し、且つ自身の西崎に対する感情は、西崎が〝杉下の究極の愛の相手〟と思っている成瀬と自分の共同作業でカモフラージュ(相手にも知られず)した上で、作戦終了後には本気で成瀬と関係を再開させる(=西崎から黙って身を引く)』

です。

ずっと杉下の心に、成瀬以外の人物が滑り込んでくるプロセスを考えていました。『究極の愛』という精神保護システムを形成しなければいけないほど、成瀬に歪んだ杉下。街中で見掛け脊髄反射で後を追ってしまう。西崎の『そいつとか、罪の共有』に感情をダダ漏れさせ、洋介の『成瀬さんの悪いウワサ』に心配でチケットを見詰める…
それなのに?

彼女の様子が変わるのはやはりゴンドラの前後なんですよ。ゴンドラ以降、Nチケットを見ない。ドレッサー事件の際にも『下は見ない』と何度も唱えるけれど、チケットは出番なし。まして『上を向く』『上に行く』は出ない。

やはりゴンドラの一件で彼女の価値観、そしてそしてそれは成瀬との関係に影響を及ぼす何かに変化があったのは間違いが無い。

このゴンドラで彼女の野望が叶った、と理解していました。それは決して間違いでは無いけれど、必ずしもポジティブなものばかりでは無かったのでは?という事に気付いたんです。

杉下はゴンドラで『こんな処、一人じゃ来れなかった』と言います。でも成瀬に対する宣言は『誰にも頼らず、上目指す』。つまり成瀬への宣言に違反した形での野望実現なんです。

野望実現が彼女の成瀬との関係再開の為の資格条件です。『さざなみの熱りが冷めるまで』だった彼女の『究極の愛』の時間条件が長期化の中でいつしか『野望が実現するまで』にすりかわった。だから彼女は野望の実現に邁進した。沖縄で奈央子のボンベを締めた行為も、成瀬との約束に起因しているんです。それゆえゴンドラに乗る事にも拘った。

それが、自らの宣言に違反した形での野望実現ですから、彼女は成瀬との関係再開の資格を喪失したとように感じたんです。それはつまり成瀬を諦める、気持ちにケリをつけるという心理になった。

こう理解すれば、野望が実現したにもかかわらず彼女が成瀬に積極的接触しようとしない事も、奈央子のドレッサーにチケットを見ない事もスッと入ってきます。
ストレス源であった成瀬を諦める事で冷蔵庫は満杯にする必要は無くなり、そして、成瀬以外の男性が杉下の中に入って来るのに、支障が無くなるんです。

参照  
N作戦2における杉下の魂胆
杉下の『究極の愛』の構造
ゴンドラで杉下が解放されたもの
野望と『成瀬を頼れん』の関係
冷蔵庫のトラウマは存在しない
杉下の『究極の愛』の時間条件

2016年1月10日日曜日

杉下の、男とすると非常に困る『近接距離』での反応の差

久し振りの投稿です。 
ここのところ杉下の男性に対する距離感に関してつらつら考えてました。 今日先の投稿『安藤、車で迎えに行って街中での待ち合わせって…』に匿名さんより頂いたコメントのレスが、丁度そのネタにドンピシャなもんで、先にそちらに答えてしまったんですが、改めて本稿で披露しようと思います。 

杉下って、パーソナルスペース論でいうところの『近接距離』に自分が入っていく事には頓着が無いんですが、相手から入って来られると、困惑する、という非常に男としては困った?特徴が有るんですよね。 
『近接距離』というのは、簡単に言えば恋人同士の距離です。 これに対して『個体距離』というのは、友達の距離ですね。 安藤に対する杉下の反応を思い返していて気づきました。安藤が『個体距離』に居るのは全く問題無いんですけど、『近接距離』の領域になると自分が行動する時と相手が行動する時で反応が違うんです。 

自分が行動するケース例は、ダイビングスクールでのペア編成時とゴンドラ。この時は実に素直にスッと入るんですよ、『近接距離』に。沖縄での泥酔安藤の介抱?もこっちでいいでしょう。
ですが、逆に相手が入ってくるというケース例は沖縄でのキス、初詣の手繋ぎです。この時は明らかに戸惑ってるんですよね。もしかしたら安藤帰国後の抱擁もこちらとすべきかも知れません。

 一方成瀬に対しては、自分が行動するケース例は、早朝デートの際の成瀬への頭垂れとさざなみ手繋ぎ、パトカー内の『成瀬くんなら…』。これは安藤と同じ反応です。
相手が入ってくるケース例は、お城放火未遂時の成瀬の制止、スカイローズガーデン手繋ぎ、Notre抱擁。これは安藤に対する反応と異なり、実に成瀬に対して素直なんですね。 

この辺りが杉下の二人に対する心理の差の映像表現なんですかね。 

西崎の背中に負ぶわれるのは?泥酔の上での事なので、評価が難しい。でも状況としては西崎側から『近接距離』に入った例とした方がいいのかも知れません。

2016年1月1日金曜日

安藤、車で迎えに行って街中での待ち合わせって…

新年明けましておめでとうございます。

早いものでドラマが終了して一年、このブログを立ち上げて9ヶ月が経過しました。
何度かもう書く事も無いよな?と感じた事もありましたが、その度に未検討の領域が見つかり、ドラマの世界観が広がっています。

さすがに一時のようなペースでという訳にはいきませんが、N研の方で形にならずとも考えた事はつづってゆきますので、気長にお付き合い下さい。

今年一年が良き年であるよう。

では今年最初のネタ。

安藤と杉下がデイキャンプに出かけましたよね。このエピソードをどうドラマ内で位置づけするかが微妙なとこなんですが、私が注目したのは、キャンプよりその前の待ち合わせシーン。

安藤、車で迎えに行きますよね。でも待ち合わせは街中なんです。
学生時代同じアパートで過ごし仲の良い友人。安藤は杉下にプロポーズしている。安藤は杉下の住所を西崎の部屋でチラ見して知っている。それにもかかわらず、街中での待ち合わせ?

これ、どう考えても不自然ですよね。そもそも安藤が西崎のところでチラ見して杉下の住所を把握している事も含めてです。

この待ち合わせの際にも、表向き安藤は杉下の住所は知らない。杉下も安藤に住所を知らせて無い。だから街中での待ち合わせになったように感じます。

これを言うと、みんなから叱られるんですが、やっぱり安藤に対して杉下は心を開いていない証拠のように見えるんですよね〜。