2024年7月29日月曜日

ドラマ:安藤が知りたかったものは何か?

10話現代編において、安藤と高野の会話で高野はこう話しています。

高野:「空気のいい処に戻る事にしました」

安藤:「そうですか」

高野:「私が長年知りたいと思っとった事はようやく解りました。ですが安藤さんが知りたいと思っとる事は未だ半端になっとります。みんなあなたに何も話さんのですね」

高野:「仕事柄、人が何かを隠すのはやましい事があるからだと思ってました。独りよがりやな、と思わんこともないですが、誰かを護るために無心に嘘を付く人間もおるんですね」

安藤:「高野さん、一つ教えてください…」(この後安藤と成瀬の対面シーンへと移る)

この会話から判る事は、安藤と高野は協力関係にあったという事です。

この会話はいわば高野が自身の知りたかった事(=さざなみ炎上の真実)が判った事の報告であり、それに伴う協力関係の解消を安藤に申し入れたものです。そして安藤にはスカイローズガーデンに関して彼が知りたいと思っている事が存在しており、それは未達である事が高野の口から語られています。

『みんなあなたに何も話さんのですね』と高野が発言している事から、安藤は西崎や杉下との接触、そこでの会話、問いに関する回答などを高野に報告していた事が解ります。

安藤から高野に伝わった情報

2,3話に最初に高野と安藤が接触した会話より、安藤から高野には以下の情報が伝わっています。

  • 成瀬とは『ほとんど面識がない。居合わせたのは偶然』
  • 野口の死亡で自分のポジションが社内で変わった事。わずか入社2年で海外赴任となった
  • 自分のNは杉下であった事。そして杉下、成瀬にもそれぞれのNがいた、という見解
  • 海外に赴任する事となったら杉下にプロポーズするつもりでいた(但し交際については否定)
  • 杉下とは10年間接触がない事
  • 杉下のNの問いには回答を拒否

5話及び6話において、安藤と高野の会話シーンが描かれています。その中で2つの事が安藤から高野へ提供されています。

  • 燭台には火が付いていた事。西崎が火を恐れており、その西崎が火のついた燭台を手に取る事はできないという見解。
  • 野口家のドアチェーンは掛かっていたはずである点。

さらに言えば、5話で高野が杉下の自宅を訪れていますが、その杉下の住所情報を提供したのも、西崎の部屋を訪れた際に西崎が杉下に送ろうとしていた現金書留の住所を見た安藤からのモノと考えていいでしょう。

ドラマでは表現されていないが、安藤から高野に伝えられたであろう情報

更にドラマでは直接的に触れられる事は有りませんでしたが、安藤から高野には他にも情報が伝わっていたと思われます。具体的にはスカイローズガーデンに関して安藤が認識している事全体です。(参照:Nのために 論考: ドラマ:なぜ安藤は自身のNを杉下と言えるのか? (ronkouforn.blogspot.com)

なぜ、そう言えるか、というのは、西崎・杉下にとって一番の謀議内容を脅かす存在が安藤であり、その安藤の口封じのためのドアチェーンの隠蔽だったのですが、安藤自らドアチェーンについて成瀬の証言を覆しにかかった、という事は彼がドアチェーンを掛けた実行者である事を自ら明らかにする事と同義であり、当然なぜ鍵を掛けたのか、を高野に話したであろう事が容易に想像されるのです。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンを読み解く入り口 (ronkouforn.blogspot.com)

安藤には作戦における各人の役割分担も判っていた

3人による作戦の存在を前提とした場合、安藤には各人の役割分担も把握できたと考えてよいでしょう。何故なら、彼は関係者の行動時間と、杉下の将棋における役回りを了解しているからです。

安藤は同期との焼肉忘年会に杉下を誘う前、杉下に対して彼女が野口の将棋のブレインを務めていると認識している事を明かしています。杉下はこの安藤の発言を否定はしていますが、この認識と事件の時間関係を考えるならば、3人の役割分担を類推可能です。

西崎が奈央子の連れ出し担当。これは彼が杉下より後に野口宅に入った事から判ります。そして西崎が連れ出し担当とすると、それを実現するには奈央子と野口を分離する時間を作る必要がある。杉下は野口の将棋ブレインであり、その役割を利用して西崎より先に部屋に入り野口と奈央子を引き離す役割だと推測出来ます。

なぜ杉下が野口と奈央子を引き離す事が可能であったか、という点については、その前に野口と安藤が奈央子の前で将棋を指していた際に奈央子が発作を起こした事があり、それ以降奈央子の前で野口が将棋を指さなくなった(賭け将棋を持ち出された際の場所は2階)事を安藤は知っている為、杉下が野口と奈央子を引き離す役割であった事は推測可能です。

そして成瀬は奈央子不在となった野口宅から杉下を回収する(引き揚げさせる口実)役割だったと推測可能なのです。

高野から安藤に伝わった情報

この段階で安藤がドアチェーンに言及した、という事は、上記の通り安藤が推測するスカイローズガーデンの模様についても、高野に対して伝わったと見ていいでしょう。もちろん、そこには彼がドアチェーンを警察に話さなかった理由も含めてです。

それに対して高野も安藤に対して高野の持つ情報を提供するはずです。情報の提供に対する対価は情報であるはずだからです。高野が持つ情報とはすなわちさざなみ炎上をめぐる杉下と成瀬の関係性に関するものであったはずです。そこには高野がさざなみの放火犯は成瀬と見ている点、杉下が成瀬を庇う偽証をしている点、事件が未解決で翌年に時効を迎える点なども含まれるでしょう。

杉下と安藤の、地下鉄口での会話(6~7話)

安藤:「逃げないで聴いて…警察には言わなかった事を話すから、杉下も話して」

安藤:「あの日、西崎さんはあの部屋から奈央子さんを連れ出そうとしていたんじゃないの?本当のことを知りたい」

安藤:「10年前の杉下にもう1回逢って、これからは一緒に居たい」

杉下:「どういう意味?」

安藤:「あの日、事件の日に渡そうと思ってた」(指輪を差し出す安藤)

安藤:「結婚してくれって言うつもりだった」

杉下:「これ、買ったの?」

安藤:「10年前に」

杉下:「一度も付き合ってないのに思い切りが良すぎる」

安藤:「10年前はいけると思ったんだよ」

杉下:「私と安藤が結婚したら、家に安藤”のぞみ”が二人いる事になるよ、そんなめんどうな夫婦ってどうなの」

安藤:「そんなこと大して面倒じゃない」

杉下:「これまで付き合ってた娘、いたんでしょ?」

安藤:「いたけど、誰とも結婚したいって思わなかった」

杉下:「私もそう、今は誰とも結婚したいって思ってない」

安藤:「わかった。会ったらすぐ元に戻れるって思ったけど、10年は永いな」(指輪を返そうとする杉下を制して、再度杉下側に押し戻す)

安藤:「とっといて」

杉下:「貰っても困る」

安藤:「今は思わなくてもさ、そのうち結婚したいって思うかもしれないじゃない。3年先とか、5年先とか」

杉下:「そんな先の事わかんない」

安藤:「そ、わかんないんだって、先の事なんか」

これはプロポーズが主たる会話ではない

この会話のシーンは安藤の杉下へのプロポーズシーンとして話題になっていました。杉下が病気でなかったならば、プロポーズを受けていた、とか言われていました。そこについてはこの場での主たる関心ではないので、おいておきます。

話を戻すとこの時の会話における安藤の本当の意図はプロポーズではありません。もし安藤がプロポーズする事が真の目的であるなら、「10年前の杉下にもう1回逢って、これからは一緒に居たい」からいきなり始めればいいのです。それにも拘らず会話の開始が「逃げないで聴いて…」という事は、実はこの会話の構造上のメインは『西崎さんはあの部屋から奈央子さんを連れ出そうとしていたんじゃないの?』という問いであったのです。

彼の10年前にプロポーズするつもりだった、という点に関しては、会話構造からすると、上記の問いに対する杉下の回答を引き出すための対価として、彼側が持つ情報を提供した、というのが正しいのです。

安藤は杉下が作戦の存在を知っている事を確信している

安藤は西崎・杉下・成瀬が杉下の部屋で逢っているのを知っています。その後クリスマス・イブにおける野口家での食事会が決まりますが、それには杉下の友人である成瀬の情報によるものです。本来野口家と何ら関りがないはずの西崎が食事会の日時と、その場に杉下の友人である成瀬がその場に現れる事を西崎が知っている、という事はそれらの情報に杉下が介在している事は明らかです。

また、西崎が訪れたタイミングも野口と奈央子が分離されるであろうタイミングであり、先行して杉下が野口宅を訪れる事にしたのは、そのためとも見えます。

ですから安藤は単に可能性としてではなく杉下が作戦を承知していた事は確信です。だからこそ、安藤は「逃げないで聴いて」と彼女に覚悟を求めて問うているのです。

この問いへの対応は三つしかない

この問いは構造的に杉下の対応は3つ存在します。一つは「YES」。二つ目は「判らない」。三つ目は”答えない”です。

「YES」は作戦が西崎・杉下・成瀬で共有されており、警察への偽証『3人が居合わせたのは偶然』を否定する事になります。

「判らない」は「知らない:NO」とは異なります。安藤の問いは『西崎は奈央子を連れ出そうとしていたのではないか?』であり、これに「NO」と答える事は逆説的に西崎・成瀬・杉下の間で情報が共有されている事を認める事になります。そうするとそれは結局「YES」と答えている事と同義になるのです。

ですから、この逆説的な肯定に陥らない為には作戦の共有を否定する必要があり、その場合の回答は「判らない」になるのです。

「YES」は杉下のNは西崎で、自分が杉下から「赦された」

杉下の答えが「YES」であるなら、彼女のNは西崎と安藤には見えます。

まず安藤は自分が杉下のNであるとは考えていません。もし杉下のNが自分であるならば、事件後彼女が自分を拒絶などしないはずであるからです。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンの深読み (ronkouforn.blogspot.com)

そのうえで杉下が「YES」と答えるならば、彼のNは成瀬でもない事になります。なぜなら、彼は直前の高野との会話で杉下と成瀬との関係について高野から情報をもたらされ、その中にはさざなみの時効が翌年である事が含まれているはずであるからです。安藤は高野と会っている事を杉下にも話していました。安藤からすれば当然杉下は自分から高野に情報が伝わる可能性を承知しているはずです。高野にこの段階で情報が伝わる事を厭わないとするならばそれは事件の時の杉下の偽証動機は成瀬のさざなみ炎上との関連を断つためではなかった、という事になり、その対象(杉下のN)は西崎だったという事になるのです。

もう一つ、安藤から見たとき、杉下が問いに答える行為は杉下が自分を「赦した」と取れます。『許されざる者』として拒絶され、情報を共有してもらえなかった自分に事件時の状況を共有してくれる行為は、彼からすればそれは「赦し」と取る事が出来ます。

「判らない」は拒絶の継続であり、杉下のNは成瀬

杉下が「判らない」と答えるならば、それは安藤からすれば明らかな虚偽です。それは彼女の態度が10年経っても依然として変わらないという事を意味しています。そうすると、今現在彼女が自分と会ってくれる理由は、高野という自分と成瀬の関係を追うものが安藤と接触している事から、高野の動向や意図を安藤から得ようとしているから、と安藤には見えます。つまりそれは現段階においても成瀬を庇う意思を示している事になり、事件時の杉下のNが成瀬だ、という事になるのです。

”答えない”は情報の共有を認めるが、杉下は自分のNを知られたくないという事

杉下としては、安藤が的確な問いを出してくるので、追い込まれての回答となるのがこのケースになります。杉下としては、安藤を赦した訳ではないので、『Yes』とは答えられない。「判らない」は杉下のNが成瀬とバレる事になるので、杉下としては回答が出来ない。そうすると杉下としては”答える事が出来ない”という状況に追い込まれる訳です。
また杉下としては、安藤から引き続き情報を得る可能性を残すには、安藤の問いに対して答える事は出来ないという状況です。

安藤の目的は

安藤は高野へ自身が知る、推測しうる事件の真相を伝えた後に杉下と会っています。高野からはさざなみ炎上事件と杉下と成瀬の関係性の情報も伝わっていたはずであり、それを受けて彼は行動したと考えるべきでしょう。具体的にはさざなみ炎上の時効がまだ成立していない、という状況で彼女がどう反応するのかを安藤が知る事は意味があります。

正確には安藤は杉下が『作戦を知っていた』かどうかが知りたい事ではなく、その問いを発する自分に対してどうこたえるか、が主たる関心であったという事になります。

事件後、安藤は杉下から接触を拒絶されています。それは杉下には安藤が許されざる者であったからであり、そうであるがゆえに真実を教えてもらえない、という事も理解しています。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンの深読み (ronkouforn.blogspot.com)

このような経過をたどった杉下が、現代にどう答えるか、が安藤の真の目的だったと考えられるのです。

杉下が作戦を『知っていた』と答えたならば、それは真実であり、真実の共有相手として杉下が安藤を受容したという事であり、それはある意味安藤には杉下からの『許し』となるものです。

それ以外の答えは、真実の共有相手としては受容されていない事を意味します。それは許しを得られていない、という意味です。

2024年2月10日土曜日

ドラマ:安藤の僻地行きは左遷ではない

出典:https://www.tbs.co.jp/

 これは以前から指摘している事です(参照:Nのために 論考: みんな『安藤の僻地行き』の意味を取り違えている (ronkouforn.blogspot.com)

これは野口が安藤の能力を高く買っている事の、抜擢人事です。

この辺りについては、参照先記事に書いている事ですので詳細はそちらに譲ります.今回はその参照記事に書いていない部分でも、この説を裏付ける描写がありますので、そのあたりについて書きます。

「君が勝ったら、名前が挙がっても僕が取り下げる」

8話で野口が安藤に賭け将棋を持ちかけるシーンでの、野口の発言です。これは、安藤がプロジェクトのメンバーとしてふさわしいと、周囲から声が掛かる可能性を野口が認めている発言です。つまり野口は安藤が周囲からも評価されている、という事を認識している訳です。

安藤は杉下にプロポーズするつもりだった

6話現代編で杉下を呼び出した安藤が彼女に告げています。

「あの日、事件の日に渡そうと思っていた。(指輪を差し出す安藤)結婚してくれ、って言うつもりだった」

ここで問題なのは、安藤のドラマ中での性格付けです。

仮に安藤がダリナ共和国赴任を『左遷』と取っていたとした場合、それば彼のキャリア上の『敗北』であるでしょう。彼はドラマ内では常勝者として描かれています。にも拘わらず、ここで仮に敗北だと取っていた場合に、杉下へプロポーズしよう、などと考えたでしょうか?敗北を契機としての杉下へのプロポーズであるならば、それはそれは安藤が精神的な慰撫を求めた事になり、ドラマ内での安藤の描写とそぐわないのです。

彼はダリナ共和国行きを自身のキャリア上のチャンスと捉えていたからこそ、杉下にプロポーズする事を決めたと考えた方が妥当です。

彼が杉下にプロポーズする事を決めたのは、8話東京編で野口宅からの帰り道での杉下との会話の結果だと思います。彼は杉下に成瀬との関係を問い、杉下から「付き合ってない」という言質を取りました。海外赴任の可能性を明かし、また『僻地』であるダリナ共和国を『無人島』に例え、「無人島に行け、と言われたらどうする?」と問い、彼女の『行ってみてもいいかな』という答えを得ます。

これは、安藤に以下の情報を与えたことになります。1つは、杉下にステディな関係の男性は現在存在していない。2つには、『僻地』である事が杉下がプロポーズを断る理由にはならない、という事です。この情報で彼はプロポーズを決めた、と考えていいでしょう。

また、彼は9話東京編で同期との焼肉忘年会に杉下を連れて行っています。これはある意味同期への杉下のお披露目とも言える行動です。安藤がダリナ共和国行きを『左遷』と取っていたなら、彼はこのようなお披露目などしないでしょう。

野口の言動も安藤のポロポーズを後押ししている

8話東京編において、取引先から縁談を持ちかけられた安藤に、「結婚する気があるなら、早い方が良い。海外駐在に連れてゆくとなると、誰でもいいって訳には行かない」とアドバイスしています。安藤の左遷を考えているなら、そのパートナーについてなど、どうでもいいはずです。

同じく8話東京編において、野口は自らシャルティ・広田のシェフへ安藤が杉下にプロポーズする可能性を伝えている事がシェフと成瀬との会話で明かされています。シェフがそれを受けてシャンパンの追加とデザートの変更をしていますし、シェフが成瀬に演出の指示をしています。これは野口がシェフへ演出を依頼したと考えられます。左遷する者のプロポーズに対して、このような配慮をするでしょうか。

また、この野口の行動は9話での安藤の動機への杉下のお披露目より前です。野口がこのような行動をこの時点でする、という事はドラマでは描写されてはいませんが、賭け将棋に自身が負けた場合には、安藤は杉下にプロポーズを決めた後に自身のダリナ共和国赴任に併せ杉下へプロポーズする意思を野口に伝えていたと考えられるのです。

杉下が『僻地行き阻止行動』をとった際(9話)、このように杉下に言っています。

  • 『そんなつもりはないよ』(杉下の『人の足を抄うようなことは、しないでください』に対して)
  • 『悪い話じゃないよ。若いうちから経験を積めるんだ。有難いと思って貰わないと』
  • 『安藤君が僻地に赴任になったら、希美ちゃんついてく?それとも別れて日本に残る?』
特に最後の部分は、野口が安藤のダリナ共和国赴任、及び安藤のプロポーズを後押しする立場の文脈から見ると、ラウンジに待機する安藤に対して、彼のプロポーズの成否の可能性を探り、それを安藤に伝える事を目的としていると考えられます。

2024年2月3日土曜日

ドラマ:杉下の安藤の僻地行き阻止行動を杉下のN=安藤の根拠とは出来ない

出典:https://www.tbs.co.jp/

 Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンの深読み (ronkouforn.blogspot.com)において、野口に対する杉下の『安藤の僻地行き阻止行動』に纏わる周辺の状況・シーンから杉下のNは安藤ではない、と説きました。

しかし放送当時から杉下のN=安藤の根深い誤解の根拠として、この時の杉下の行動が挙げられる事も事実です。今日はこの点について述べます。

スカイローズガーデンにおける一番の問題は警察に対する偽証

スカイローズガーデンで中の杉下を含む中の3人の一番の問題は、野口夫妻の心中をどう言い逃れるか、という点です。

「その時考えていたのは、大切な人の事だけだった。その人の未来が明るく幸せであるように。みんな一番大切な人の事だけを考えた」

この杉下のモノローグのいう、『その時』とは野口夫妻の心中以後、警察への証言を終えるまで、という時間的に区切られるものです。杉下の『安藤の僻地行き阻止行動』はこの時間の中には入りません。

また、『その時』の杉下の敵は警察ですが『安藤の僻地行き阻止行動』における杉下の敵は野口です。つまり二つのタイミングにおける杉下の敵が異なる事から、一方の行動の類推からもう一方の行動の結論を得る事は論理的には不可なのです。

杉下の『僻地行き阻止行動』は安藤に対する恋愛感情とは別の動機がある

もう一つの論理展開としては、『安藤の僻地行き阻止行動』は杉下が安藤を愛していたからの行動であり、その愛している相手を警察から守ろうと行動した、というものです。

「護るべき人」=「愛する人」=「大切な人」という、メロドラマにおける三段論法です。

しかし杉下の場合、『護る』行動の動機がその対象者に対する恋愛感情とは切り離されて存在しうる、という点に気付く必要があります。

『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』

Nのために 論考: 安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉 (ronkouforn.blogspot.com)で指摘した事項です。

彼女は父親や母親の身勝手な行動に振り回され、自分の夢や希望が閉ざされそうな状況に対して必死に抗い、そこから脱出したのです。このような経験から杉下は『本人の努力の外の力による、人の将来を弄ぶ行為及び人』全般に対する激烈な反発心を持っていたと考えられます。

彼女は野口に対してこう言っています。

『安藤が…目標を持っているのは確かです。そこに向かって真っすぐな人の足を抄うようなことは、しないでください』

この杉下の発言は、『安藤の足を抄う事』ではなく、『夢を持って努力している人の足を抄う事』をしないでくれ、として対象が一般化されているのです。

安藤の僻地行き=左遷と理解した杉下には自身の島時代と類似する状況に対して、激烈な反発心が発生し、彼女はその阻止行動に走ったと考えるべきでしょう。

2024年1月31日水曜日

ドラマ:西崎の『すべてはNのために。俺たちがやったことはそういう事だ』の『俺たち』に安藤は含まれるか?

出典:https://www.tbs.co.jp/

西崎が弁護士への証言として語った言葉です。1話現代編で出所直後の西崎に、高野が提示しています。高野は西崎に『Nって何ですか』と問うています。

西崎にとってのNは奈央子です。高野に対してそれを隠していません。

西崎からみて、杉下のNは成瀬です。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンを読み解く入り口 (ronkouforn.blogspot.com)

そして西崎からみて、成瀬のNは杉下です。彼は杉下を通してのみ、この事件、およびその関係者と接点を持つからです。

3人は作戦の共同計画者であり、また事件の処理方針について謀議をはかった関係です。ですから、西崎、杉下、成瀬は彼のいう『俺たち』に含まれると考えられます。

では、安藤はその中に含まれるのでしょうか?

西崎に安藤の偽証意図、安藤のN=杉下を推測可能か?

安藤のNは杉下です。(参照:Nのために 論考: ドラマ:なぜ安藤は自身のNを杉下と言えるのか? (ronkouforn.blogspot.com)

しかし西崎が安藤の偽証意図をどう見ていたのか?はそれとは別の問題です。

出典:https://www.tbs.co.jp/

西崎は9話で野口宅に入ってきた安藤に向かって、開口一番「逃げられなかった」と告げています。これは安藤がドアチェーンを掛けた事が原因で野口夫妻が死亡に至った事を彼に判らせる為の発言と言えます。そしてこの行為の真の目的は、3人の謀議内容を覆し得る存在である安藤に口を噤ませる事にあったと考えられます。

一般的に事件の遠因を造った人間は、自分がその事件とは無関係であろうとします。その場合自身の行動のうち、遠因となったものを隠蔽しがちです。この時は安藤がドアチェーンを掛けた事であり、ドアチェーンを掛けるにいたった経験や情報です。西崎から見たとき、安藤がドアチェーンを掛けた事のみを隠蔽し、その他の情報を警察に偽証するのであれば、西崎は安藤がドアチェーンを掛けた事を警察に証言する腹積もりだったでしょう。そうすれば安藤も無傷ではいられない。つまり西崎から見たとき、安藤はあくまで取引相手としか見えないのです。

西崎から見て安藤のN=杉下として理解するに至る条件は、安藤が事件は奈央子による心中であると理解している点について気づく事ですが、安藤がその認識に至っていた、と西崎が認識する事は到底困難でしょう。

西崎の『俺たち』には安藤は含まれない

西崎からみて、安藤の偽証意図は西崎との取引による自己保身以上のものには見えません。出所後西崎を訪ねてきた安藤への塩対応と併せて考えると、西崎の『俺たち』には安藤は含まれていない、と言えます。

2024年1月27日土曜日

ドラマ:安藤から見た、それぞれのN

2話現代編で安藤は高野にこのように答えています。

「あの時あの場所にいた全員に大切なNがいました」

安藤は自身のNを杉下と答えていますが、安藤からみて、他の3人についてもそれぞれにNがいた事を認識できている、という事になります。それでは安藤からみて、それぞれのNは誰だったのでしょうか?

安藤は情報源が限られる

安藤の場合、作戦についてもその情報は断片的で野口宅内での情報交換もほとんどありません。相互のやり取りもや事の推移についても情報がないため、状況証拠から類推するしかありません。恐らくその類推は現場での判断とはならず、後の証言段階や報道で得られる間接情報を含めた判断なのではないかと考えられます。

3人の事件の処理方針は判る

Nのために 論考: ドラマ:なぜ安藤は自身のNを杉下と言えるのか? (ronkouforn.blogspot.com)で指摘した通り、安藤には野口夫妻の死亡は奈央子による心中である事は判っています。しかし、他の3人が事件をどう処理しようとしているのかの情報は彼らから得られませんでした。

警察が野口宅に入ってきた際、西崎が自分が野口を殺した、との証言を警察に行っていますが、その場所は廊下状の箇所であり、その証言は安藤には聞こえていないでしょう。

一つの情報としては警察への証言時の反応です。安藤は慎重に計画性に繋がりかねない情報を証言から除外しています。自身が除外した部分について警察が安藤に聴かなかったとすると、3人の処理方針も計画性の否定、隠蔽である点は判るでしょう。

その他の情報源としては、報道と考えられます。ドラマ内でもテレビ報道の場面がありました。そこでは奈央子を刺した野口を西崎が殺害したと報じられています。

この二つの反応から安藤には3人の事件処理方針は「奈央子救出の西崎単独計画・実行」であり「西崎による野口殺害」であった事が理解できるはずです。

なお、杉下は情報源としては使えません。彼女は安藤の来訪を拒絶しています。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンの深読み (ronkouforn.blogspot.com)

安藤は西崎・杉下・成瀬の供述内容を知らない

出典:https://www.tbs.co.jp/

安藤は自身の証言について警察からの追求は有りませんでした。その結果から3人の事件処理方針は理解しえましたが、それ以上に3人の供述内容を調べる、確認するといった行動はとっていません。

ドラマ内で4人の証言シーンが描かれます。4話で高野が事件の担当弁護士の元を訪れ供述調書を読むシーンから杉下の証言シーンへとつながっている。つまり4人の証言シーンは供述調書の記載の再構成と言えるわけです。

一方で西崎が担当弁護士へ話した証言を高野は西崎に問うています。『すべてはNのために。俺たちがやったことはそういう事だ』。同じ内容を高野は安藤に対しても問うていますが安藤は『何ですか、Nって』と反応しています。つまりこの西崎の弁護士への証言を彼は知らない、という事です。

これらの記録は、状況的に弁護士事務所に弁護記録として一つ綴りのファイルで管理されているものであるはずです。そして安藤は西崎の弁護士への証言を知らなかった。つまり安藤は一連で綴られているであろう証言記録も目を通しているとは考えられず、彼は他の3人の供述内容はしらない、という推測ができるのです。

安藤には西崎のNは奈央子に見える

安藤は野口夫妻の死は奈央子による心中であった事が解っています。野口を殺害したのは奈央子です。しかし事件は「野口による奈央子殺傷、西崎による野口殺害」として処理されてゆきます。そうすると安藤には西崎は野口殺害犯である奈央子を庇い、自身が犯人となったと見えます。

安藤に杉下、成瀬のNは判断可能なのか?

安藤が成瀬について知っている情報を列挙します。

  • 杉下の同級生が作戦に参加している(10話、東京編)
  • 杉下の同級生は杉下の『罪の共有』、『究極の愛』の相手(10話、東京編)
  • 杉下の同級生はシャルティ・広田で働いている(8話、東京編)
  • 食事会の日(12/24)に空きが出たのを教えてくれたのは杉下の同級生(8話、東京編)
  • 杉下はその同級生とは「付き合ってない」(8話、東京編)
  • 西崎、杉下、杉下の同級生は杉下の部屋で一緒に食事をしていた(8話、東京編)
  • 友人の結婚式で島に帰った際、西崎から”再会したい相手がいる”のでは?とけしかけられる(7話、東京編)
  • 杉下の『究極の愛』とは『罪の共有。誰にも知られずに相手の罪を半分引き受ける。相手にも知られずに黙って身を引く』である事を知っている(6話、東京編)
  • 杉下は“今いる処よりもっと高い処へ行く”事を同級生と約束している(4話、東京編)
  • 杉下は街中で見かけた同級生を追いかけ、同意した安藤との食事をドタキャンした(4話、東京編)
  • 杉下の子供じみた野望を『真面目に聞いてくれた』のは同級生(3話、東京編)

成瀬のNは杉下以外にない

安藤には成瀬のNは杉下以外に設定する事は出来ないでしょう。何故なら成瀬には杉下以外に事件の関係者との接点がないからです。また、杉下の中にかねてよりかなりな重みを持って存在している同級生=成瀬がいた事を認識しており、二人の間には相応の関係性が推測できます。そう考えるとやはり安藤には成瀬のNは杉下以外に設定のしようがない、といって良いでしょう。

安藤から見て杉下のNは自分ではない

安藤は高野から『杉下さんのNはだれだったのか』と聴かれた際、「答えなければなりませんか」と返しています。その声、表情には苛立ちが見えます。彼は杉下のNを答えたくないのです。

安藤は事件当日、杉下にプロポーズするつもりでした。その事を高野にも話しています。しかし一方で彼は作戦が存在する事に気付いた時、杉下がもはや自身との関係性を終わらせる覚悟でいる事も理解しています。(参照:Nのために 論考: ドラマ:スカイローズガーデンの深読み (ronkouforn.blogspot.com)

一発逆転を狙ったドアチェーンでも結局杉下は安藤に助けを求める事はありませんでした。(参照:Nのために 論考: ドラマ:安藤がドアチェーンを掛けた理由 (ronkouforn.blogspot.com)

彼は杉下が究極の選択を求められた際には、自分は選択されないという事を思い知らされているのです。

これらの事から、杉下のNは自分ではない、と彼は考えていたはずです。ですから自身がプロポーズしようとしていた杉下のNについて、自分以外の名前を出す事は彼なりに逡巡・葛藤があるのでしょう。それは高野に対する反応として表れたと考えられます。

物語内において杉下の西崎に対する恋愛感情と思しきエピソードはない

杉下と西崎の間に、杉下が西崎に対して恋愛感情を抱いていると思われるエピソードは描かれていません。まして安藤が野ばら莊を退去する為、部屋を片付けている際の西崎との会話「杉下には落ち着いたら迎えに来る、と言っといて」という発言があります。つまり安藤からみて杉下と西崎との間は、そのようなものが存在しうる関係とは見なされていないのです。そうすると事件時における杉下のNを西崎とすることは安藤には不可能でしょう。

安藤からすると杉下のNは成瀬に見える

結局安藤から見たとき、消去法で杉下のNは成瀬に見える事になります。成瀬が杉下の心の中に以前から存在している事は早くから安藤も判っていました。また、西崎から杉下の『罪の共有』の定義を聴いていた事、二人が長らく接触がなかったことから、恐らく成瀬がなにがしかの事件を起し、杉下が偽証する事でその事件が未解決であるであろうと予想出来ます。スカイローズガーデンの事件に関する3人の処理方針が、計画の隠蔽=計画の否定=3人が現場でそろったのは偶然、とすることは、成瀬と杉下が抱える未解決の事件との関連性を発生させない為にも有効であろう、との推測も可能です。そうすると杉下には成瀬を庇うための動機が見出せます。やはり安藤からは杉下のNは成瀬に見えるのです。