…続き
西崎がこちらに向かって歩を進めてきた。俺の前に立つ。
「君にとって、愛とはひたすら待つ事なのか?愛とはもっとアクティブなものなのではないのか?相手の意思を無視してでも、強引に自分を押し付ける事が相手の幸せになる時もある。今の杉下はまさにその時なのじゃないのか?」
「それが誰も望まない結末に終わる場合も有りますよ。現に十年前がそうだった」
西崎の痛いところを突いてやった。その怒気を受け流す。
「…君も相変わらず無礼だな」
「別にあなたの事だけを言っている訳じゃ無いですよ。安藤さんも俺も、そして杉下も、皆んながそれぞれ誰かのために動いた結果があの事件で有り、その幕引きとして皆んなががそれぞれのエゴを貫いたが故にあなただけが罪に問われた」
俺は事件の本質に関する持論を打った。
「またその話か。しつこいな君は。そして杉下のエゴは俺だ、と続くんだろう」
西崎が服役している間、府中で何度となく西崎と交わした議論だ。西崎の口調が説得調になった。
「何度でも言うが、杉下はあの時君との関係を再開させるキッカケとして俺に協力したのだし、偽証したのも、君を守るためだ。彼女は俺が偽証を要求しても拒絶した。しかし君の指示は受け入れた。つまり君のためなら偽証出来たということだ。それが全てだよ。君は杉下が作戦に協力した理由を俺に対する愛故だ、言うのだろうが、それは今この段で議論しても意味がない。大事なのは、あの時杉下が誰との未来を思い描いていたか、誰の未来を守りたかったのか、そして今誰がその思いを汲んでやれるのかだと思うが、違うかね?」
「…」
「それは俺ではないし、安藤でもない。君なんだよ、成瀬くん」
俺には事件処理に関して、西崎に対する負い目がある。服役中の西崎を何度も訪ねたのは、そんな心理からだ。
「…俺は自分のエゴのためにあなたを切り捨てた。あなたの論理で言えば、杉下もあなたを切り捨てた事になる…」
「…何が言いたい」
「あなたを切り捨てた杉下を、なぜあなたはそうまでして思いやれるんです?事件の時あなたは杉下を俺に託そうとした。杉下の病気を俺に伝えてきた。そして今もそうだ。…あなたのNは本当に奈央子さんだったんですか?」
俺は事件の日に浮かんだ疑問、府中で議論するたびに大きくなっていった疑問を西崎にぶつけた。
「あなたの本当のNは杉下希美だったのではないんですか?」
続く…
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