『助けて、助けて成瀬くん!』
コンシェルジュから渡された受話器の向こうから、杉下の助けを呼ぶ声がする。
「す、すぐ伺います」
杉下に向かってそう告げると、コンシェルジュへ入り口を開けるよう要求した。
エレベータホールに入り、上部階行きのエレベーターを急ぎ呼ぶ。料理を乗せたカートはホールに入ってすぐ放り出した。幸いにも上部階行きエレベーターの一つは一階で待機しており、直ぐさま飛び乗り四十八階を目指す。
ポケットから携帯電話を取り出し、杉下がかけて来た時直ぐ出られるよう備えた。高速エレベーターだから相応の速度で上昇している筈なのに、随分もどかしい。ようやくついたフロアに飛び出し、野口宅を探した。
程なく見つけた野口宅のドアに取り付き、開けようとした時ーーー凍り付いた。外からチェーンが掛かっている。ええい!と、もどかしくチェーンを外してドアを開け放ち、野口宅に入った。
「杉下ー‼︎」
玄関ホールの靴が乱れている。廊下に西崎が持ってきたであろう花束が落ちている。踏みつけられたのだろう、形がひしゃげている。茎から落ちた花が数個、離れたところに落ちている。右手には棚から落ちた靴が幾つも床に散乱しているのが、視界に入った。そしてーーー廊下の突き当たりに杉下が立っている。
杉下が動揺している。瞳は不安に揺れ、涙を溜めている。唇は細かく震え、血の気が引き青い。杉下のお気に入りであろう、イエローのカーディガンは腹部が血で染まっている。左手には真っ赤なブランケット。
ゆっくり杉下に近寄り、彼女からブランケットを引き取る。そして部屋へ入った。背後から小さく、かすれた彼女の声が聞こえる。
「成瀬くん、ごめん…」
リビングに入り息を呑んだ。喉が急速に乾く。
「…どうした?何があった?」
二人が横たわっている。唇を腫らし、こめかみにアザのある西崎の傍で倒れている女は腹部を赤く染めている。手前の男は血に汚れたナイフを右手に持ち、こちらに向いた後頭部からの大量の出血は床まで広がっている。西崎の隣のテーブルには、血のついた燭台。揉めた跡だろう、隣のダイニングの食器類の破片も西崎の奥に落ちている。
俺の右隣に杉下がフラフラと立つ。高校の頃、二人でいる時の彼女の定位置だ。西崎が口を開いた。
「作戦は失敗だ。警察に通報してくれ。警察には作戦の事は黙っておこう。俺が一人で奈央子を連れ出す積りだった」
「でも…」
俺は必死に状況を把握しようと努める。
続く…
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