シェフ、シェフの想い人がいらっしゃいましたよ!
連絡しようと、インカムのスイッチを入れ、コールした。外であっても、周囲なら届く。
『フロントより成瀬シェフへ』反応がない。もう一度コールする。
『フロント岡本より、成瀬シェフ!』やはり返事はなかった。
「もう、なんでよりによってこんな時にカムを外してるのよ!」そうとなれば急いで探さないと。
この朝の早い時間帯にシェフが居る場所は限られる。外に居るはずだが、店内という可能性も有る。外を探す前にまずは店内だ。
厨房を覗いたが誰もいない。その奥の食品庫もいない。スタッフルームかとドアを開けてもいない。男性用更衣室を勇気を出して入ってみたけれどやっぱりいない。やはり外だ。気持ちがはやる。早くシェフに伝えたい。
エントランスから外へ駆け出した。テラスの手前に車が数台置けるスペースがあり、仕入れの準備の際はシェフはそこへ車を止めている。きっとそこだ。ゲスト用の小径は通らず、そのスペースへ続く舗装路を駆け上がった。ゲスト用の小径はちょっと遠回りだ。
ちょっと息が上がってきた。高校までは走っていたけど、ここのところ運動は全くやっていない。やってないと、すぐ体力は低下するんだ、という至極もっともでかつ分かりきった事に妙に納得してしまう。でももう少し、急がないと。
最後のカーブを曲がり視界が開けた先、軽トラックの脇にシェフが立っているのが見える。シェフーーー!!
「着たよ!」
テラス側から声がした。シェフの想い人の声だ。何やら紙片を右手に挙げ、合図を送っている。それが何かは判らないけれど、きっと彼女に取って大事なサインなのだろう。
シェフに視線を戻すと、なんだか妙にぎこちない右腕の動きで軽トラックを指し、
「これから仕入れに行くけど、乗る?」
これには思わず面食らった。なに?あの不自然な動作は?
厨房でのシェフの動きはスマートで、男性としては細めの指をしなやかに動かし、繊細な加工が必要なデザートなども綺麗に仕上げる。その動きの美しさに思わず見惚れてしまうのに、今の動きはなに?声も上ずって変。〝何もない関係〟って言ってたけど、本当なんだ。そもそも女性慣れしてない??
シェフが想い人へ歩み寄る。視線は想い人へ据えられている。やがて二人は並び立ち、シェフが想い人の左手を取った。しばらく愛おしそうにその手を弄ってから、二人は視線を合わせる。シェフの顔は見えないけれど、想い人の顔は幸せそうな笑みをたたえ、シェフを愛おしそうに見つめている。そしてシェフがゆっくりと手を引くと、二人は抱き合った。お互いがお互いをふんわりとした、最上級の軽いシルクのベールで包み込むような、そんな抱擁。それでいて決して離れないという強い意志を感じる抱擁。
〝綺麗…〟
私は思わず見惚れてしまった。二人を羨ましくも思った。そしてシェフの想い人へのチョットした嫉妬も。
〝シェフ、これからお二人でお幸せに〟
そんな強がりをしないと、今日は一日持ちそうに無い。
2 件のコメント:
ちーちゃん!!
ちーちゃんも幸せになりんよ(T ^ T)
ひまわりさん、ありがとう!
実はこのところネタ切れで、苦し紛れに某所に挙げていた二次作品を分割転載するという暴挙をしてしまいました。
私もチーちゃん好きです。彼女には素敵な恋をしてもらいたい!
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