2015年10月31日土曜日

成瀬はでも杉下の連絡先知らないのにどうやっておとしまえつける気だったの?

西崎の出所を待っておとしまえを成瀬はつける気でした。
その内容はさざなみの暴露です。プロポーズする意思は無かった。
もしプロポーズする意思が事前にあったなら彼は島へ帰る事を事前には決めていないと思います。
ただ西崎のいう『究極の愛』たる自分がもし杉下の西崎への思いの足枷となっているんだとしたら、それは解いてあげよう、それには彼女が勘違いしているさざなみの真相を伝えるのが一番、と成瀬は考えたのだと。

で、この論で反論があるのは、
1.事前に成瀬が連絡を取る意思があるなら、なぜ自ら携帯番号を変えたのか?
2.杉下も電話番号を変更していて、連絡先がわからないのに、どう連絡を成瀬は取るつもりだったのか?

この二点だと思います。

1.については、現在私は『怒りの決別説』を取っています。つまり杉下のN=安藤と誤解した成瀬は杉下に対して怒りを持って決別した、手繋ぎは怒りの決別宣言、という見方です。だから彼はもう杉下とは接触しない、したくも無い、という意思で自分の携帯を変更して恐らく勤め先も辞めた。

2.については成瀬は楽観していたと思います。高野が短い島への旅の間に杉下の母親の勤め先と住所を聞き出せていた訳で、ネイティブ島民である成瀬も同じ情報を掴むのは造作ない、と思われます。洋介側のツテもあるでしょうし。彼は島でそれをするつもりだったのが、高野から杉下の連絡先を聴いた事から手間が省けた訳ですね。

ここで『杉下も成瀬の連絡先を調べられるんじゃ?』という疑問が出るかもしれませんが、それは不可なんです。
杉下は曲がりなりにも家族が生存しており、どうやっても自分を隠蔽できませんが、成瀬は孤独です。母親は生きていますが成瀬は母親を許せていません。母親は父親の葬儀すら顔を出していないからです。ですから、成瀬は母親にさえ自分の連絡先を隠蔽したと思われます。あとは友人らにも自分を隠蔽すれば、成瀬側ではそれが可能なんですね。

参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その1〜3
『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要
成瀬のおとしまえ その一〜三

2015年10月30日金曜日

なんで警察は成瀬のバイト先に事情を聴かないの?

たまにやる、アンタッチネタです(笑)

警察は成瀬のバイト先のシャルティエヒロタに、事情は聞かなかったんですかね?

オーナーシェフは安藤がプロポーズする『ノゾミ』ちゃんと成瀬が会っていた女の子が同一人物であるのを知ってたんですから、シェフに聞けば一発で偶然の偽証はひっくり返るんですけどね…

アンタッチャブル、アンタッチャブル!

2015年10月29日木曜日

成瀬のおとしまえ その三

…続き

仮に杉下のN=西崎とするなら、彼が10年も杉下から離れていたのは西崎に対する杉下の感情へ介入しないため。
そしておとしまえをつけるのも、かれが西崎に差し入れしていた事実から西崎から杉下の『究極の愛』の相手が自分である事を聴かされていたであろう 事が予想されます。つまり成瀬としては、自分の判断としては杉下のN=西崎であるが西崎にはそれが自分に見えている。そうであれば西崎が出所した のを契機に杉下に自身の感情を伝え(=プロポーズ)、併せてさざなみの真相を打ち明ける。
それで杉下が西崎を取るなら、それもよし。杉下が自分を 選ぶならそれもよし。いずれにせよ自分という杉下の足枷(西崎のいう『究極の愛』であり、それが罪の共有)を外す(=さざなみの真相を明かす)し て、彼女に判断を委ねる。
それが彼の杉下に対するおとしまえだったのだろうと考えます。

ただし、私は成瀬は事件の際に、杉下のNについて二重の誤解をしたと取っています。最初の段階では杉下の作戦への参加理由の類推から西崎と考えて いたのが、成瀬の面白い特徴である、杉下の自分へ向けた行動の意図を読み誤る、という癖からそれを安藤と彩度取り違えた、というものです(そして ここが味噌ですが、この時成瀬は杉下に対して怒りを抱えていた、というのが論考的誤解説)。

しかし、時がたち、冷静に当時の状況を推測すれば、やはり杉下の行動意図は西崎にあるように見える。だから現代編では成瀬は杉下のN=西崎ととっ ていた、というのが現在の考えです。

参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その1~3
成瀬は杉下のN~安藤と誤解した? 1~4
『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要
成瀬は杉下のN=安藤が誤解だと、何で気付いたのか?

2015年10月28日水曜日

成瀬のおとしまえ その二

…続き

気になる描写があるんですね。成瀬と高野が再会した際の言葉。『島で考えたい事があって』。彼がこのタイミングで考えたい事とはなにか?
西崎に対しては、彼は府中の西崎に何度も差し入れをしているため、あえてこのタイミングでおとしまえをつける必要はない。
安藤に対しては、彼がおとしまえをつけるべき立場ではない。彼がもしおとしまえをつけるべき相手がいるとすると、それは杉下となる。

彼はおとしまえをつける意思があったのか?と考えるとヒントがあるんです。
それは『島で考えたい事』の存在と父の墓参り。それを西崎の出所直後に行った。
これは杉下に対して西崎の出所を契機におとしまえをつけようとしていた彼の意志の発露だと思うんです。
つまり、彼は西崎の出所に合わせて杉下に対してさざなみの真相の伝えようと考えていた、という事だと思うのです。

で、もし成瀬の誤解が安藤であるなら?
杉下と安藤の関係は四人の関係性の中でその後も接触があっていい関係であり、成瀬がそう誤解しているなら成瀬は杉下との間におとしまえをつける必 要はない。だから成瀬は特段考えていなかった。高野と島であい、誤解だと気付くまでは…。安藤誤解説にたつならこうなります。つまり上の示唆は否 定されるわけです。

続く…

2015年10月27日火曜日

成瀬のおとしまえ その一

杉下、成瀬、安藤、西崎はスカイローズガーデンの事件についてそれぞれどうおとしまえをつける魂胆だったのでしょうか?

一番判りやすいのは西崎ですね。西崎は事件で自らのエゴで秘密を抱えこませた杉下を幸せにしてあげることが彼のおとしまえだった。
安藤も西崎の出所をまって帰国した、と杉下に伝えているので、それを意識していた。そして彼のおとしまえは、「真実を知りたい」という名目での 『三人に赦しを得る行脚』。
杉下は西崎を切り捨てた事に対する謝罪。先に西崎が現金書留を送りつけてきた事から自ら動いた結果とはなっていませんが、西崎の出所日を事前に把 握していましたから、何がしかの事を考えていたのは明らかです。

で、残るのが成瀬なんですね。
実は彼に関しては彼が事前におとしまえをつける意思があったか、直接は描写されていないんです。他の三人はそれに相当する描写があるのに。
成瀬が10年間接触を絶ったのは、事件における杉下のNを誤解したからです。本当は杉下のN=成瀬なのですが、彼は自分以外のだれかだと誤解し た。だから接触を絶った。もし杉下のN=自分と考えていたなら、西崎の刑が確定してしまえばこれほど長期に杉下と接触を立つ必然性がないからで す。さざなみと異なり既に犯人は特定されているわけですから。

続く…

2015年10月26日月曜日

杉下に安藤に対して気持ちがない事の証拠

自分で書いていて、今更なんですが杉下に安藤にへの恋愛感情が存在しない事の証拠をもう一つ見つけました。

それは、西崎の奈央子救出に協力する事です。
作戦に杉下自ら噛む事自体が杉下には安藤に対する恋愛感情が存在しない事の証拠でした。

つまりこういう事です。

N作戦時、杉下と安藤は若い恋人関係として野口夫妻に接近しています。そしてその関係の偽装は続いていた。実際奈央子も西崎に接触するまではそう 見ていた。
それは杉下自身も野口に「僻地でも安藤についていくか?」と問われた際に「ついて来いと言うなら」と答えている。安藤派の方はこれを杉下の安藤へ の感情の根拠としている。
でも、安藤に対してそのような感情は無くても、野口夫妻へのこれまでの偽装を考えれば、この時杉下は野口に対してそう答える事は十分理由が建つ。 だから、この発言は杉下の安藤への恋愛感情の証拠とは出来ない。

で、話しを元にもどすとして…

もし仮に杉下に安藤に対する恋愛感情があったなら、彼女はN作戦2には参加できないはずなんです。

もし杉下自身が安藤に恋愛感情があったなら、そして野口もそう見ている環境で安藤の彼女たる自分が野口と奈央子の関係に介入行動を取った場合、そ の事実は野口も知る事になる。その時、野口自身が杉下の恋人と思っている安藤に何を感じるか?
部下の恋人が自分と妻の関係に直接介入されたら、その部下の事をどう思うか?当然いい顔をしていられませんよね?

『安藤は作戦の事しらないから』と杉下に言わせ、さも安藤を作戦外においておこうとしているかの如く演出されていますが、冷静に考えれば安藤が無 関係であれる筈は無く、杉下に安藤に対する感情があるなら、N作戦2には参加できないはずなんです。

という事は逆説的に杉下には安藤に対して恋愛感情は持っていない、という結論になるんですね。

参照
成瀬派安藤のプロポーズ情報で杉下の恋人が安藤と誤解するか?

2015年10月25日日曜日

杉下の特徴と成瀬の関係性 その二

…続き

最後は『トラウマ』です。
杉下は成瀬のさざなみの真相の暴露に火で両親と父親の愛人が消えた、と成瀬に告げています。これはつまり彼らに連なるトラウマが火をつけたと思った成瀬に還元されていた、それらは成瀬を通じての関係であったとという事です。
実際に安藤のサプライズあるゴンドラの経験から杉下は『冷蔵庫』のトラウマから解放されました。
ゴンドラの経験で実現したのは、『水平線を見たい』(※元は“まっすぐな水平線”だったものが“高いところから見る水平線”に変質している)という野望です。これで杉下の全ての野望が実現した。この経験が冷蔵庫のトラウマを解消したという事は杉下の中では野望とトラウマがリンクしていて、その野望は成瀬に還元されているわけですから、実は杉下のトラウマも成瀬に対して還元されている事が判るのです。

トラウマが成瀬に対して還元されている例がもう一つあります。
早苗が野ばら荘を訪ねた際の杉下の反応です。この時杉下は最大のトラウマである母親の出現に『誰にも頼らず生きたい』といい、西崎の問いに『助けて、って思った人はいる。でも言えなくて』と答えています。つまりトラウマと『成瀬に助けて!といってはいけない(禁止)』がリンクしているんですね。

このように、杉下を特徴付けている『野望』、『誰にも頼らん!(頼れない)』および『トラウマ』は実は全て成瀬に対して還元されているんです。ですから彼女の行動意図及び判断、心理は全て成瀬に対する彼女の感情の影響を受けている、と考える必要があるんです。

参照先
杉下の野望の本質
杉下の『何もいらん!』の意味
島での出来事の還元先としての成瀬
ゴンドラで杉下が解放されたもの

fin

2015年10月24日土曜日

杉下の特徴と成瀬の関係性 その一

杉下にとっての成瀬とはいかなる存在であったのか?
これを改めて考えてみたいと思います。

杉下を特徴づけているのは『野望』に象徴される上昇志向、『誰にも頼らん』の独立心、そして冷蔵庫とドレッサーを代表とする『トラウマ』です。これらと成瀬がどのような関係にあるか考えます。

これらは全て両親及び父親の愛人との関係性から生じたものですが、実は全て成瀬に対して還元されているのです。

先ず『野望』からです。
杉下の野望の本質は高校生として出来る現実的対応以上のものを必要とされた反動、空想上の逃避先です。ですから本来島を脱出した時点で用無しになるはずのものだった。しかしそれ以降も彼女が野望実現に邁進したのは、バルコニーでの初心表明、Nチケットおよび頑張れエールでそれが成瀬との約束になったからです。つまり杉下にとって野望の実現は逢いたくても逢えない成瀬と自分との繋がりの確認行為だったのです。こうして野望は成瀬に対して還元されているのです。

次は『誰にも頼らん』です。
これは実は島での境遇から発生したものですが、実は成瀬に対する感情にすり替わっています。杉下が母親の妄動に切羽詰ってお城放火をしようとしました。それを成瀬が止め、代理放火しようとした。その際の成瀬の『俺に何が出来る?』に対する返答『なんもいらん!』がその後の彼女の独立心の根源なのです。
その翌日のさざなみ炎上とも関係するのですが、杉下はこの一連をみて、成瀬が自分との関係において、いとも容易く『今にも崩れそうな吊橋』を渡ってしまうのを見て、自身の救世主たる成瀬に対してさえ『頼ってはいけない』が刷り込まれたんです。ですから彼女の独立心は元の『誰にも頼らん(意思)』がこれ以後『誰にも頼れん(禁止)』になってしまった。こうして彼女の独立心は成瀬に対して還元されているんです。

続く…

2015年10月23日金曜日

島での出来事の還元先としての成瀬

あの火を見てたら父親も母親もあの女も消えてったんよ。
成瀬くんが火で私を救ってくれた…そう思った。

この杉下の成瀬に対する言葉は彼女の中での成瀬という存在がどのようなものであったのかをよく表していますね。
成瀬は彼女にとって解放者、救世主なんです。どうしようも無いしがらみから自分を解き放ってくれた存在なんですね。
それと同時に、父親も母親も父親の愛人も成瀬という存在を通しての存在となった。つまりその存在が成瀬に還元されたという事です。それがどういう意味かと言うと、これら三人及びその三人に繋がる色々な記憶、そしてトラウマが成瀬を通してのものとなったために殊人間に対する感情面で直接対峙しないで済むようになった、という事です。さざなみ以降少なくとも父親とその愛人に対しては直接的な感情の爆発は発生しませんでした。つまりそれは過去の事となったんです。
ですが一方で島でのすべての事が成瀬に還元されたが故に、成瀬に関する感情に伴いその都度島で味わった辛さなども同時に呼び出されるようになったはずです。

ただ、ここで重要なのはさざなみの火で、島での出来事が全て成瀬に還元されていたという事です。

のちにスカイローズガーデンが発生するのはこの当時究極の愛の対象から成瀬が外れていたためですが、それはゴンドラで杉下の冷蔵庫のトラウマが解消したからなんですね。つまり成瀬に島での出来事が全て還元されていたわけですから、島でのトラウマ解消はすなわち囚われとしての成瀬も解消された、という訳です。

参照
ゴンドラで杉下が解放されたもの

2015年10月22日木曜日

成瀬は安藤のプロポーズ情報で杉下の恋人が安藤と誤解するか?

ガルちゃんの考察を読んでいて、不思議な論を見ました。
成瀬が安藤のプロポーズの意向を知って、安藤と杉下が恋人関係である、と成瀬が誤解したという論です。

ここで一つ前提としたいのが、成瀬は他人の行動意図を、それが杉下の自分に向けられたものでない場合には非常に正確に類推出来る、という特徴があります。

この前提に立った上でこの時の成瀬の類推を追ってみたい。

成瀬は安藤と野口が会社で直接の上下関係である事は事前の打ち合わせで知っている。そしてプロポーズ予定が野口からもたらされた情報であるから、野口も安藤と杉下をそういう関係だと理解している。
杉下が安藤に恋愛感情があるなら、自分が野口からそう見られている事を当然理解しているはず。杉下が野口夫妻の間に介入したら野口にも当然知れる。杉下は恋人たる安藤が置かれる立場をどう考えるか?自分の行動で恋人たる安藤の野口に対する立場が悪くなる事が予想されるわけで、恋人たる杉下にそれが許容出来るか?と考えると、成瀬には杉下には安藤に対してそのような感情はない、という結論になる。
だからプロポーズの情報を聞いて成瀬が、杉下と安藤が恋人関係であると誤解する事は無いんです。

2015年10月21日水曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その五

続き…

 西崎、安藤がまず個別に事情の聞き取りを受けている。並んで立つ俺と杉下はひとまず後回しだ。杉下へ指示しないと。
「外からドアチェーンかかっとった事、警察には言わんで」
 俺より先に杉下がそれを口にした。

 安藤が連れられて部屋を出て行く。安藤は杉下へ視線を送り続けている。杉下は視線を安藤と交わさない。安藤が部屋を出る間際に、その背中を一瞥した。
 俺は杉下の手を取った。ブランケットの血で、お互い赤く染めた手を握った。俺は心の中で杉下へ呼びかけた。

〝判っているよ。君が偽証を受け入れる理由も。君にとっては西崎の気持ちを護る事なんだ。判っている。君と、君の気持ちを護る。何としても護る。それが俺の君への恩返しであり、罪滅ぼしであり、愛だ。元気で幸せになって欲しい。君とはもう合わない。これでお別れだ〟

 杉下に声が掛かった。杉下は離そうとしなかったが、少し強めに手を引き、振り切った。杉下を見送る。杉下が部屋を出る間際に視線を交わした。心の中でもう一言呟いた。さようなら、と。

Fin

2015年10月20日火曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その四

…続き

 安藤のバカヤロウ!でもなぜ鍵を掛けた?
 西崎は状況の説明をしていない。西崎は安藤が鍵を掛けたのを知っていた。西崎は安藤と会ったんだ!それで安藤は何がしか計画に気付いた。
 安藤は杉下へプロポーズを予定していた。それが出来なくなる事に気付いた。安藤が知りたかった事はなんだ?杉下がプロポーズを受けてくれるかだ。代わりに鍵を掛け、室内の混乱を作り出して、杉下が自分を頼るかを試した?でも、プロポーズなら後からでも出来る。後からでは出来ないと判断して、今試した。
 後からではダメだと判断した理由は?安藤は作戦の外の人間だ。作戦が終わった後では杉下の気持ちには入り込めないと判断した。入り込めない理由は作戦の参加者にある。
 西崎なら安藤がプロポーズする事にした状況が変わる訳ではない。すると俺だ!安藤は杉下が俺と自分のどちらを取るか、試したんだ。安藤は俺が計画に参加していることと、俺と杉下の関係を知ったんだ。
 偶然、という言い訳が通らなくなる。安藤に鍵を掛けた理由を喋らせてはならない。鍵を理由に、西崎の情状酌量を期待したが、それも無理になった。
 安藤は自分からは言わない。鍵をかけた事も、西崎にあった事も、俺と杉下の関係についても。計画の存在につながる証言はしない。言えば自分ばかりか、杉下が殺害の嫌疑の対象になるのは分かるはずだ。プロポーズしようとした相手を巻き込めない。こちらも鍵がかかっていたことは隠蔽しよう。
 西崎は判っている。だから安藤を威圧した。杉下に鍵の事は話さないよう、指示しなければ…

続く…

2015年10月19日月曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その三

…続き

『どうして、今自分がここに居るのか解った。四年前、杉下は何も聞かず俺を庇ってくれた。今度は俺の番だ』

 改めてゆっくりと周囲を見回した。西崎はすでに覚悟を決めているようだ。落ち着いた表情をしている。杉下はまだ動揺していて、横たわる二人に視線を落としている。どうしたらいいか、混乱しているのだろう。意を決して口を開く。
「大丈夫、全部偶然だって言えば良い。俺と杉下は何も知らんかった。今日逢ったのも偶然…」杉下へ視線を向けて、言い聞かせるように言う。少し声が低くなった。「それでいいね」
 杉下はそれが意味する事を理解したようだ。俺を見て、西崎に視線を移し、床に崩れ落ちて泣いた。そう、杉下、それでいいんだ。
「杉下を護ってやってくれ」
俺は杉下を何としても護る。その身と、彼女の気持ちを。そう決意し西崎に向かって頷き、手にした携帯で警察へ通報した。

 程なくしてインターフォンがなった。〝安藤です〟
 床に座り込んでいた杉下が慌てて玄関に向かう。杉下の声が飛ぶ。
〝入ってこないで〟〝お願い、待って!〟
 杉下の制止を振り切り、安藤がリビングに現れた。部屋の有様に声を失ったようだ。杉下が力無く、先ほどと同じく俺の右隣に立った。耐えきれなくなったのだろう、安藤が口を開いた。
「何があった」
「逃げられなかった」
 そう返す西崎の安藤への視線が厳しい。安藤はその視線に耐えられないのか、俯き、小さく呟いた。
「俺のせいだ」
 その言葉に、杉下は安藤を見つめていた。感情の抜け落ちたような視線だった。
 直後、警察が入って来た。

続く…

2015年10月18日日曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その二

…続き

 外のチェーンが掛かっていた。西崎が入室後何者かがチェーンを掛け、脱出出来ない状況になったということだ。
 玄関が荒れていた。そしてダイニングも。争ったのは奈央子を救出に来た西崎と野口だ。二人の取っ組み合いは玄関から始まり、ダイニング、そしてリビングへ場所が移った。

 どのように取っ組み合いは、はじまった?
 西崎が入室後、直ぐ野口との取っ組み合いが始まったのなら西崎は脱出可能だ。チェーンが掛けられるまで若干の時間差があるはずだから。奈央子が既に野口に捕まっている場合は西崎は奥まで立ち入る事になる。取っ組み合いは玄関からは始まらない。
 だから奈央子は西崎が入室した段階で玄関にいた。取っ組み合いまで若干の時間もあった。

 玄関に一人でいた奈央子をなぜ西崎はすぐ連れ出さなかった?
 奈央子が渋ったからだ!西崎はそれを説得していた。その間に鍵がかけられた!

 そのうち野口がやってきた。野口が現れたのが偶然なら花屋の配達で済ます事ができる。野口は奈央子の不倫相手としての西崎を認識して現れた。なぜ野口に判った?
 野口に漏らしたのが奈央子なら、野口は最初から玄関にいる。漏らしたのは奈央子ではない。書斎で野口を引き留めていた杉下が野口に作戦を漏らしたんだ!
 杉下は何を狙った?野口と西崎を揉めさせて、警察沙汰にしようとした?西崎が口にしたアイデアだ。あえて警察沙汰にしようとしたということは、想定外に何かを野口から守る必要が生じたという事だ。
 杉下は何を野口から守ろうとした?西崎ではないし、当然俺でもない。奈央子なら当初の計画でいい。残るは安藤だ。安藤に関して、杉下は野口から追いこまれ、安藤を守ろうとした!

 どのように二人は亡くなった?
 計画は奈央子を救出するためのものだ。西崎と杉下は奈央子を殺害しない。西崎がやったのなら野口だ。その場合野口が奈央子を殺害した事になる。本当にそうか?
 野口と西崎が揉めていた。野口が奈央子を刺すには一度西崎から離れて奈央子に向かわなければならないが、それには西崎が延びている必要がある。西崎が延びていたとする。野口が奈央子を刺した直後に西崎は燭台で野口の後頭部を殴打しないといけない。それは延びた人間には無理だ。西崎には野口を殴打出来ない。杉下が野口を殴打した?
 杉下は血に汚れたブランケットを持ち、服も汚していた。介抱したという事だ。殴打した相手をその直後に介抱するなど無理だ。奈央子を刺した野口を西崎も杉下も殴打していない。

 そうすると、野口が先に殴打されたのちに奈央子は刺された。 もみ合っている相手の後頭部を西崎が殴打するのは不可能だから、西崎では無い。野口を殴打したのは杉下?でも殴打直後に杉下が介抱など出来ない。
 野口を殴打したのは奈央子だ。そして奈央子は自殺を図った。心中だ。杉下は介抱した。西崎は奈央子の罪を被ろうとしている!

 奈央子は野口から離れる気など無かった。でも奈央子は自ら西崎に来ることを求めた。なんの為に?あの時部屋にいたのは杉下だ。野口が西崎と奈央子を疑っていたと同様、奈央子は杉下と野口の関係を疑っていた?奈央子は西崎に杉下を野口から引き離したいが故に、西崎を呼んだんだ!だから奈央子は部屋を出なかった!

 西崎を救う方法はないか?西崎が罪をかぶる必要はない。
 正直に証言したら?奈央子はDVを受けていた。だから3人で協力して奈央子を助けようとしたが外鍵が掛けられていて脱出できず、心中となった…
 ダメだ。作戦の結果が心中など警察が信じない。杉下が殺害の関与の嫌疑にさらされる。展開によっては杉下が犯人にされかねない。杉下を守る為には西崎を切るしかない。作戦は無しだ。

 警察は三人の関係も調べる。俺と杉下はさざなみで繋がっている。当然作戦を一緒に練る関係性を疑う。偶然、それを装う。それで突っ切る。

 西崎、あなたの気持ちは痛いほど分かる。俺も杉下を犯罪者にしたくない一心で、彼女を苦しめる、追われた実家に代わりに火を付けようとした事がある。あなたは本来背負う必要のない罪を被ろうとしている。あなたをなんとかして救いたい。でも、あなたを救おうとすれば、杉下が殺人犯にされかねない。それは俺には出来ない選択だ。だから申し訳ないが西崎、あなたを切る…

 杉下、すまん。西崎を切る。そうでなければ君を守れない。君の気持ちが西崎にあるのは判っている。人妻強奪のような作戦に、父親から追い出された君が協力するのは君に西崎への気持ちがあるからだ。俺が協力する、なんて言わなければ、こんな事にはならなかった。本当にすまない。

続く…

2015年10月17日土曜日

【二次作品】 成瀬の認識

『助けて、助けて成瀬くん!』

 コンシェルジュから渡された受話器の向こうから、杉下の助けを呼ぶ声がする。
「す、すぐ伺います」
 杉下に向かってそう告げると、コンシェルジュへ入り口を開けるよう要求した。
 エレベータホールに入り、上部階行きのエレベーターを急ぎ呼ぶ。料理を乗せたカートはホールに入ってすぐ放り出した。幸いにも上部階行きエレベーターの一つは一階で待機しており、直ぐさま飛び乗り四十八階を目指す。
 ポケットから携帯電話を取り出し、杉下がかけて来た時直ぐ出られるよう備えた。高速エレベーターだから相応の速度で上昇している筈なのに、随分もどかしい。ようやくついたフロアに飛び出し、野口宅を探した。
 程なく見つけた野口宅のドアに取り付き、開けようとした時ーーー凍り付いた。外からチェーンが掛かっている。ええい!と、もどかしくチェーンを外してドアを開け放ち、野口宅に入った。

「杉下ー‼︎」

 玄関ホールの靴が乱れている。廊下に西崎が持ってきたであろう花束が落ちている。踏みつけられたのだろう、形がひしゃげている。茎から落ちた花が数個、離れたところに落ちている。右手には棚から落ちた靴が幾つも床に散乱しているのが、視界に入った。そしてーーー廊下の突き当たりに杉下が立っている。
 杉下が動揺している。瞳は不安に揺れ、涙を溜めている。唇は細かく震え、血の気が引き青い。杉下のお気に入りであろう、イエローのカーディガンは腹部が血で染まっている。左手には真っ赤なブランケット。
 ゆっくり杉下に近寄り、彼女からブランケットを引き取る。そして部屋へ入った。背後から小さく、かすれた彼女の声が聞こえる。
「成瀬くん、ごめん…」

 リビングに入り息を呑んだ。喉が急速に乾く。
「…どうした?何があった?」
 二人が横たわっている。唇を腫らし、こめかみにアザのある西崎の傍で倒れている女は腹部を赤く染めている。手前の男は血に汚れたナイフを右手に持ち、こちらに向いた後頭部からの大量の出血は床まで広がっている。西崎の隣のテーブルには、血のついた燭台。揉めた跡だろう、隣のダイニングの食器類の破片も西崎の奥に落ちている。
 俺の右隣に杉下がフラフラと立つ。高校の頃、二人でいる時の彼女の定位置だ。西崎が口を開いた。
「作戦は失敗だ。警察に通報してくれ。警察には作戦の事は黙っておこう。俺が一人で奈央子を連れ出す積りだった」
「でも…」
 俺は必死に状況を把握しようと努める。

続く…

2015年10月16日金曜日

独白 その7

彼女が、マリア様があの時私の事をどう思ってくれていたのか?
それが私にとっては未だに『今の問題』です。
三十年経過して、彼女にはとっくの前に『昔の事』になった事が未だに自分には『今の問題』なのです。

私の『今の問題』を解決するには彼女には既に『昔の事』である事を蒸し返さなければならない。彼女の事を思うなら触れないのがいいのは明らか。でもそれでは自分の『今の問題』を解決出来ない。

この『今の問題』は自分だけのものなのだろうか?自分のみに責があるのか?
彼女に責は無いといえるのか?でも彼女に責があるといえるのか?

好きだといってくれている人がいる
もう、昔の事
恥ずかしいという名のシカト
もし、これらのどれか一つでも、何か違うものであったなら。違う表現であったなら?

彼女が彼女の言葉で返事をしてくれていたら?
彼女から直接プレゼントを受け取っていたら?
彼女があの日、泣き崩れていなければ?
彼女が私に笑顔を見せてくれたいたら?

進んだ高校が別々の方角で無かったら?
自分の進学先と彼女の就職先が近くで無かったら?

全てが彼女の責ではない。
全てが自分の責でもない。
それぞれが負い様の無いものもある。

どれか一つでも違ったならという思いと。
なぜ自分が抗えなかったのかという思いと。
彼女がこうであったならという思いと。

この歳になってまで、運命という言葉で納得できるほど大人になれていない自分が情けない。

2015年10月15日木曜日

杉下と成瀬 相互を縛り付けているもの

最近、杉下と成瀬を相互に結び付けているものについて、以前とはちょっと違う感覚を持っています。

勿論、二人を直接的に繋いでいるのはさざなみにおける偽証ですが、お互いがお互いに強く縛り付けているものは相互に違うように思います。

二人を相互に強く縛り付けているものは、それぞれに対する罪の意識だと思うんです。

杉下は自分がお城への放火をしようとした事が成瀬のさざなみへの放火の導火線となった、という成瀬に対する罪の意識。
成瀬はさざなみ放火について父親を護りたいが故に杉下の勘違いとそれに伴う偽証を利用し、且つそれをずっと杉下に正さなかった事に対する罪の意識。

確かにその両者を繋いでいるのはさざなみに関する偽証ではあるけれど、その実際は偽証について罪(嘘)を共有したわけではない。杉下は共有したと思っていたけれど、それは勘違いだったわけです。結局二人は罪を共有した訳ではなくって、それぞれがそれぞれに抱えている罪の意識が故に相互に縛り付けられていた。

二人の辛さの根本であるその相互の縛りが、最後まで二人の繋がりを保ち続け至福へと導いた決め手であったと思うと複雑です。

本当にテーマソングのタイトルが『Silly』である、という事の意味が重く感じられます。

2015年10月14日水曜日

杉下の『何もいらん!』の意味

お城放火未遂の際の、成瀬の『何が出来る?』に対する杉下の『何もいらん!』
この杉下のセリフ、みなさんはどのように取られたでしょう?
一つの取り方として、杉下の独立心の発露という見方がありますが、私はそうとっていません。

これは彼女の独立心の発露でなく、自分のお城焼くという衝動に成瀬が躊躇なく代理放火をしようとした行為を見て、自分の衝動を成瀬にぶつけたら、成瀬が何をするか知れない、巻き込んではならない、頼ってはいけない、甘えてはならない、という抑制が働いた為です。

教室で成瀬にシャーペンで助けを求めたにも関わらず、それを口に出来なかったのも、自身のどす黒い衝動に成瀬を巻き込み兼ねない事に躊躇したから。

彼女の『だれにも頼らん!』は、母親に対する反発から形成されたものではありつつ、成瀬のお城放火未遂に対する反応から、自らが頼る事に対する、相手の反応(巻き込み)への怖れから来ている、という理解です。

このときの杉下の経験はかなり複雑ですよね。
この経験で、杉下は成瀬が自分の危機において自分を救い出してくれる救世主である事を痛感したにも関わらず、成瀬がいとも簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまう、それゆえ成瀬を頼る事が憚られるという二律背反、ジレンマを抱え込んでしまった。このジレンマを解消するには杉下は『だれにも頼らん!』を張らざるを得なくなった。自分が救世主だと思っている相手にさえ頼る事が出来ない以上、だれも頼れないのは理屈です。
このジレンマが後の『成瀬くん、ごめん』であり『甘えられん』に繋がっているととっています。

このあたりも、成瀬に対するトラウマを親に対するトラウマの如くカモフラージュするすり替え演出がされているのかな?と感じる部分です。

参照
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』
成瀬は杉下の救世主

2015年10月13日火曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過 その3

…続き
このような形で、システムの要素のうち(制御因子)と本来(出力)である条件が先に揃ってしまった。元々杉下は西崎に対して心理的シンパシーを感じており、且つ串若丸での西崎の話から更なる心理的接近を強いられた。そのような心理状態でシステムの(出力)と(制御因子)が条件を成立させ、杉下の『究極の愛』の精神保護機構が逆回転を起こし、西崎に対する感情の盛り上がりが発生した、と理解しています。

周囲の条件が揃う事で気持ちが盛り上がる、という心理は十分ありうる事です。
特に若い頃には自分の周囲が特定の誰かとの関係を取りざたするだけで、その相手の事を意識する、という心理はいくらでもあります。

杉下の場合、かなり複雑な心理を抱えていますので、上記のような単純な条件ではありませんが、状況さえそろえば同様の現象は起こりえますし、まさにこの時、それが起きた。
そう判断しています。

参照
ゴンドラで杉下が解放されたもの
西崎の「罪って、どんな罪だ」に対する杉下の戸惑いの表情
杉下の『究極の愛』の構造

2015年10月12日月曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過 その2

…続き
この段階で、入力側の“成瀬”はゴンドラ以降の心理変化で外れています。

そして成瀬の作戦参加表明によりシステムの(制御因子)と(出力)が条件として揃ってしまった。
まづ最初の条件が、串若丸で泥酔した杉下が西崎に負ぶわれて帰った事。このとき杉下は西崎の背中に頭を垂れました。杉下にとって男の背中に頭を垂れる行為は特別な意味があります。成瀬との早朝デートで成瀬への感情を自覚した際、成瀬の背中に頭を垂れました。どちらかというと不可抗力と思えますが、これが彼女の心に残ります。

二つ目の条件が、西崎の不倫及び奈央子を助けたい、という気持ちを知ってしまった事。
杉下にとって夫婦関係にある男女間に恋愛感情を持って割り込む事は罪です。つまり西崎が罪を犯そうとしている事を知ってしまった。そして作戦が具現化する事でそれが具体的罪、及びそれへの協力が『罪の引き受け』と杉下の中で位置づけられたのです。

三つ目の条件が成瀬の作戦参加です。
トラウマが外れた杉下は成瀬と再び関係を再開させたい、と願っていました。成瀬との関係の再開=西崎からの離脱=西崎から身を引く、と杉下の中で位置づけられました。

つづく…

2015年10月11日日曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過

杉下の『究極の愛』という名の精神保護機構が、なぜ西崎を対象に働いたのか、そのプロセスを検討します。

安藤に乗せてもらったゴンドラにより杉下の心理変化が発生します。その内の一つが、この『究極の愛』という精神保護機構が働く対象から成瀬が外れたんです。これには杉下自身が暫く気付いていません。成瀬の作戦参加を知らせるメールで、漸く『逢ってはいけない』という心理が働かない事に気付きました。
そして、この時から杉下の『究極の愛』の精神保護機構が西崎を対象に働き出した、と見ています。

なぜ『究極の愛』が西崎を対象に動きだしたのか、というとシステムの環境がそろってしまったのです。
杉下の『究極の愛』のシステム構造は下記の通りです。

(入力)成瀬が好きで堪らない
(制御因子)誰にも知られず相手の罪を引き受ける
(出力)黙って身を引く

つづく…

2015年10月10日土曜日

杉下の『究極の愛』の構造 その2

次に起きたのがが汎化・美化作用です。
具体的にはB-4.(出力)が『成瀬に遭わない、遠ざける』→『身を引く』になった。
またA-2.(制御因子)『成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない』が、それが形成された具体的行動である、『成瀬の罪を庇う偽証』→『相手の罪を引き受ける』、『成瀬との関係性の否定』→『黙って』というふうに汎化されました。
多少の要素の組み換えを含みつつ、そこに美化(=究極の)が加わり、『相手にも知られず』という修飾が加わった。
その結果として『成瀬の罪を相手にも知られず半分引き受け、黙って身を引く』という『究極の愛』が完成しました。
この汎化・美化により、上記の変換機構は以下のような表現になりました。

A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)誰にも知られず相手の罪を引き受ける
B-4.(出力)黙って身を引く

これは大学に進み成瀬との関係が長期に渡って途絶えた事に対する反応だと思います。このような形に汎化・美化をさせないと、成瀬に対する気持ちで杉下の心が持たなかったのだろうと推察します。

このように杉下の精神を保護する為に形成された心理機構ですが、それでも杉下を護りきれない時が有ったんですね。早苗さんが野ばら荘を訪れた際の反応です。
成瀬の事を『元気で幸せやったらええな』といいつつ、成瀬に対する思いを変換しきれずに、上記の変換プロセス中の4.のところで杉下の悲しみがあふれ出す光景を見ると、いかに杉下が成瀬を求めているか、があらわされていると思います。

原作で西崎が言っています。「杉下の心の中には、そいつしかいないんじゃないか?ってやつがいる」
原作では具体的には描写されませんでしたが、ここの表現が早苗さんが野ばら荘を訪れたさいの描写になっていると取っています。


参照
杉下の『究極の愛』の本当の意味

2015年10月9日金曜日

杉下の『究極の愛』の構造

杉下の『究極の愛』とは溢れる杉下の成瀬に対する感情から杉下自身の精神を保護する為に形成された精神保護機構です。その自分の中にあるシステムに杉下自身が付けた名前が『究極の愛』。

今日はその詳細な構造について書きたいと思います。

そのシステムは以下のような構造です。

A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
A-3.(変換)成瀬に逢えない
A-4.(出力)悲しい
B-1.(入力)悲しい
B-2.(制御因子)成瀬が好きで堪らない
B-3.(変換)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
B-4.(出力)成瀬に遭わない、遠ざける

Aは通常の心理作用です。ですがこれではいずれ強すぎる成瀬への思いから杉下の精神が持たなくなる。そのためにもう一段の変換を強いられた。それがBの変換機構です。

注目して欲しいのは4.の出力が後段の入力になっており、また前段とは制御と変換が前段と後段で入れ替わっている事です。
この二段階の変換機構が成瀬との棚田での別れ以降に杉下の中に形成された。
お気付きの通り、A-4.とB-1.、A-2.とB-3.、A-1.とB-2は同じです。
ですので単純化されて、A-3からB-3は隠蔽されたんですね。

そして単純化された心理変換機構が以下のとおりです。
A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
B-4.(出力)成瀬に遭わない、遠ざける

つづく…

2015年10月8日木曜日

【二次作品】 スタッフの問い その6

 シェフ、シェフの想い人がいらっしゃいましたよ!
 連絡しようと、インカムのスイッチを入れ、コールした。外であっても、周囲なら届く。
『フロントより成瀬シェフへ』反応がない。もう一度コールする。
『フロント岡本より、成瀬シェフ!』やはり返事はなかった。
「もう、なんでよりによってこんな時にカムを外してるのよ!」そうとなれば急いで探さないと。

 この朝の早い時間帯にシェフが居る場所は限られる。外に居るはずだが、店内という可能性も有る。外を探す前にまずは店内だ。
 厨房を覗いたが誰もいない。その奥の食品庫もいない。スタッフルームかとドアを開けてもいない。男性用更衣室を勇気を出して入ってみたけれどやっぱりいない。やはり外だ。気持ちがはやる。早くシェフに伝えたい。
 エントランスから外へ駆け出した。テラスの手前に車が数台置けるスペースがあり、仕入れの準備の際はシェフはそこへ車を止めている。きっとそこだ。ゲスト用の小径は通らず、そのスペースへ続く舗装路を駆け上がった。ゲスト用の小径はちょっと遠回りだ。
 ちょっと息が上がってきた。高校までは走っていたけど、ここのところ運動は全くやっていない。やってないと、すぐ体力は低下するんだ、という至極もっともでかつ分かりきった事に妙に納得してしまう。でももう少し、急がないと。
 最後のカーブを曲がり視界が開けた先、軽トラックの脇にシェフが立っているのが見える。シェフーーー!!

「着たよ!」

 テラス側から声がした。シェフの想い人の声だ。何やら紙片を右手に挙げ、合図を送っている。それが何かは判らないけれど、きっと彼女に取って大事なサインなのだろう。
 シェフに視線を戻すと、なんだか妙にぎこちない右腕の動きで軽トラックを指し、

「これから仕入れに行くけど、乗る?」

 これには思わず面食らった。なに?あの不自然な動作は?
 厨房でのシェフの動きはスマートで、男性としては細めの指をしなやかに動かし、繊細な加工が必要なデザートなども綺麗に仕上げる。その動きの美しさに思わず見惚れてしまうのに、今の動きはなに?声も上ずって変。〝何もない関係〟って言ってたけど、本当なんだ。そもそも女性慣れしてない??
 シェフが想い人へ歩み寄る。視線は想い人へ据えられている。やがて二人は並び立ち、シェフが想い人の左手を取った。しばらく愛おしそうにその手を弄ってから、二人は視線を合わせる。シェフの顔は見えないけれど、想い人の顔は幸せそうな笑みをたたえ、シェフを愛おしそうに見つめている。そしてシェフがゆっくりと手を引くと、二人は抱き合った。お互いがお互いをふんわりとした、最上級の軽いシルクのベールで包み込むような、そんな抱擁。それでいて決して離れないという強い意志を感じる抱擁。

〝綺麗…〟

 私は思わず見惚れてしまった。二人を羨ましくも思った。そしてシェフの想い人へのチョットした嫉妬も。

〝シェフ、これからお二人でお幸せに〟

 そんな強がりをしないと、今日は一日持ちそうに無い。

2015年10月7日水曜日

【二次作品】 スタッフの問い その5

 今日は早出のシフトで、夜間シフト者からの引き継ぎを済ませたところだ。この時間は店内の清掃や営業の準備の時間で、私もフロント周りの整理や、今日の宿泊や食事の予約を確認する時間だ。伝票類の整理をしていると、エントランスから赤い大きなスーツケーズを引いた人が入ってくるのに気付いた。
「今日の宿泊をお願いしたいんですが」
「はい」と返事をして来店客をプロファイリングする。〝女性、一人、長身、歳の頃は三十ほど…〟
 私はもしやと想い、尋ねた。
「お名前をお伺いさせて下さい」
「杉下希美です」
〝やっぱり!〟私は思わずその言葉を発しそうになったのをすんでで飲み込んだ。
〝ちょっと早過ぎましたよね〟という彼女に
「杉下さんがいらっしゃられたら、宿泊の手続きより先にシェフに連絡しろ、と言われています。仕入れの準備で外に居るはずです」
 彼女は大きく眼を見開き、小さく『え?』と呟いた。
「荷物はお預かり致しますので、テラスでお待ちください。シェフ、ずっと杉下さんの事をお待ちでしたよ」
 彼女は私を不思議そうに暫し凝視した。私は自分が若干顔を赤らめているのが分かった。彼女の大きくキラキラした瞳で見つめられると、女の私でもドキドキした。〝この瞳で見つめられたら、男の人はみんな惚れちゃうだろうな〟と思った。
 彼女が〝彼から何かお聴きですか?〟と聴くので、〝いいえ、特別には〟と小さな嘘を一つ入れた。シェフに振られたことをわざわざ彼女に言う必要はない。
 彼女のスーツケーズを預り、テラスまでの小径を案内した。彼女は再びエントランスを出て、テラスに向かいゆっくりと歩き出した。彼女は出際に微笑み『ありがとう』と島言葉で言ってくれた。

2015年10月6日火曜日

【二次作品】 スタッフの問い その4

 ちょうどシフト開けで店を出るタイミングがシェフと同じになり、シェフと一緒に海岸沿いの道を歩いた。私は昨日からの疑問をシェフに問うた。
「…昨日仰ってましたよね、杉下さんとは何もないって。何もない関係で、十年も合わないで、いきなりプロポーズなんて出来ないですよね。それにシェフはその方がプロポーズに応えてくれると思ってるんですよね。だから来たら連絡しろ、て」
 私は続けた。
「十五年もの間、同じ気持ちで居続ける事が出来る、そして相手も同じだと思う事ができる。何も無くてなぜそんな風に思えるんですか?」
 私は自分が理解できない事をシェフにぶつけた。シェフは答えない。仕事上の事はなんでも答えてくれるのに。
「私なら、例え真面目に付き合っていた相手であっても、十年も会ってない相手にプロポーズ出来ないと思う。そもそも好きな人に十年も合わないでなんて居られない。もしそうなってしまったとしたら…徐々に忘れていかなければ、自分の心が持たないと思う」
「君のご両親は健在だったよね?夫婦仲も良好、そうじゃない?そして経済的にも困ったという事はない」
「…」
「そして人生といういうのは、自らの努力によってのみ開かれる。開かれない人生はその努力が足りないから。そう思っている」
「…はい。そう思っています。だからこそ、人として成長出来ると思っていますし、そうやって人は学習すると。違いますか?」
「それは決して間違いじゃない。人として尊敬すべき姿勢だと思う」
 シェフは立ち止まり夕日を眺めた。私はシェフの左に立ち、シェフにならった。私は勇気を出して、シェフの袖を掴んでみた。シェフは拒まなかった。
「でもね…自分の努力じゃ手の届かない所で自分の人生が閉ざされるんじゃないか。自分にできるあらゆる努力もそんな力に抗うことが出来ないんじゃないか。それでも何とかしたい、諦めたくない、頑張れる力が欲しい。人はそんな時、何かをよすがにし、奇蹟を信じるしかない…俺と彼女はそういう関係だった。お互いがお互いをよすがにして、力を得て、奇蹟を信じた」
「だから、今も奇蹟を信じてる…そういうことですか?」
 シェフは小さくうなずいた。
「…私がシェフの心に入り込める隙間はないんですね」
 シェフは私の方へ向き直った。私はシェフの顔を見上げ、想いのたけをぶつけた。もう、答えは出ているけれど、言わずに済ませる事など出来なかった。
「私、シェフの事が好きです。料理はとっても美味しいし、仕事に向かう姿勢も尊敬しています。厨房のシェフはとっても美しくて、凛々しくて、それでいてふとした時に見せてくれる笑顔がとっても可愛くて。まだほんの一ヶ月だけど、歳も随分離れているけど、シェフの事がとっても好きです。私じゃ駄目ですか?」
「チーちゃんはとっても魅力的な女性だよ。能力も高い。…もっと素敵なパートナーがきっといるさ」
 私は今自分が出来る最大限の笑顔を作ってこう伝えた。
「シェフの想い人、還って来るといいですね。でも…もう少しこうしていてもいいですか」
 そこまで言い終えて私は嗚咽した。シェフは私の気が済むまで、付き合ってくれた。

2015年10月5日月曜日

【二次作品】 スタッフの問い その3

 風呂から上がり、自室のベッドで横になると、先ほどのシェフの言葉が思い出される。
〝彼女とそれっぽい関係〟
〝俺の事を庇ってくれた〟
〝恩人〟
〝何も無い〟
 シェフはその人の事が好きなんだ。去年の年末に久しぶりに会ってプロポーズした。何も無いのに、久しぶりになのに、それでもプロポーズ出来る関係。シェフがプロポーズする事に躊躇しない関係。そしてそのプロポーズを相手が受けると思える関係…
 十年もの空白を飛び越える事が出来る、それでいて何も無い関係って、何?そんなものが有り得るの?

2015年10月4日日曜日

【二次作品】 スタッフの問い その2

 次の日のスタッフミーティングの後、私からシェフを呼び止めた。ビジネスライクを装う。
「シェフ、昨日指示頂いた事について改めて確認したいんですけど、今宜しいですか?」
「え、なんか俺指示したっけ?」
「杉下希美様の事です」
「あ、あれ?あれは仕事や無いし、プライベートなお願いだから」
「私にとっては上役の依頼は仕事です。それに私が居ない間だってあるんですから、ちゃんと引き継がないといけないですし?」
「…上手いとこ突いてくるな、チーちゃんは。で、確認したい事って?」シェフはこちらの本心を見破ったようだ。そうであればことさら遠回しに尋ねる必要も無い。
「島に還るのを誘った、って言ってましたよね?杉下さんはプロポーズのお相手って事ですよね?しかも十年ぶりに会って、いきなりって事ですよね。何もない関係で再会直後にプロポーズなんて出来ないし、それ以前から恋仲だったって事でしょう?しかも十年経っても変わらない気持ちで居た、って事ですよね。なんかロマンチックだな?と。お相手の方、どんなに素敵なんだろう」
「それ、完全に個人的な興味だよな」シェフは照れくさそうに微笑んだ。
「いけませんか?それに…素敵な人の事をよく知りたい、って言う感情は人として普通じゃないです?」
〝私の素敵な人はシェフの事ですけど〟と心の中で呟く。
「…俺の実家、もう焼けてしもうたけど、料亭しとったの知っとったよね」
「はい。火事の事も子供心に覚えています。確か十五年程前ですよね」
「その火事の時、実は俺が放火したんやないかと疑われた。彼女は必死に俺の事を庇ってくれた。俺は彼女に護られた。俺の恩人や。彼女のお陰で島を出て、結局辞めてしもうたけど大学へも行けたし、そのあと料理人の道で頑張る事も出来た。今こうして居られるのは彼女のお陰や」
 シェフの眼は、遠くを見つめている。
「彼女とそれっぽい関係やったのは、高三で同じクラスになってから火事までの短い期間や。それ以後は疎遠になった。高校を出てから、また合わんくなるまでの四年間に顔を合わせたのも四、五回やと思う。デートと呼べるようなモンはろくに無かったし、普通の意味で、手を繋いだなんて事も無かった。お互いに言葉で気持ちを伝え合った訳でもない。だから当然それ以上のモンは何も無い」
「十年も会わなかったのは、何故です?」
「それはちょっと言われへんな」シェフは笑ってそう答えた。

2015年10月3日土曜日

【二次作品】 スタッフの問い

 店がオープンして三日。シフト間の引き継ぎを兼ねたスタッフミーティングも終わって、さあ、帰ろうとスタッフ用出入口から店を出た時、シェフから呼び止められた。
〝お願いがあるんやけど〟
〝名前は杉下希美。女性。歳は俺と同い年やけん、三十二。身長は俺よりちょっと低いくらいやから女性としては随分高い方〟
〝その人が俺を訪ねてくるなり、泊まりの手続きするなりがあれば、真っ先に教えて〟
〝休みの日でもなんでも直ぐ飛んで来るけん、待たしとって〟
 なんだか随分とおずおずとした物言いだ。明らかに厨房で料理に向かう時の表情とは異なる。
「その方、杉下さんはシェフの彼女さんですか?」ちょっと茶化してみた。
「付きおうとるんなら、こんな事頼まん。電話の一本で用が足りる。そうやないから頼んどる」
「じゃあ、どんな関係なんです?」
「幼馴染みや。去年の年末に十年ぶりに会って…一緒に島に還らんか誘った」
 え?幼馴染みに一緒に島に帰らないか誘った、って…
 私の心の中で急に波風が強くなった。

2015年10月2日金曜日

【二次作品】 NOTREでの再開

 NOTREに着き受付で今日の宿泊の手続きをしようとした。若い女性スタッフから名前を尋ねられ、杉下希美と答えた。歳の頃は二十歳前後であろう、そのスタッフは顔をパッと赤らめた。どうやら彼から聞かされていた様だ。
〝杉下さんがいらっしゃられたら、宿泊の手続きより先にシェフに連絡しろ、と言われています。仕入れの準備で外に居るはずです〟と返された。
〝荷物はお預かり致しますので、テラスでお待ち下さい。シェフ、ずっと杉下さんの事をお待ちでしたよ〟とも。
 彼とはクリスマスの日以来言葉も交わしていない。今日訪れたのも、事前に何も伝えていない。それでも彼は私が来る事を確信している。私も彼が待っていてくれていることを確信している。この相互の確信は一体何処から来るのだろう。それは分からないけれど、これだけは確かだ。お互い十五年も待ち続けた。僅か三ヶ月足らずなど、どうという期間ではない。
 一度外に出て、海に面したテラスを目指す。一歩を踏み出すたびに実感する。私は私が本来居るべき場所に帰ってきたんだ。随分と遠回りしたように思う。そこにたどり着くのに十五年もの歳月を要したなんて。でもそれはきっと必要な歳月だったのだろう。

 テラスが見えた。その先に見慣れた景色が広がる。澄み渡った青く突き抜ける空と、朝日に波頭が白く輝く蒼い海。思わず小走りになる。そう、私が真に求めていたのは、見るたびにその景色を変えてゆく都会のビルの上から見る水平線ではなく、いつも変わらず同じ表情を見せてくれるこの見慣れた水平線。
 手摺に手をかけ、あの日の事を思い出す。今思うと可笑しくなる。子供だったんだな、と思う。あなたを自分の拠り所にし、それを自覚したにも拘らず、誰にも頼らず上を目指す、とあなたに向かって宣言したのだから。あのバルコニーで。
 これまでの事が思い出される。沢山の事があり、時に傷付き時に人を傷つけた。それらは全て事実であり、無かった事になど出来ない。その現実に押しつぶされそうになった事もある。罪の意識から必死に逃れようとした時期もある。それが叶わぬとわかった時、全てを諦めそうになった。その時、あなたは私の前に現れた。崩れ落ちそうな橋を、松明を掲げて渡って来た。一度ならず、三度も。
 それら全てを私は私の一部として受け入れよう。それら全てが、私がここにたどり着く為に必要な事だったのだ。今なら全ての人と出来事に対して心からの感謝と祈りを捧げる事が出来る。

 背後に気配を感じ、振り向いた。軽トラックの傍に立つ、パーカーにビーチサンダルの、あの日と変わらぬ出で立ちのあなた。
 成瀬くん、成瀬くん、成瀬くん。私はようやくここに………
「着たよ!!」

「これから仕入れに行くけど、乗る?」
 思わず笑みを浮かべて頷いてしまった。助手席を指差すぎこちない腕の動き。未明に自転車で連れ出してくれた時の、荷台を指した時と同じ。そう、私があなたの背中にあなたへの想いを自覚したあの時と。あなたは今も変わらない。私のあなたへの想いも。いや、私は決意を持ってやってきた。あなたの野望が一つかなった時、あなたが流す涙の分以上の何かをあなたの中に残す。涙が枯れても、それでも流れ落ちないだけの何かをあなたの中に残す。そして私はあなたの中で永遠となる。あなたへの想いはこれまでで一番強い。

 あなたがゆっくりと此方に歩を進めてくる。その一歩ごとに鼓動が高まる。でも心は穏やかで、あなたとの距離が縮まるにつれ、心の視界が急速に開けてきた。明かりが差し、霧は晴れ、遥か遠くまで見透せる。遮るものは何もない。ああ、私は今、心に一点の曇りもなくあなたの前に立つ事ができる。

 私は視線を一度テラスからの景色に戻した。子供の頃から見慣れた景色。でも何かが違う。全ての色がそのコントラストを上げ、鮮やかな色彩を帯びて見える。違う世界にいる様だ。

「何食べたい?」とのあなたの問いに、「美味しいもの!」とリクエストする。
 食は徐々に細りつつある。心なしか体力の低下も感じる。残された時間は多くはない。それでも私は幸せだ。残された時間を精一杯生きる。独りでは出来ないそれを、あなたとであれば出来る。奇跡さえも信じる事ができる。

 私の左手を取り、それを愛おしそうにあなたの手が弄る。そこに視線を落とすあなた。これまで二度、こうして手を繋いだ。さざなみの時はあなたの言葉になら無い悲しみ、怒り、虚しさが私の中に濁流の様に流れ込んできた。スカイローズガーデンの時はあなたの決意と壮絶な覚悟が私の中で響き渡った。何れもが別れの合図となった。でも今は違う。私にはあなたの慈しみと歓びが見える。あなたとの未来が見える。あなたには何が見えているの?
 あなたが視線を上げ、しばらく見つめあった後、ゆっくりと手を引かれる。その身を委ねる。私を包み込む優しい感触。ずっと求め続けてきた感触。諦めていた感触。初めてのはずなのに、何故か懐かしいその感触。その中で感じる。赤子の如く何もかもあなたに委ねる事が出来る私は…私は幸せだ。ありがとう。