杉下はキルケゴールのいう、最高度の絶望状態の一様相としての、誰からの助けも拒絶する〝悪魔的絶望〟の状態に有りました。
杉下を救う為に西崎が最後の切り札とした、成瀬の申し出にさえ「甘えられん」と一旦拒絶しています。
しかし、杉下は成瀬との会話後、主治医に対して「誰も悲しませずに死ねないのか?」とそれまでの頑なだった心境の変化を見せています。
この心境の変化は、やはり成瀬との会話による影響です。成瀬との会話に〝悪魔的絶望の中、死を迎える事の罪深さ〟に思い至った何かが有ったのです。それは何だったのでしょうか?
それは成瀬の申し出を拒絶することに対する成瀬への冒涜観念です。
成瀬との会話により、杉下の心に何層にも被さっていたかさぶたが剥がされていきます。
先ずさざなみの真犯人が成瀬で無い、という事が明かされ、成瀬と接触してはならない、という感情が破壊されます。それと同時に、成瀬が火で自分を救ってくれた、という幻想も破壊されました。この二つが作り出した、『究極の愛』という名の心理機構の存在意義さえ破壊された。そして『究極の愛』が破壊されたことにより、それが形成されたさざなみ放火事件に対するある種の美的感覚、美意識も破壊された。
ここまでくると、自身の『究極の愛』が引き寄せたスカイローズガーデン殺人事件とはなんだったのか、という思いに至る。美であったさざなみが作り出した『究極の愛』が引き起こした醜であるスカイローズガーデン。しかしさざなみの美性が否定された時、スカイローズガーデンの醜性も否定された。
では、結局二つの事件は自分にとって何だったのか、それでも自分の中に間違い無く存在するものとはなんであったのか?という問いに突き当たる。
一つは、自分が何に変えても成瀬を守ろうとした感情です。
そしてもう一つが、成瀬が何に変えても自分を守ろうとしてくれた、という確信。
杉下にとっては、この二つが真理なのです。
自身の成瀬への感情と成瀬の自分への想い。それをはっきりと自覚した。
そこで再び成瀬の発言が被る。「杉下の人生や、杉下の好きに生きたらええ」。
この言葉で、杉下はスカイローズガーデンの原因となった「究極の愛」の相手が西崎である、という事を成瀬が知っていた事、そのために十年間も成瀬が自分との接触を絶った事、そしてそれでもなおかつ今自分の余命を知りつつ再び自分を救う為に現れたという事を理解した。
これを拒絶するのは、成瀬に対する冒涜では無いか?そう考えたのです。
勿論杉下は成瀬を冒涜する気などありません。そうであるなら、自分は成瀬に救われてもいいのかもしれない。
これが後の魂の上昇のきっかけとなったのです。
参照
『キルケゴールの思想に対する証左』
『魂の解放』
『成瀬がN作戦2に協力することにした理由』
『N作戦2における杉下の魂胆』
1 件のコメント:
ここも今では修正が大いに必要ですね。
西崎には、杉下が悪魔的絶望状態にあるように見えた、という点はよいのです。そんな杉下をどうにかしたい、と思って彼は動いたわけですから。
でも、当の杉下は、必ずしも悪魔的絶望状況であった訳ではない、と最近は考えるようになりました。
その理由は、自身の余命が幾ばくも無い状態にもかかわらず、高野に対してはやはり成瀬を庇い、事件当時と変わらない証言を続けている、という点です。この行動はある意味では、成瀬を護る事にある種の希望とも呼べるようなものを持っている、と解釈出来ます。
もう一つは、高野に対して自分の携帯電話番号を教えている点です。これも成瀬を追っている高野が、成瀬にたどり着き、そこから彼との連絡が取れる事を期待している行動ともとれます。
ですので、杉下は成瀬という存在に自身の中にある、何がしかの期待・希望というものをもっていた、と考えた方がよいと思います。
成瀬の申し出の拒絶については、出どころは悪魔的絶望ではない、さざなみ炎上の実行犯についての杉下の勘違いを(事情は判らないでもないけれど)利用し続けた彼に対する彼女の反発心である、というのが現在の見立てです。
ただ、彼女の心境の変化はやはり成瀬との会話による影響であるとは思うのです。
彼の独白により、彼女の中でさざなみに関するある種の美性は破壊された事は間違いないと考えます。そしてその対極としてのスカイローズガーデンの醜性も否定されます。
究極の愛についての、彼女の心象としては、それは恐らくスカイローズガーデンの醜性に含まれていたのではないか、と思います。恐らく彼女は「究極の愛」なる概念が自身の、子供じみた妄想性の産物である事に気付いていたはずであり、それは醜として捉えられていたのだろうと思うのです。
彼女の究極の愛の概念については、また腰を据えて考えるべきテーマですが、今はスカイローズガーデンの醜性の一部として彼女がとっていたであろう、という事までにしておきます。
そうした中で、彼女の中で自身と成瀬との関係で間違いないもの、確実なものとして残るものはなんだったのか?と考えると、それはさざなみでもスカイローズガーデンでもない。さざなみ炎上の前夜の、お城放火未遂になります。
この時、杉下は成瀬との間で、”大事な場所を燃やしてしまえば、誰にも取られない。自分だけのものにできる”という思いを共有しました。また成瀬は代理放火をしようとしましたが、これは杉下が止めています。つまりここでもお互いが”相手を犯罪者にしたくない。それは相手を愛しているから”という思いを共有している。この点がその後、医師との会話以後の立脚点であろう、と考えるのです。
本文中に、成瀬がスカイローズガーデンでの杉下の究極の愛の相手が西崎である、云々については、間違っていますね。一つは杉下は成瀬がスカイローズガーデンの作戦に参加する事にした理由は、成瀬が杉下の気持ちが西崎にある、と考えての事である点は判っていた、という点。そしてスカイローズガーデン以降成瀬が杉下と接触を断った理由が、彼が自分を嫌悪したから、という点も既に当時理解しています。
では杉下は成瀬がこの時自分を訪ねてきた理由、そして島に帰ろうと申し出た理由をどう見ていたのでしょうか?
これは成瀬が杉下を訪ねた理由そのものでもあるのですが、それはそれは成瀬の杉下に対する罪滅ぼしなのです。それを杉下も理解しているのです。
コメントを投稿