2015年6月8日月曜日

杉下にとっての成瀬の存在


成瀬はよく〝月〟に例えられていましたよね。安藤が太陽で、成瀬が月。太陽が沈んでいる間の暗い時間も常に杉下に寄り添う、というニュアンスですかね。

でも、この例え、私はしっくりこなかったんです。もっとも、自分に代わりになる例えがあったわけでは無いんですが。

基本的に描写やセリフから何かを読み取ろう、といスタンスはとっていません。あくまで謎解きとして、各キャラクターが何を知り得て、どう行動し得るか、というのを至ってロジカルに分析してゆく、というのが自分のスタンスですが、時にはこんな問題も考えてみたくなります。

で、ここまで色々と考えを巡らしてきて、現段階で杉下にとっての成瀬とはどのような存在だったのか、を一言で表すなら、私は〝灯火〟だと思っています。

ある時は杉下に暖を与える焚火として
(好奇な視線で孤独に陥っていた杉下に、変わらず接した事)

ある時は杉下を縛るものを焼き払う業火として
(さざなみの家事で父親、母親、父親の愛人を焼き尽くしてくれた事ーー勘違い)

ある時は道を見失いそうな杉下に道を示す篝火として
(母親の錯乱に心が折れかけていた時に野望を語り、早朝デートに連れ出してくれた事)
(奨学金を成瀬に譲ってしまい、母親に部屋に閉じ込められて進学を諦めかけた時に成瀬のチケットに勇気付けられた事)

ある時は自ら掲げて杉下を暗闇から救い出すための松明として
(杉下の自宅への放火を阻止した事)
(スカイローズガーデンで窮した杉下の元に駆け付け、偽証を指示した事)
(悪魔的絶望にある杉下を迎えに行った事)

こうやってみると、多少強引とも感じますが、杉下のポイントポイントで成瀬はその有り様を変えつつ、灯火として存在したのかな?と思います。

こう感じるのは実は杉下と西崎の関係性を意識しています。
西崎は火で母親に縛り付けられていました。トラウマです。
一般的には杉下はさざなみで自分を縛るものから解放された、と理解されています。それは間違いないと思いますが、実はそれを契機に今度は火で成瀬に縛り付けられていたのではないか?それが杉下が西崎に心理的に引き寄せられた事情なのでは?と最近考えています。
当初は杉下と西崎は対照関係にあると思っていたのですが、実は同類かも、と思っているのです。

これは又別の機会に考えてみようと思っています。

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