杉下の『究極の愛』は罪の共有であり、これ自体はさざなみの事件処理を契機に杉下に形成されたものです。
一方、彼女の独立心は実はその起源はお城放火未遂の際の『何もいらん』です。この時杉下は自分を救ってくれる存在が成瀬である事を自覚しながら、一方で成瀬が自分のためなら、簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまうのを観た。自分を救う=成瀬が危険を冒す様を見てしまった。だから成瀬を巻き込む事を恐れた杉下は成瀬を遠ざける=『何もいらん』を言わざるを得なくなった。自分を救ってくれると確信した存在を、その存在を護る手段として遠ざけざるを得ないという強烈なジレンマを抱えた。それが翌日のさざなみの火事で成瀬が本当にやった!と誤解した。『大事な場所』に対する同じ感情を共有していた杉下はその導火線は自身のお城放火未遂だという強い後悔=罪を抱え込んでしまったんです。ですから、『何もいらん』がさざなみで『成瀬に対する罪』プラス『成瀬に頼ってはいけない』になり、『成瀬に頼ってはいけない』が『誰にも頼れない』が形成されたた訳です。ですから、彼女の独立心は人を頼る事に対する罪意識及び驚怖なんです。
ですから、以後の杉下の独立心はバルコニーでの『誰にも頼らん』宣言が起源ではなく、この『誰にも頼れん』が起源であり、『究極の愛』とセットなんですね。
で、実は『究極の愛=罪の共有』は杉下の『成瀬に対する罪』を杉下自身から隠蔽するためのものだったと、今は取っています。
頼れる存在に対する、頼る事に対する罪意識。なら、会わなければいい。会わなければ頼る事もないし罪意識を感じる事もない…
こんな強烈なジレンマと自身の後悔及び罪意識から彼女の精神を保護するために『究極の愛=罪の共有』でオブラートしたものなんです。
2015年11月1日日曜日
2015年10月14日水曜日
杉下の『何もいらん!』の意味
お城放火未遂の際の、成瀬の『何が出来る?』に対する杉下の『何もいらん!』
この杉下のセリフ、みなさんはどのように取られたでしょう?
一つの取り方として、杉下の独立心の発露という見方がありますが、私はそうとっていません。
これは彼女の独立心の発露でなく、自分のお城焼くという衝動に成瀬が躊躇なく代理放火をしようとした行為を見て、自分の衝動を成瀬にぶつけたら、成瀬が何をするか知れない、巻き込んではならない、頼ってはいけない、甘えてはならない、という抑制が働いた為です。
教室で成瀬にシャーペンで助けを求めたにも関わらず、それを口に出来なかったのも、自身のどす黒い衝動に成瀬を巻き込み兼ねない事に躊躇したから。
彼女の『だれにも頼らん!』は、母親に対する反発から形成されたものではありつつ、成瀬のお城放火未遂に対する反応から、自らが頼る事に対する、相手の反応(巻き込み)への怖れから来ている、という理解です。
このときの杉下の経験はかなり複雑ですよね。
この経験で、杉下は成瀬が自分の危機において自分を救い出してくれる救世主である事を痛感したにも関わらず、成瀬がいとも簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまう、それゆえ成瀬を頼る事が憚られるという二律背反、ジレンマを抱え込んでしまった。このジレンマを解消するには杉下は『だれにも頼らん!』を張らざるを得なくなった。自分が救世主だと思っている相手にさえ頼る事が出来ない以上、だれも頼れないのは理屈です。
このジレンマが後の『成瀬くん、ごめん』であり『甘えられん』に繋がっているととっています。
このあたりも、成瀬に対するトラウマを親に対するトラウマの如くカモフラージュするすり替え演出がされているのかな?と感じる部分です。
参照
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』
成瀬は杉下の救世主
この杉下のセリフ、みなさんはどのように取られたでしょう?
一つの取り方として、杉下の独立心の発露という見方がありますが、私はそうとっていません。
これは彼女の独立心の発露でなく、自分のお城焼くという衝動に成瀬が躊躇なく代理放火をしようとした行為を見て、自分の衝動を成瀬にぶつけたら、成瀬が何をするか知れない、巻き込んではならない、頼ってはいけない、甘えてはならない、という抑制が働いた為です。
教室で成瀬にシャーペンで助けを求めたにも関わらず、それを口に出来なかったのも、自身のどす黒い衝動に成瀬を巻き込み兼ねない事に躊躇したから。
彼女の『だれにも頼らん!』は、母親に対する反発から形成されたものではありつつ、成瀬のお城放火未遂に対する反応から、自らが頼る事に対する、相手の反応(巻き込み)への怖れから来ている、という理解です。
このときの杉下の経験はかなり複雑ですよね。
この経験で、杉下は成瀬が自分の危機において自分を救い出してくれる救世主である事を痛感したにも関わらず、成瀬がいとも簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまう、それゆえ成瀬を頼る事が憚られるという二律背反、ジレンマを抱え込んでしまった。このジレンマを解消するには杉下は『だれにも頼らん!』を張らざるを得なくなった。自分が救世主だと思っている相手にさえ頼る事が出来ない以上、だれも頼れないのは理屈です。
このジレンマが後の『成瀬くん、ごめん』であり『甘えられん』に繋がっているととっています。
このあたりも、成瀬に対するトラウマを親に対するトラウマの如くカモフラージュするすり替え演出がされているのかな?と感じる部分です。
参照
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』
成瀬は杉下の救世主
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