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2015年12月20日日曜日

【二次作品】成瀬の再考 その二

…続き

 杉下の島での過去とは相容れない行動を取ろうとする西崎へ、決して積極的ではないものの彼に有益な情報を流し、俺に遠慮しつつも作戦への協力の再考については感謝する杉下…

 …杉下は西崎を愛しているんだ。島での忌まわしい記憶を呼び覚ますような西崎の行動に協力するのは、それは西崎に対する愛で無ければ合理化出来ない。杉下が追われた自宅に火をつけようとした時、俺が代わりに火を付けようとした。相手が杉下で無ければそんな事できる筈かない。愛するがゆえに自らのルール、倫理を逸脱する行動。杉下は西崎を愛している…そして西崎はそれを知らない。

 もうあれから四年経つ。その間彼女とは接点がなかった。島を出るときお互いに『頑張れ!』と声を掛け合ったけれど、それっきり。親父の葬式の時に顔を見せてくれたけれども、この前島で話したのが唯一の会話だ。その間に世間を知り、新しい友人が出来、その中で新たな恋が始まる、といった事はごく自然な事だ。何らおかしな事じゃない。俺はそれをどうのこうの何かを言える立場ではない。

 杉下、綺麗だったよなあ。島にいた頃より垢抜けて、表情も穏やかになって、笑顔にも陰りを感じなくなった。島を出てからきっと良い人間関係に恵まれたんだろうな。四年は…永いな。
 俺の四年は何だったんだろう。奨学金のために勉強して、生活のためにバイトして。何のためにそこにいるのかがわからなくなっていた。そこに親父の死。もう何もかもどうでもよくなった。意志もなく善悪の判断さえ放棄して詐欺の片棒まで担いだ。俺は堕ちた。もし、あの時杉下を頼っていたら…彼女はどう反応しただろう。でも結局それは出来なかった。親父が原因の事で杉下を頼る事は出来なかった。やはり仕方のない事だったんだろう。

 俺はどうしよう。俺はどうしたい?
 料理を人助けの道具になんか出来ない。そんな事したら親父に殴られる。でも、今こうして料理に携わる事が出来ているのは杉下のお陰だ。彼女は俺の恩人だ。それに俺は今でも彼女の事が好きだ。俺は彼女の恩に何かむくいる事が出来ているか?何も出来ていないじゃないか。彼女が彼女の片思いの相手の事を想って、自らの過去を乗り越えようとしているのなら、そしてそのために俺の協力が必要であるなら、それに答えるのは俺の責務なんじゃないか?そして…それで杉下の笑顔が見れるなら…俺はそれで満足するべきなんだろうな。かつての友人として。

彼女に連絡しよう。作戦に協力すると。
でも、今彼女の声を聴くのは辛い。泣いてしまいそうだ。返事はメールでする事にしよう。

fin

2015年12月19日土曜日

【二次作品】成瀬の再考 その一

純粋に酔う事だけを目的に飲むのだとしたら、バーボンが一番だ。
ビールにはつまみが必須だし、ワインや日本酒は一緒に食べる食事が欠かせない。紹興酒やウォッカは一人で飲むイメージは湧いてこない。スコッチならカウンターが欲しい。そうやって消去法で候補を消していったら、狭いワンルームの独身男が部屋で一人かっ喰らう酒としてバーボンが残った。
 一緒に買ってきたかち割り氷をグラスに足し、上からドクドクと注ぐ。時々氷がミシ、と鳴ってヒビが入る。その音が妙に今の自分の心を表しているようで、なぜか心地よい。自分でもどうかしてると思うのだが、心象世界が現実世界に降りてきたような感じで、とにかく酔いの回ってきた頭には小気味いい。
 ボトルが半分位まで減って、もうそろそろ空も白み始める時刻だというのに、その間俺は何を考えていた?あぁ、確か杉下の事だ。杉下に約束したんだ。

「考える」

 そう杉下に言ったものの、自分は何を考えようというのか?将棋の事?いや、それは付け足しの様なものだ。本論はそっちじゃ無い。
 多分俺が本当に考えないといけないのは作戦の事。本来なら、こんな事考える必要も無い事だ。俺が料理に携わるのは、近しい人同士が楽しい時間と思い出を共有してもらうためであって、人助けのためでは無い。だから西崎にもそう言って断った。だけれどもそれでもなお考えざるを得ないのは、この件に杉下が噛んでいるからだ。
 杉下は西崎に協力したがっているように見える。俺が作戦に参加する事に対しては消極的ではあるものの、それでも拒絶するというふうでも無い。そもそも俺が野口氏なる人物の贔屓のレストランで働いているという情報を西崎に伝えている時点で俺の作戦への協力を期待してる事になる。
 でも西崎がやろうとしている事は…

 西崎がやろうとしているのは夫婦関係にある男女間に第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為だ。それを『略奪』というのか『救出』というのかは立場の差でしか無い。しかし杉下が島で苦労したきっかけはまさにその『第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為』じゃないか。西崎は杉下の親父さんの愛人と同じ立場だ。そんな西崎になぜ杉下は協力しようとする?
 DVを受けているという野口氏の婦人、奈央子さんに対する同情?確かに優しい性格の杉下らしいように見える。杉下自身も奈央子さんと近しい様だ。もともと奈央子さんを救いたいという思いがあったところに西崎と奈央子さんの関係を知って二人の利益が一致したが故の協力、という見方も出来なくはない。
 だが、今日の様子ではどうも西崎が計画の主導者だ。俺への協力の依頼に杉下の強い意志は感じられない。雰囲気としては『本意ではない協力』。
 本意ではない、というのはやはり親父さんに関する記憶だろう。決して愉快なものではないはずだ。それでもなお西崎へ協力しようとするのは?杉下と西崎の関係性か?
 二人の関係性というとそれは何だ?杉下は何か西崎に弱みを握られている?いや弱みを握られているような相手なら、今回はこちらが弱みを握れる立場になり得るのだから、逆に杉下がこの件では優位になれる筈だ。それに二人の会話を聞く限りそのような関係性とは思えない。とすると…

続く…

2015年12月16日水曜日

【二次作品】西崎の判断 その九

…続き

 なに?お前は何を言っている?杉下のNは俺だと?何を寝ぼけたことを…。急に腹が立ってきた。

“杉下があなたに協力したのも、偽証を受入れたのも、杉下のNがあなただからですよ。だから、杉下を救えるのは俺じゃない。…あなたです”
「違う!それは違うぞ、成瀬くん。まさか君が杉下と接触を絶ったのはそれが理由か?」
“…きっかけは別にありますが、そう思って貰っても間違いじゃない”
「杉下の中に君以外の人間などいない。杉下にとって君の存在は絶対なんだ。彼女はあの時君に助けを求めた。俺は杉下が誰かに頼ろうとしたのを始めて見た。以前母親が彼女を訪ねてきた事がある。その時彼女が自身の過去を少しだけ明かした。彼女は『助けて』と言いたかったのに、助けを求める事が出来なかったそうだ。その助けを求めようとした相手と罪を共有した。その罪の共有相手が彼女の『究極の愛』の相手だ。『相手の罪を共有して、黙って身を引く』。それが彼女の『究極の愛』であり、その相手は君だ」

 携帯の向こうの成瀬は答えない。

「作戦に協力したのは、君との関係を再開させる為だ。事件の偽証もそうだ。君が部屋に入る前、俺は杉下に偽証を要求したが彼女はそれを拒絶した。しかし君の指示は受入れた。つまり入室する事で当事者の一人となった君を護る為であるなら、その為であれば彼女は偽証できたという事だ。彼女が偽証した理由は俺ではない。かつて彼女が罪を共有した君を、その罪から遠ざけるためだ」

 俺はボロボロと涙を流しながら懇願していた。杉下を救う事が出来るなら、彼が動いてくれるなら自分の体裁などどうでもよかった。
 
「かつて君は俺に『杉下が呼ぶなら、今にも崩れそうな吊橋でも渡る』と言った。そして実際に渡った。頼む、頼むからもう一度その吊橋を渡って、杉下を救ってやってくれ。それが出来るのは君しかいないんだ!」

 暫くの沈黙の後、無言のまま通話は切られた。
 
fin

2015年12月15日火曜日

【二次作品】西崎の判断 その八

…続き

“…はい”
「西崎です。成瀬くん、もう一度杉下を助ける気はないか?杉下は誰の助けも求めていない。だがもしかしたら成瀬くんなら、と思ってね」
“相変わらず回りくどいですね”
「単刀直入に言おう。杉下は…胃癌で余命宣告を受けている。あと一年の命だ。しかし彼女は誰の助けも一切得ようとしない。まるで自分が助かる事を拒絶しているように。杉下はたった独りで最後を迎えようとしている。全ての真実を自らの命と供に墓場まで持っていく気だ」

 暫く彼からの返事は無かった。漸く還ってきた言葉の前に、彼の喉が鳴る音を聴いたような気がした。彼はどんな顔をして今この話を聴いているのだろう。

“…誰か近しい人はいないんですか?”
「いない。君に電話した後、興信所を使って杉下の事を調べた。少なくともステディな関係だった人物は過去にもいないようだ。親とも殆ど接触を断っている」
“それでなぜ西崎さんが俺に知らせてくるんです?あなた自身は?確かにあなたのNは奈央子さんだった。でもあなたのエゴを全て受け止めたのは杉下であり、あなたは杉下に一生の借りがあるんじゃないですか?あなたはその借りを杉下に返すべきでしょう。まさにその時ではないんですか?”
「…やはり君は全て解っていたんだな。あの場では何も聴かなかったが…」
“そして杉下のNは西崎さん、…あなたですよ。あなただって気付いているでしょう?”

続く…

2015年12月14日月曜日

【二次作品】西崎の判断 その七

…続き

 彼だ。やはり彼なのだ。杉下を救いうる存在は。
 彼は自身の発言どおり、あの時躊躇なく今にも崩れそうな吊橋を渡った。彼がどれ程真実を理解していたのかは判らない。だが杉下を事件の嫌疑がら除外するというたった一つの目標の為、泥を被ることを厭わなかった。たとえそれが杉下との別れとなろうが、彼女を護るという一点の為に自らの欲を簡単に捨て、彼女の為だけに俺との共謀に乗った。恐らく島で苦境にあった杉下を同じように救い出したのだろう。だからこそ杉下の『究極の愛』の相手なのだ。だからこそ、あの杉下が頼る事が出来る相手なのだ。
 それは最初から判っていた事だ。でも俺は彼に杉下の病状を伝える事に躊躇した。それは俺が良かれと託したはずの杉下と事件後一切の接触を絶っていたからだ。
 彼は時折おれに差し入れをしてくれた。そしてその度におれは杉下の様子を尋ねた。しかし彼は杉下とは一切連絡を取っていない、と答えるだけでその理由も明かすことは無かった。俺は尋ねようにも看守も勿論だが弁護士も含め知られるわけにはいかないから通り一編の問いと要請を繰り返す以外に出来ず、そしてその度に還ってくる答えは同じだった。何が彼と杉下とを遠ざけたのかが皆目検討がつかない。だから俺には彼を動かすことが出来る自信が無かった。だから、杉下の病状を離せば必ず動く事が間違いない安藤に先に声を掛けた。だが駄目だった。安藤では杉下を救うことは出来ない。そう、やはり彼しか残っていないのだ。
 彼を動かすことが出来るか?正直に言えば自信はない。しかし俺は話せる事全てを彼に伝え、彼を説得する以外に残された手はない。そして…

続く…

2015年12月13日日曜日

【二次作品】西崎の判断 その六

…続き
 
「どうした?杉下に何があった?」
「いや、大したことじゃない。あの日事件が無かったら杉下は幸せになっていたんじゃないかと思うと胸が痛む」
「まだまだこれからだよ、俺も杉下も、西崎さんも」

 暫く安藤の昔話に適当に相槌をいれつつ、多少自棄酒っぽく飲んでから、串若丸を引き上げた。あいつは何故かご機嫌だった。余り酒は強くないがちょうどいい具合につぼに入ったのだろう。普段以上に饒舌だった。
 だが、それに付き合った俺の方はあまり旨い酒ではなかった。杉下の事が頭から離れない。俺は曲がりなりにも独りではなく、二人で過ごしているのに、あいつは独りなんだろうな、と思うと申し訳なくなった。
 そんな事を酒の廻った頭でつらつらと思い巡らしつつ野ばら荘について、今は空いているかつての杉下の部屋、102号室に目をやった時、杉下がインターフォンに向かって助けを求めた際の様を思い出した。
 
『助けて!助けて、成瀬くん』

 杉下が助けを求めた相手。あれほど人を頼る事に頑なな杉下が助けを求めた、杉下の『究極の愛』の相手。
 二人が共有した罪の内容は知らない。決して明かされる事もない。それはたった二人だけの秘密。初めて彼に会った時、安藤にしたのと同じ問いへの彼の答え。
 
『呼ばれれば、渡ります』

続く…

2015年12月12日土曜日

【二次作品】西崎の判断 その五

…続き

 この時店のラジオからジングルベルの曲が流れてきた。あの日あの場所で、奈央子がリモコンを踏みつけた事でスイッチの入ったテレビから流れていたあの曲。十年経った今でも、克明に思い出せるあの時の音、声、におい、感触、情景、感情…あぁ、俺は一生あの時の事を忘れる事は無いんだな。
 そして安藤、お前という男の本質が改めて判ったよ。お前は今目の前にあるその橋を渡れないんだ。だからそれ以外の事なら『なんでもする』んだ。でもな、その橋を今渡る以外に、杉下を助ける方法は無いんだ。
 お前の『なんでもする』の中には危ないから、とその橋を落としてしまう事も含まれるだろう?杉下がそこにいるにも関わらず!唯一の可能性であるその橋を!お前があの時鍵を掛けたのと同じように!
 お前ならきっとそこに新しい立派で頑丈な橋を掛けてしまうんだろうな。でもお前がその橋を渡った先には、もう杉下はいない。あるのは杉下の亡骸だけだ。そんな橋に何の意味がある?そんな橋、俺には何の価値もない。でもお前ならこう言うのだろう、『橋は残った。努力は無駄ではなかった』と。
 結局お前は奇蹟というものを信じていないんだ。お前が信じているのは自らの努力のみ。別にそれがいけない訳じゃない。そうやってお前は結果を残しているのだから、凄いと思うよ。俺には到底真似できない。だがな、絶望の中、奇蹟を信じることを放棄した杉下を救うのに、救う側であるお前が奇蹟を信じずに奇蹟など起きるはずがない。今杉下に必要なのは、杉下が救われうる存在であると彼女に気付かせる、信じさせるという奇蹟を起こす事が出来る人間だ。
 安藤、やはり君は失格だ。

続く…

2015年12月11日金曜日

【二次作品】西崎の判断 その四

…続き

「本題に入ろう。杉下の事だ」
「逢ったの?」
「逢った」
「俺も何度か逢った。あいつまるで別人みたいに元気がない…大丈夫かな?」

 やはり杉下は安藤に何も話していないようだな。先日の杉下の話からあらかた予想は付いていたが。そもそも今日のこの時間に俺とここに居る事自体が間違いだ。まあ、杉下も好き好んでコイツと一緒にいたい訳ではなかろう。俺だってそうだ。
 しかし、もしコイツが杉下を孤独の淵から救い出しうる存在であるなら、俺はコイツを杉下のもとへ届けなければならん。そしてその可能性はコイツにはある。それを確かめねば。

「今にも崩れそうな吊橋の向こう側に杉下が居たとしよう。杉下が吊橋の向こうから『助けて』と叫んでいるとしたら、君はどうする?」
「は?なんでそんな処に?」
「もう元の生活には戻れないかもしれない。それでも君はその吊橋を渡るかい?」
「杉下は簡単に『助けて』なんて言わない」
「言ったとしたら?」
「なんだってする」
「…」

続く…

2015年12月10日木曜日

【二次作品】西崎の判断 その三

…続き

「もう関わる気はない、って言ってなかった?」

 俺は安藤を串若丸に呼び出した。電話した際、ちょっと驚いていた。そりゃそうだろう。俺だって杉下の事が無ければ、あえて安藤に連絡をとる事はない。恐らくこれからもそうだろう。もう、二人が住む世界は違うのだから。
 
「関わらんに越したことはない」
「俺は気にしないけど」

 そういう事を俺に向かって言えてしまうコイツにはやはり腹が立つ。お前は自分がした行為をどう思っているんだ?お前が鍵を掛けなければ、奈央子と野口が死ぬことも、俺が服役することも、杉下に一生の秘密を抱え込ませる事も起きなかったんだ。
 しかし、裁判に関しては彼が助力してくれたのは事実だ。そこは俺は彼に頭を下げる必要がある。それに杉下の事もある。小事より大事だ。

「安藤くんのおかげで、マイナスだった自分がゼロになった。これからはプラスで行くさ」

 自分で口にしたセリフに、多少のテレを感じた。俺は役者には向いていない事は判っていたが、自分で自分のセリフに突込みを入れたくなった。もう前置きはいいだろう。
 安藤に注文したビールが来た。

続く…

2015年12月9日水曜日

【二次作品】西崎の判断 その二

…続き
 
 実家からの帰り道、最寄り駅から野ばら荘への道すがら、親父から言われた言葉を思い出していた。
 
『世話になった人に恩を返せ』
 
 一番世話になったのは杉下だ。彼女の事は事件直後から一番の気がかりだった。俺のエゴに付き合わせ、一生の秘密を背負わせてしまった。彼女には感謝しても仕切れない。いや、感謝などという生易しい言葉では片付けることなど出来ない。俺は彼女の一生をぶち壊したも同然だ。
 本来であれば俺の一生を彼女に差し出すべきなのだ。そして奈央子がもうこの世に居ない限りにおいて俺にもそれ位の事は出来る。だが今の杉下を俺は救い出す事は出来ない。今杉下に必要なのは彼女を絶望の淵から救い出す事が出来る存在。それを彼女に届ける事が俺が杉下に出来る最大限の罪滅ぼしだ。
 ふと、気付くと何処かの家庭の居間で繰り広げられる、楽しそうなパーティの模様を窓越しに見つめていた。
 
『あぁ、そうか今日はあの日か』

 杉下、今お前はどうしている?人生最後になるであろうクリスマスを一人で過ごそうとしているんだよな?お前は一人でこの世からいなくなろうとしているけれど、お前はそれで満足なのか?お前こそその人生の最後に輝ける時を迎えるべきだと思う。
 そう思い至ったとき、俺は携帯を取り出し多少躊躇いつつもあいつに電話をした…

続く…

2015年12月8日火曜日

【二次作品】西崎の判断 その一

 親父にこれまでの事について頭を下げてきた。あんな事があったにも関わらず家に俺を上げ、『たまには帰って来い』とまで言われた。あの厳格な父親の事だ。俺はてっきり母親と同じく勘当を言い渡されるものだと思っていた。野原の爺さんからは『頭を下げてくればいい』と言われて出てきたものの、頭を下げることさえ許されないだろうと思っていたから、以外な反応だった。やはり俺の事で何がしか考える事があったのか、それとも単に歳なだけか。それは判らんがどうやら自分はまだ一人ぼっちではなさそうだ。母親と一緒だった時でさえ、いつも一人ぼっちだと思っていたのに。
 親父は母親に俺を渡した事を悔いていたようだ。それについては多少自分の中でも親父に対して嬉しい感情を持った。しかしそれと同じだけの母親に対する弁護の気持ちも起きた。俺に対するDVの事実があったにせよ、俺は今この時を生きている。

「それでも、育ててくれましたから」

 この言葉を自ら言った時、急に心が軽くなった気がする。俺は漸く母親を赦す事が出来た。母親を見殺しにした罪の意識から服役を自ら望んだものの、やはり自分は母親に対して何かを抱えたままだった事は自覚していた。そしてそれは父親に対しても同じだった。俺は母親と父親を赦していなかった。でもこの言葉が自然と口にでた時、俺は漸く二十数年掛かって二人に対する蟠りを解くことができたんだと気付いた。今となっては、もうそれだけで十分だ。
 結局親父は俺と視線を合わすことは無く、ずっと碁盤を見つめていたままだったが、それは親父の照れ隠しなのだろう。俺や母親の事を含め周囲から色々と言われたはずだ。それでも『たまには帰って来い』という言葉に、俺は親父の中に様々な感情を観、そしてその中の一部に俺が親父から赦された、という意味を見出す事にした。今度来る時は囲碁も覚えてこようか、と思った。

続く…

2015年11月18日水曜日

【二次作品】リングの涙 その二

…続き

『奈央子さんを大切に思う人が奈央子さんを迎えに来ていますよ』

 結局、この言葉が引き金となり奈央子さんによる夫妻の心中は起き、そしてそれは殺人事件となった。この言葉を発した責任はずっと感じていたものの、野口さんの行為を言い訳にしてきた。でもそんな言い訳も出来なくなった。

 野口さん宅からの帰り道、安藤は私に無人島に行けと言われたらどうする?と問うた。彼はこの時既に野口さんとの掛け、安藤が負けた時にはダリナ共和国ヘ赴任する人事を了承していた。それにも拘らず安藤は私にプロポーズする積りでいた。安藤がこの人事をネガティブに受け止めていたとしたら、彼は私へのプロポーズなど考えない。彼は自らのネガティブを色恋ごとで埋め合わせするような人ではない。彼はこの移動を自分のチャンスととっていた。そもそも安藤の部署は油田を含むエネルギー開発を担う部署だ。そんな部署なら優秀な人材の僻地への赴任など当たり前の事だ。
 そして安藤はプロポーズの意向を野口さんにも伝えていたのだ。野口さんは私に『安藤について行くか?』と問うた。確かに私と安藤は野口さんに対してカップルとして振舞ってはいたけれど、結婚なんてそぶりは見せた事はない。そもそも私たちがカップルを装ったのは野口さんに接近するための方便でしか無く、私には安藤に対して恋愛感情がない。ましてその当時の私は春に卒業と就職を控えた身だ。客観的に見て、彼氏の海外赴任について行く、などという状況ではない。それが野口さんからそのような問いが出る、という事は野口さんは安藤からプロポーズの意向を聴いていた、という事だ。
 つまり、安藤の僻地赴任は左遷では無く抜擢人事で、安藤はそれを自身のチャンスととっていた。それを機に彼は私へプロポーズをするつもりだった。その意向は野口さんも知っていた。食事会がサプライズのプロポーズの場で、野口さんは私達を祝福する立場だった…

 つまりは僻地赴任=左遷と思い込んでしまう、世間知らずな、根がお嬢様気質な自分が生んだ悲劇。

 奈央子さんの野口さんからのDVの受容は、一人で生きて行く力の無い奈央子さんには私が野口さんを奈央子さんから摂る存在に見えたから。そしてそれが奈央子さんと西崎さんの接点を作った。
 作戦が成立したのは、私の『究極の愛』などという奇妙な美意識が作り出した魂胆のせい。成瀬君との関係の再開を期待し、且つ本来私が協力など出来るはずもない西崎さんの人妻略奪行為に私自身が『愛による合理化』をしてしまった。
 安藤が鍵を掛けたのは、西崎さんと会って作戦の存在に気付き、プロポーズの場を奪われた彼が、私が安藤と成瀬くんのどちらを頼るかを試そうとしたから。
 そして安藤の僻地赴任についての勘違いによる不要な野口さんへの挑発。

 事件のすべての罪は私にある。

 西崎さん、成瀬くん、ごめんなさい。
 野口さん、奈央子さん。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい。

fin

2015年11月17日火曜日

【二次作品】リングの涙 その一

 もう、とっくの昔に涙は枯れきったと思っていたけれど、まだ自分の中に残っていた事に自分でも驚いている。新たな自分の罪に直面すると未だに涙が溢れてくる。
 掌の中の指輪は断ったにもかかわらず、強引に安藤から渡されたもの。普通の女性であれば、その意志は無くとも自分の指にはめてみて、ちょっとした感傷に浸ったりするのかもしれない。でも私は普通ではない。いずれ安藤のもとに返さなければならない指輪を、試しにでもはめてみる事は出来ない。

『事件の日に渡そうと思っていた。結婚してくれ、と言うつもりだった』

 聴いた瞬間に衝撃が走り、膝が崩れそうになるのを必死に堪えた。自分の罪深さは嫌という程解っていたつもりだったけれど、新たな罪に直面させられ頭の中は真っ白になった。それ以後彼とどんな会話をしたのかは覚えていない。なんとか平静を取り繕うとしていたような気がする。気がついたら高野さんを呼んでいた。自分の命とともに真実を墓場まで持っていくために。これまでたくさんの嘘をついてきた。先の短いこの体に、今更嘘を一つ余計に塗り込んでもどうという事はない。

 私に加わった新たな罪。
 野口さんを挑発し、警察沙汰とする事で安藤を野口さんから引き離すつもりだった。だけれども…そんな事、必要がなかったのだ。
 私は野口さんの明かした安藤の僻地行き、電気もガスも通っていないダリナ共和国への赴任話を安藤の左遷ととった。安藤は自らの能力を世界で試すという夢を持ち、その実現の為に努力している事を知っていた。彼には実現出来ない事など無いのではないか、とさえ思っていた。だけど安藤の赴任先を賭け将棋などという方法で、しかも自分が安藤を負かす役割を演じさせられ、彼の将来が彼の資質や努力に関係なく閉ざされる事など、有ってはならないと強い怒りを覚えた。瞬く間にあの時の感情が蘇った。

『自分に手の届かない、大人の勝手な都合で若者の未来が潰される』

 私と成瀬くん、二人して手を取り合い闘ったのはそんな現実への抵抗とそこからの脱出のため。その闘いのために家の一軒や二軒を焼き払うことなど何の罪が有ろう。戦争ならば家を焼くなど当たり前の行為ではないか。それなのに何故成瀬くんは咎められなければならない?何故周囲は成瀬くんを咎める視線を向ける?私達二人を追い詰めた大人たちには何ら罪は無いのか?
 成瀬くんは私を身を挺して救ってくれた。火で私を縛り付けるものを焼き払ってくれた。崩れ落ちそうな吊橋を躊躇無く渡ってくれた。そう、成瀬くんは私の救世主。
 成瀬くん、成瀬くん、成瀬くん…
 今度は私がその橋を渡る。成瀬くんのためであるなら、何だって出来る。嘘をつくことも厭わない。成瀬くんと共に在る事が出来るなら、子を子とも思わぬ、私達を追い詰めた人を貶める事などどうと言うことはない。

 大人の身勝手は絶対に許さない。成瀬くんが到着するまであと少しだ。成瀬くんであれば何とかしてくれる。成瀬くんとであれば何だって出来る。そして…

続く…

2015年11月13日金曜日

【二次作品】拒絶

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

 判っている。何度やっても同じ。結果は判っている。それでも繰り返さずにはいられない。携帯電話の発信履歴の一番上にあるあなたの名前を選んでリダイヤルする事を止められない。

 成瀬くん。やっぱり私には成瀬くんしかいないんだ。成瀬くんじゃないとダメなんだ。成瀬くん、成瀬くん…

 成瀬くん、手を繋いだ時、あなたの声が聴こえた。

『もう会わない。これでお別れだ。さようなら』

 覚悟した。私の我儘の末に、成瀬くんと一緒にいたいが故に引き寄せてしまった事件。そもそも成瀬くんを巻き込んではいけないのに。
 私の中にあった変な美意識が、下心が、勇気のなさが事件を招き寄せ、結局あなたを失う事になった。
 これも自分の罪の一つなんだろう。そのための罰なんだ。それは解る。それでもあなたに会いたい、声を聞きたい。そうでなければ自分がどうにかなりそう。

 成瀬くんゴメンね。
 私、あの時成瀬くんにこんな思いさせていたんだ。私はあの時どうしても成瀬くんを守りたくて、そのためにはあの方法しか思い浮かばなくて成瀬くんを遠ざけた。でもそれが成瀬くんをどれだけ悲しませる事だったのか、今ようやくわかった。こんなに悲しい思いをさせたんだね。成瀬くんがなぜそうするのかが解るだけに、本当に悲しい。
 成瀬くん、本当にゴメンなさい。だから、だからちょっとでもいい、一瞬でいい、その声をきかせて?

 わかっている。
 成瀬くんは意思の人だ。成瀬くんは一度決めた事は絶対に曲げない。だからもう二度と、二度と成瀬くんとは会えない。わかってる。わかっているからこそ悲しんだよ。会いたいんだよ。声を聞きたいんだよ…

 成瀬くん、せめていつまでも私達が繋がっていると思ってもいいかな?奇蹟を信じる事位は許してくれるかな?ねえ、いいよね、成瀬くん…


 着信とボイスメッセージの履歴には“安藤望〟が並ぶ。

 安藤の電話には出られない。声も聞きたくない。
 安藤!なぜあなたはチェーンを掛ける、なんて事をしたの⁉︎
 あなたがそんな事をしなければ、二人が死ぬ事も、西崎が罪をかぶる事も、成瀬くんを失う事も無かったというのに!

『杉下!』
 チャイムとともに声がする。
『杉下‼︎』
 安藤だ。
『杉下、俺だ。杉下と話がしたい』

 お願い!却って、お願い…
 もうあなたとは会いたくない、話もしたくない。お願いだから、お願いだから却って…

 お願いだから私の成瀬くんを還して!

2015年11月4日水曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その三

…続き

 西崎はそれに答えなかった。西崎は話の方向を変えた。
「結局、安藤も含めた俺たちの青春というのは、杉下希美という非常に魅惑的な女性に翻弄されっぱなしの青春だった。そう思うのだが、違うか?」
「あなたが杉下に観たものは何だったんです?」
「母性だ。自分の実の母親についぞ感じることの無かった、俺の中で欠落していた母性だ」
 西崎はマフラーに口元を隠すように視線を下に向けた。
「もし、彼女のような人が自分の母親であったなら、自分はどんな人間になっていただろう、そんな事を幾度も考えたよ」
「母親…」
 西崎は自嘲気味に続けた。
「可笑しいだろう?自分より年下の女性に、理想の母性を観ていたんだから…君には何が観えた?」
「判りません。自分が何かをしてあげる事で、悲しみの中の彼女が笑ってくれるのであれば、それで良かった。それが自分の勇気の源泉だった」
「君たち二人を見ていて、初めてそのような形の愛が有るんだと思い知ったよ。周りから見ていて、余りにももどかしい愛。それでいて絶対に揺るがない愛」
「ただお互いがその手の事に奥手なだけです。買いかぶりです」
「違うな。杉下には君の存在は絶対なんだ。盲目的とさえ言っていい。あれ程人に頼る事に頑なな杉下が、唯一助けを求める事が出来るのが君だ。君達二人には他のどんな人間にも立ち入れない領域がある」
「それは世間では歪みとかトラウマと言うんですよ。結局俺と杉下、そして西崎さんは似た者同志なんだ」
「安藤くんにはわからんだろうなぁ。我々歪んでいるものの心理は」
 高松行きの長距離バスが発着場に入ってきた。待っていた乗客が脇をすり抜けて次々と乗り込む。
「そろそろ時間なんで…行きます」
「あゝ」
 乗車口の前まで進み、そのまま乗り込もうとしたが、ちょっと立ち止まって、顔を西崎へ向けた。視線は下に落としたまま、西崎を見なかった。
「杉下には島に一緒に還ろう、と言ってあります。先に島で待っています」
「杉下も追っかけ還るさ…杉下を幸せにしてやってくれ」
 その言葉に俺は西崎へ視線を向け、小さく頷いた。
 西崎は〝それじゃあ〟と言い残し、踵を返した。俺はバスに乗り込み、フロントガラス越しに遠ざかる西崎の背中を一瞥して、長時間の乗車に備えてバックからカフェオレの缶を二つ出してシートに着いた。
 程なくバスは発車した。心の中は複雑だった。新たな出発の地、そして程なく迎える事になるであろう杉下の命の終局の地への旅立ちが自分にとってどんな意味を持つのか、測りかねていた。

fin

2015年11月3日火曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その二

…続き

 西崎がこちらに向かって歩を進めてきた。俺の前に立つ。
「君にとって、愛とはひたすら待つ事なのか?愛とはもっとアクティブなものなのではないのか?相手の意思を無視してでも、強引に自分を押し付ける事が相手の幸せになる時もある。今の杉下はまさにその時なのじゃないのか?」
「それが誰も望まない結末に終わる場合も有りますよ。現に十年前がそうだった」
 西崎の痛いところを突いてやった。その怒気を受け流す。
「…君も相変わらず無礼だな」
「別にあなたの事だけを言っている訳じゃ無いですよ。安藤さんも俺も、そして杉下も、皆んながそれぞれ誰かのために動いた結果があの事件で有り、その幕引きとして皆んなががそれぞれのエゴを貫いたが故にあなただけが罪に問われた」
 俺は事件の本質に関する持論を打った。
「またその話か。しつこいな君は。そして杉下のエゴは俺だ、と続くんだろう」
 西崎が服役している間、府中で何度となく西崎と交わした議論だ。西崎の口調が説得調になった。
「何度でも言うが、杉下はあの時君との関係を再開させるキッカケとして俺に協力したのだし、偽証したのも、君を守るためだ。彼女は俺が偽証を要求しても拒絶した。しかし君の指示は受け入れた。つまり君のためなら偽証出来たということだ。それが全てだよ。君は杉下が作戦に協力した理由を俺に対する愛故だ、言うのだろうが、それは今この段で議論しても意味がない。大事なのは、あの時杉下が誰との未来を思い描いていたか、誰の未来を守りたかったのか、そして今誰がその思いを汲んでやれるのかだと思うが、違うかね?」
「…」
「それは俺ではないし、安藤でもない。君なんだよ、成瀬くん」
 俺には事件処理に関して、西崎に対する負い目がある。服役中の西崎を何度も訪ねたのは、そんな心理からだ。
「…俺は自分のエゴのためにあなたを切り捨てた。あなたの論理で言えば、杉下もあなたを切り捨てた事になる…」
「…何が言いたい」
「あなたを切り捨てた杉下を、なぜあなたはそうまでして思いやれるんです?事件の時あなたは杉下を俺に託そうとした。杉下の病気を俺に伝えてきた。そして今もそうだ。…あなたのNは本当に奈央子さんだったんですか?」
 俺は事件の日に浮かんだ疑問、府中で議論するたびに大きくなっていった疑問を西崎にぶつけた。
「あなたの本当のNは杉下希美だったのではないんですか?」

続く…

2015年11月2日月曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その一

 東京駅八重洲口のバスターミナルに着いた。時刻は二十時十五分を少し廻ったところだ。どれだけも片付いていない荷物を徹夜で梱包して漸く送り出したのが今日の午前中。午後は役所や郵便局、その他諸々の諸手続きをこなして、漸く部屋を出たのが七時近く。部屋の鍵は不動産屋が最後の確認に来た際に引き渡した。
 島を出て十五年。途中幾度か住まいを移したが、それでも島にいたのと大差ない時間をこの街で過ごした。島の時間には物心つく前の幼少期も含まれるから、実質的にはこっちでの時間の方が長いと言っていいかもしれない。でも、特別何か思い入れがある訳ではない。多すぎる人、多すぎる車、多すぎる情報、多すぎる明かり、多すぎる情念。何もかもが濃密過ぎる。刺激が多くて飽きない、という意味では若い時分には有難かったけれど、三十も過ぎればそれが絶対的な価値を持ち得ないという事位は判る。今この街を離れ島に戻る事をこの街の人がどう思うか、島の人がどう思うか。人によっては負けて帰った、と取るだろう。ではそう思っている人は勝者なのか?そうではないだろう。人の幸せなど人それぞれ。他人の価値基準で自分を測る事ほど愚かしい事はない。自分には自分の価値基準が有り、その価値基準に沿ったその時々の選択の連続として今がある。そしてそれは死ぬまで続く。死ぬときに、良い人生だったと言えるよう、今とこれからを生きるしか無い。自分はそう信じる。そして杉下にもそうであって欲しい。
 
「なぜ杉下がいない」
 背後から大きな声がした。〝杉下〟という単語に引っ掛かりを覚え、とっさに振り返った先に、西崎が壁に背を預けて立っている。『ああ、面倒くさい奴に捕まった』そう思った。昨日西崎にメールを送ったのを後悔した。そんな気持ちが自分の顔に出たのだろう、西崎は先ほどより明らかに不機嫌そうに語気を強めて言った。
「なぜ杉下を連れていない」

続く…

2015年10月21日水曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その五

続き…

 西崎、安藤がまず個別に事情の聞き取りを受けている。並んで立つ俺と杉下はひとまず後回しだ。杉下へ指示しないと。
「外からドアチェーンかかっとった事、警察には言わんで」
 俺より先に杉下がそれを口にした。

 安藤が連れられて部屋を出て行く。安藤は杉下へ視線を送り続けている。杉下は視線を安藤と交わさない。安藤が部屋を出る間際に、その背中を一瞥した。
 俺は杉下の手を取った。ブランケットの血で、お互い赤く染めた手を握った。俺は心の中で杉下へ呼びかけた。

〝判っているよ。君が偽証を受け入れる理由も。君にとっては西崎の気持ちを護る事なんだ。判っている。君と、君の気持ちを護る。何としても護る。それが俺の君への恩返しであり、罪滅ぼしであり、愛だ。元気で幸せになって欲しい。君とはもう合わない。これでお別れだ〟

 杉下に声が掛かった。杉下は離そうとしなかったが、少し強めに手を引き、振り切った。杉下を見送る。杉下が部屋を出る間際に視線を交わした。心の中でもう一言呟いた。さようなら、と。

Fin

2015年10月20日火曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その四

…続き

 安藤のバカヤロウ!でもなぜ鍵を掛けた?
 西崎は状況の説明をしていない。西崎は安藤が鍵を掛けたのを知っていた。西崎は安藤と会ったんだ!それで安藤は何がしか計画に気付いた。
 安藤は杉下へプロポーズを予定していた。それが出来なくなる事に気付いた。安藤が知りたかった事はなんだ?杉下がプロポーズを受けてくれるかだ。代わりに鍵を掛け、室内の混乱を作り出して、杉下が自分を頼るかを試した?でも、プロポーズなら後からでも出来る。後からでは出来ないと判断して、今試した。
 後からではダメだと判断した理由は?安藤は作戦の外の人間だ。作戦が終わった後では杉下の気持ちには入り込めないと判断した。入り込めない理由は作戦の参加者にある。
 西崎なら安藤がプロポーズする事にした状況が変わる訳ではない。すると俺だ!安藤は杉下が俺と自分のどちらを取るか、試したんだ。安藤は俺が計画に参加していることと、俺と杉下の関係を知ったんだ。
 偶然、という言い訳が通らなくなる。安藤に鍵を掛けた理由を喋らせてはならない。鍵を理由に、西崎の情状酌量を期待したが、それも無理になった。
 安藤は自分からは言わない。鍵をかけた事も、西崎にあった事も、俺と杉下の関係についても。計画の存在につながる証言はしない。言えば自分ばかりか、杉下が殺害の嫌疑の対象になるのは分かるはずだ。プロポーズしようとした相手を巻き込めない。こちらも鍵がかかっていたことは隠蔽しよう。
 西崎は判っている。だから安藤を威圧した。杉下に鍵の事は話さないよう、指示しなければ…

続く…

2015年10月19日月曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その三

…続き

『どうして、今自分がここに居るのか解った。四年前、杉下は何も聞かず俺を庇ってくれた。今度は俺の番だ』

 改めてゆっくりと周囲を見回した。西崎はすでに覚悟を決めているようだ。落ち着いた表情をしている。杉下はまだ動揺していて、横たわる二人に視線を落としている。どうしたらいいか、混乱しているのだろう。意を決して口を開く。
「大丈夫、全部偶然だって言えば良い。俺と杉下は何も知らんかった。今日逢ったのも偶然…」杉下へ視線を向けて、言い聞かせるように言う。少し声が低くなった。「それでいいね」
 杉下はそれが意味する事を理解したようだ。俺を見て、西崎に視線を移し、床に崩れ落ちて泣いた。そう、杉下、それでいいんだ。
「杉下を護ってやってくれ」
俺は杉下を何としても護る。その身と、彼女の気持ちを。そう決意し西崎に向かって頷き、手にした携帯で警察へ通報した。

 程なくしてインターフォンがなった。〝安藤です〟
 床に座り込んでいた杉下が慌てて玄関に向かう。杉下の声が飛ぶ。
〝入ってこないで〟〝お願い、待って!〟
 杉下の制止を振り切り、安藤がリビングに現れた。部屋の有様に声を失ったようだ。杉下が力無く、先ほどと同じく俺の右隣に立った。耐えきれなくなったのだろう、安藤が口を開いた。
「何があった」
「逃げられなかった」
 そう返す西崎の安藤への視線が厳しい。安藤はその視線に耐えられないのか、俯き、小さく呟いた。
「俺のせいだ」
 その言葉に、杉下は安藤を見つめていた。感情の抜け落ちたような視線だった。
 直後、警察が入って来た。

続く…