早苗が杉下を訪ねた際の杉下の心理を分析する過程で、面白い事に気付きました。
杉下が、一番辛かった時期がいつなのか?という問題です。
今日はそれについて書きます。
早苗が杉下を訪ねた際に『島にいる頃に引き戻されそうで怖い』と言っています。さも早苗の存在が島時代全体を呼び起こしているように見えますね。 ですが成瀬のプロポーズの際に杉下はさざなみの火で『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もおらん』と上を向けた。そうすると彼女の中で、島時代 はさざなみ炎上の前と後では別物である事になる。
そうすると早苗が杉下を尋ねた際の『島にいる頃』といっているのは実は島時代全体ではなくてさざなみ炎上以降の時期を言っている事になるんです ね。
つまりさざなみ以前は火によりその辛い思いでも成瀬という存在に還元され、オブラートされたものの、さざなみ以降の事象についてはその端は成瀬で ありつつ成瀬ではオブラートできない時期であり、その頃が『島にいる頃』という事になるんです。
確かにこの時期が杉下にとって一番辛い時期だったかもしれません。
成瀬との約束が唯一のよすがだった。それ以外は八方塞がり状態。成瀬の為に希望だった奨学金を差し出し、進学さえも諦めざるを得ない状況に追い込 まれる。心の拠所、救世主たる成瀬を『頼れなく』なり遠ざけた。母親は依然自分を縛りつけようとする為、その母親を成瀬との約束を理由に切り捨て ざるを得なくなり、罪意識を抱えた。成瀬との約束の実現の為に不本意ながら狡賢さも身に着けた(父親への土下座)。
杉下という人物は基本的にはポジティブ思考の持ち主で、お城を追い出された以降も一部妄想(野望)に逃れつつも懸命に現実的対応を取ろうとしてい ましたよね。
それがさざなみ炎上以降はその現実的対応では如何ともしがたい状況に陥った。唯一成瀬との約束を拠所にし、それを根拠に非現実的対応を取らざるを 得なかったのがこの時期なんです。
ですから、ゴンドラの後野原のお爺ちゃんから『苦しかった事は忘れる事』で涙するのは、この時期の辛さ・苦しさが想起されたからだと思います。
2015年11月1日日曜日
杉下の『究極の愛』は『成瀬に対する罪』を杉下自身に対して隠蔽する心理システム
杉下の『究極の愛』は罪の共有であり、これ自体はさざなみの事件処理を契機に杉下に形成されたものです。
一方、彼女の独立心は実はその起源はお城放火未遂の際の『何もいらん』です。この時杉下は自分を救ってくれる存在が成瀬である事を自覚しながら、一方で成瀬が自分のためなら、簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまうのを観た。自分を救う=成瀬が危険を冒す様を見てしまった。だから成瀬を巻き込む事を恐れた杉下は成瀬を遠ざける=『何もいらん』を言わざるを得なくなった。自分を救ってくれると確信した存在を、その存在を護る手段として遠ざけざるを得ないという強烈なジレンマを抱えた。それが翌日のさざなみの火事で成瀬が本当にやった!と誤解した。『大事な場所』に対する同じ感情を共有していた杉下はその導火線は自身のお城放火未遂だという強い後悔=罪を抱え込んでしまったんです。ですから、『何もいらん』がさざなみで『成瀬に対する罪』プラス『成瀬に頼ってはいけない』になり、『成瀬に頼ってはいけない』が『誰にも頼れない』が形成されたた訳です。ですから、彼女の独立心は人を頼る事に対する罪意識及び驚怖なんです。
ですから、以後の杉下の独立心はバルコニーでの『誰にも頼らん』宣言が起源ではなく、この『誰にも頼れん』が起源であり、『究極の愛』とセットなんですね。
で、実は『究極の愛=罪の共有』は杉下の『成瀬に対する罪』を杉下自身から隠蔽するためのものだったと、今は取っています。
頼れる存在に対する、頼る事に対する罪意識。なら、会わなければいい。会わなければ頼る事もないし罪意識を感じる事もない…
こんな強烈なジレンマと自身の後悔及び罪意識から彼女の精神を保護するために『究極の愛=罪の共有』でオブラートしたものなんです。
一方、彼女の独立心は実はその起源はお城放火未遂の際の『何もいらん』です。この時杉下は自分を救ってくれる存在が成瀬である事を自覚しながら、一方で成瀬が自分のためなら、簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまうのを観た。自分を救う=成瀬が危険を冒す様を見てしまった。だから成瀬を巻き込む事を恐れた杉下は成瀬を遠ざける=『何もいらん』を言わざるを得なくなった。自分を救ってくれると確信した存在を、その存在を護る手段として遠ざけざるを得ないという強烈なジレンマを抱えた。それが翌日のさざなみの火事で成瀬が本当にやった!と誤解した。『大事な場所』に対する同じ感情を共有していた杉下はその導火線は自身のお城放火未遂だという強い後悔=罪を抱え込んでしまったんです。ですから、『何もいらん』がさざなみで『成瀬に対する罪』プラス『成瀬に頼ってはいけない』になり、『成瀬に頼ってはいけない』が『誰にも頼れない』が形成されたた訳です。ですから、彼女の独立心は人を頼る事に対する罪意識及び驚怖なんです。
ですから、以後の杉下の独立心はバルコニーでの『誰にも頼らん』宣言が起源ではなく、この『誰にも頼れん』が起源であり、『究極の愛』とセットなんですね。
で、実は『究極の愛=罪の共有』は杉下の『成瀬に対する罪』を杉下自身から隠蔽するためのものだったと、今は取っています。
頼れる存在に対する、頼る事に対する罪意識。なら、会わなければいい。会わなければ頼る事もないし罪意識を感じる事もない…
こんな強烈なジレンマと自身の後悔及び罪意識から彼女の精神を保護するために『究極の愛=罪の共有』でオブラートしたものなんです。
2015年10月15日木曜日
杉下と成瀬 相互を縛り付けているもの
最近、杉下と成瀬を相互に結び付けているものについて、以前とはちょっと違う感覚を持っています。
勿論、二人を直接的に繋いでいるのはさざなみにおける偽証ですが、お互いがお互いに強く縛り付けているものは相互に違うように思います。
二人を相互に強く縛り付けているものは、それぞれに対する罪の意識だと思うんです。
杉下は自分がお城への放火をしようとした事が成瀬のさざなみへの放火の導火線となった、という成瀬に対する罪の意識。
成瀬はさざなみ放火について父親を護りたいが故に杉下の勘違いとそれに伴う偽証を利用し、且つそれをずっと杉下に正さなかった事に対する罪の意識。
確かにその両者を繋いでいるのはさざなみに関する偽証ではあるけれど、その実際は偽証について罪(嘘)を共有したわけではない。杉下は共有したと思っていたけれど、それは勘違いだったわけです。結局二人は罪を共有した訳ではなくって、それぞれがそれぞれに抱えている罪の意識が故に相互に縛り付けられていた。
二人の辛さの根本であるその相互の縛りが、最後まで二人の繋がりを保ち続け至福へと導いた決め手であったと思うと複雑です。
本当にテーマソングのタイトルが『Silly』である、という事の意味が重く感じられます。
勿論、二人を直接的に繋いでいるのはさざなみにおける偽証ですが、お互いがお互いに強く縛り付けているものは相互に違うように思います。
二人を相互に強く縛り付けているものは、それぞれに対する罪の意識だと思うんです。
杉下は自分がお城への放火をしようとした事が成瀬のさざなみへの放火の導火線となった、という成瀬に対する罪の意識。
成瀬はさざなみ放火について父親を護りたいが故に杉下の勘違いとそれに伴う偽証を利用し、且つそれをずっと杉下に正さなかった事に対する罪の意識。
確かにその両者を繋いでいるのはさざなみに関する偽証ではあるけれど、その実際は偽証について罪(嘘)を共有したわけではない。杉下は共有したと思っていたけれど、それは勘違いだったわけです。結局二人は罪を共有した訳ではなくって、それぞれがそれぞれに抱えている罪の意識が故に相互に縛り付けられていた。
二人の辛さの根本であるその相互の縛りが、最後まで二人の繋がりを保ち続け至福へと導いた決め手であったと思うと複雑です。
本当にテーマソングのタイトルが『Silly』である、という事の意味が重く感じられます。
2015年5月17日日曜日
真相の理解者としての成瀬
事件の時、成瀬はどれだけ真相を理解していたのでしょう。
オフィシャルサイトでのファンメッセージでも、これについてはほとんど議論らしい議論は見られませんでした。大方がほとんど何も知らない、杉下が殺害に関与したのではないか?と考えた、などのコメントが有りました。
上記の反応は致し方ない面が有り、そもそもドラマの描写では密室内での出来事について西崎からも杉下からも殆ど成瀬は説明を受けていない。だから視聴者側も成瀬は何も真実を知らない、という前提が成立していたのでしょう。
私の当時の主テーマは杉下が如何にその魂を解放し得るか、であった事、そして投稿終了までの時間も無かったため、この問題について自らの考えを詳細に述べることはしませんでした。
しかし、私はこの段階で成瀬は事件の真相を正確に把握しており、その上で杉下を護るための行動をとったと判断していました。
具体的には杉下を殺害の嫌疑から除外するために、西崎のいう〝作戦の事は黙っていよう〝に乗り、三人が部屋にいた理由も〝偶然〟だとする補強を行った。この線で事件を処理するため、安藤が外鍵を掛けた行為の隠蔽も行われた、と判断しました。
その判断を簡潔に表現したのが以下のしのぶさんのコメントに対するレスです。
>>しのぶ様
>>シャーペンのノック音3つ、ありがとうございます。
>>スカイローズガーデンでの成瀬の行動は杉下のため行動ですよ。
>>西崎の意向を汲み取ったわけでは有りません。
>>西崎案で無いと杉下を嫌疑から除外することができない。
>>だから西崎案にのりその補強をした。
>>成瀬は事実は知らないけれど、真実は理解していたと思います。
>>この時点で成瀬は西崎の望み通りに西崎を切った、というのが私の見解です。
成瀬は真実を理解していた、という下りは、オフィシャルサイトでその根拠を明かすことはしませんでしたが、実際にどこまで認識可能かは思考実験で確認済みでした。
私がそもそも成瀬が事件の真相を完全に理解し得たはず、と気づいたきっかけはさざなみ放火事件のとスカイローズガーデン殺人事件事件の構造分析の結果でした。
分析内容の詳細は先の投稿『対称性・対称性 さざなみ放火事件とスカイローズガーデン殺人事件 その二』に譲りますが、ここで重要なのは杉下が勘違いから会っていない成瀬と会っていた、と偽証したのに対して、成瀬は掛かっていた鍵を掛かっていなかった、と偽証した事。
これは先の投稿で主張したことですが、二つの事件では同一ポジションのキャラクターの、行動、意図、結果などが必ず逆転している、という事に気付いたんです。そうであるなら、杉下が〝勘違いの結果として無かった事をあったと証言〟しているからには、成瀬は〝真実の理解の結果としてあった事を無かったと証言〟しているはず、という事に気付いたんです。
2015年5月6日水曜日
杉下が成瀬の『気持ちはわかる』にどのような理由を観ていたのか
杉下は成瀬のメールにしきりに考え込んでいました。
『大事な人がひどい目にあってて、いてもたってもいられない気持ちはわかる。だから協力する』
これを杉下はどう取っていたのでしょう。
公式サイトのメッセージでも、ここの解釈については定まった見方は出来ていませんでした。
このメールは直接的には以下の意味に成ります。原文に補足します。
『(西崎にとって)大事な人(=奈央子)がひどい目にあってて、(西崎が)いてもたってもいられない気持ちは(成瀬が)わかる。だから(西崎に)協力する』
ここで問題にしたいのは〝なぜ(成瀬が)わかる〟と杉下が取ったか、です。
ここの視聴者側の取り方で、その後の杉下の行動理由の取り方が変わってきてしまうからです。
一つの見方は成瀬が自らの島での経験から、〝わかる〟と言っている、と取るケース。
それはつまり杉下を慮って、杉下が火を付けようとしたのを止めた上に、杉下が火を付けようとした心理さえ理解した上で、代理放火までしようとした成瀬の行動。さらには、勘違いですがさざなみに成瀬が火を付けたのも、この時の延長上にあると杉下は思っている。
この経験を指している、と杉下が取るケース。
二つ目は、成瀬にとって今現在杉下の他に大事な人がいて、もしその人がひどい目にあっているとすれば、成瀬も西崎と同じ気持ちに苛まれるだろう、という予測を成瀬が言っている、と取るケース。つまり成瀬の気持ちの誤解ですね。これは公式サイトのファンメッセージでも一部出ていた見解です。これは野口宅を出た後の橋の上での安藤との会話で、成瀬と『付き合ってない』と否定したり、安藤の気持ちを配慮した上での無人島で『一人は寂しい』という会話、及び杉下が心を開いている男の右側に立つ癖から安藤への気持ちを自ら意識し直した、という見解から出てくる解釈です。実はこの橋のシーンは、最初に成瀬が野ばら荘を訪れた際駅まで送ったシーンと対になってるんですね。この時も橋の上での会話で杉下は成瀬の左に立ってるんです。この立ち位置の対称がこの見解に一定の説得力を与えている。
あと一つ、ごく一般的な例として、という取り方は不可能ではありませんが、成瀬自身が一度断っているのを考え直しての申し入れであるので、これは考えなくともいいと思います。
私の見解は成瀬が自らの島での経験から、〝わかる〟と言っている、と取っている、というものです。
成瀬は杉下にしきりにメッセージを伝えています。
西崎の『崩れ落ちそうな橋』の質問に対する答え、『呼ばれれば渡る』。成瀬はかつて、杉下が追われた家を放火しようとした際、それを止め、代理放火までしようとしました。そして杉下はさざなみの火事も成瀬がその延長で行った放火だと思っている。そこへ改めて『呼ばれれば渡る』という成瀬の自分に対する気持ちを理解した筈です。
その前段が有っての『気持ちはわかる。だから協力する』メールですから、杉下には成瀬が『分かる』理由も上記の放火事件を踏まえている事も理解できますし、その上で成瀬が協力を申し出るのも、表面上は西崎への協力表明ですが、実際は自分が関与しているからであり、杉下への協力である、という事も理解出来るのです。
2015年5月4日月曜日
成瀬が杉下に『杉下の人生や、杉下の好きにしたらええ』と言った理由
スカイローズガーデンの事件から10年後、成瀬が杉下にプロポーズしたシーン。
成瀬は最後、杉下へこう伝えています。
『杉下の人生や、杉下の思うようにしたらええ。でも、待っとるよ』
これ、最初見た時違和感があったんですよね。成瀬は西崎から杉下を助けてやってくれ、と連絡を受けて杉下の所へやってきた。そうであれば杉下を説得しないといけないと思うのですが、これは説得じゃ無いんです。
もう一つ、違和感のは理由が有ります。
成瀬は過去二度杉下を救っています。
一つ目は杉下が追い出された自宅に火をつけようとした時。成瀬は有無を言わさず燃料を杉下から取り上げています。
二つ目はスカイローズガーデンで成瀬が、『全部偶然だって言えばいい』と西崎案に乗ることで杉下を事件の嫌疑対象から除外しようとした時。この時も成瀬は杉下に有無を言わせていません。
その二回とも成瀬は杉下の意向を確認するような事はしていない。強引に杉下をその危機から引き剥がしています。
だけど、この3回目だけは違うんです。
過去と異なり事件から救う訳ではない。その差とも言えなくもないのですが、ですが成瀬にしてみればある意味過去2回より更に切迫している、と言っていい。杉下の命に関わる事ですから。
それなのに強引さは見せず、まして説得もしない。
それは何故かと考えた時、やはり事が命に関わる事だからなのでしょう。命、生き方に関わることであるからこそ選択は杉下に委ねたんだろうと思います。
で、ここで問題にしたいのは、成瀬が杉下は自分を選ばないかもしれない、という可能性を前提に話している、という事です。
杉下が成瀬の元に戻れないと成瀬が考えうる理由を考えてみます。
一つはさざなみ放火事件。杉下が成瀬から離れた理由ですが、これは成瀬が事件は解決した、と事前に明らかにされていますので、これはクリアされています。
二つ目は、杉下の上昇志向。島へ帰る事は杉下がその上昇志向を諦める事を意味します。ですがこれも杉下自身が『食べる物があって、帰れる家があって、それを誰にも取られなければそれでいい』と言っていますから、これもクリアされています。
三つ目は杉下が病気である事。杉下は成瀬に西崎から聴いたのかを成瀬に確認しています。成瀬はそれには答えていませんが、その後の会話で、それを知っている上で成瀬がプロポーズしている事は杉下も了解している。だから成瀬から『杉下の人生や』という発言をする理由にはならない。
そして最後に残るのが成瀬から見た時、杉下の中に自分以外の誰かがいる事を分かっている場合。この時のみ、成瀬は『杉下の人生や』と言い得るんです。
つまり成瀬は、杉下の心の中に自分以外の人間がいる事を理解した上で、杉下の選択を待つ、と杉下に伝えたわけです。
2015年3月31日火曜日
製作者の意図、目標
『Nのために 論考』
製作側の意図は下記3点と思ってます。
1.物語の構造にこだわりにこだわったこと
2.視聴者をだまくらかす事
3.杉下を幸せにする事
構造については、既に書かせて貰いましたが、さざなみ事件とスカイローズガーデン事件を、同一ポジションの登場人物に原因・意図・行動・結果・時間を反転させた対構造を作り上げた。
その上で、さざなみは”偶然と勘違いと思いやりによる美”を、スカイローズガーデンでは”必然とエゴと打算による醜”を弁証法的に作り出し、杉下に二重の苦しみを負わせた。
視聴者のだまくらかしについては、スカイローズガーデンの安藤の外鍵の隠蔽の先にある、4人の取引を隠蔽し、杉下の成瀬を守る意図を視聴者に隠した。
そして現代編での、杉下の魂の解放、ラストシーン。
今日はドラマの謎解きを少し離れて、このドラマでの製作者の意図、目標について触れておきたいと思います。
製作側の意図は下記3点と思ってます。
1.物語の構造にこだわりにこだわったこと
2.視聴者をだまくらかす事
3.杉下を幸せにする事
構造については、既に書かせて貰いましたが、さざなみ事件とスカイローズガーデン事件を、同一ポジションの登場人物に原因・意図・行動・結果・時間を反転させた対構造を作り上げた。
その上で、さざなみは”偶然と勘違いと思いやりによる美”を、スカイローズガーデンでは”必然とエゴと打算による醜”を弁証法的に作り出し、杉下に二重の苦しみを負わせた。
視聴者のだまくらかしについては、スカイローズガーデンの安藤の外鍵の隠蔽の先にある、4人の取引を隠蔽し、杉下の成瀬を守る意図を視聴者に隠した。
そして現代編での、杉下の魂の解放、ラストシーン。
杉下に幸せを与える、苦しみから解放する。
死期を迎えようとする人間には、自分が頼れると思う存在、その存在が近くに居てくれる、という信頼が最後の拠り所だと思うのです。
杉下の最後の幸せとして、杉下が頼れる成瀬の元に。
それが製作者の目標だったと思います。
2015年3月25日水曜日
物語の弁証法的展開
『Nのために 論考』
引き続きドラマがキルケゴールの実在主義哲学である、との私の見解の証左を解説してゆきます。
引き続きドラマがキルケゴールの実在主義哲学である、との私の見解の証左を解説してゆきます。
今日は物語の弁証法的展開についてです。
キルケゴールは弁証法を駆使してその思想を展開して行きました。 これはキルケゴールの時代、ヘーゲル哲学が持て囃された事に対するアンチテーゼとして同じ弁証法を駆使して、ヘーゲル哲学が描かない、論理的には説明しえない個人の問題を描こうとしたためです。
弁証法においてはテーゼに対するアンチテーゼという形で二つの対称性・対照性を統合(ジンテーゼ)する、という方法がとられます。
この物語は、描写としては相互に入り組んだ編集がされており、解りづらいのですが、三部で構成されています。
第一部がさざなみ放火事件に代表される青景島編。
第二部がスカイローズガーデン殺人事件事件に代表される東京編。
第三部がラストシーンが代表する現代編。
対称性・対照性についての証左でも触れましたが、さざなみを”偶然と勘違いと思いやりによる美”=テーゼとし、スカイローズガーデンを”必然とエゴと打算による醜”=アンチテーゼとし、その二つの事件を現代編に於いて統合=ジンテーゼとする、という構造です。
2015年3月23日月曜日
『Nのために 論考』対称性・対称性 さざなみ放火事件とスカイローズガーデン殺人事件 その三
さざなみとスカイローズガーデンでの対称性・対照性の付記として、さざなみにおける杉下の誤解による、杉下の認識のねじれについて触れておきます。
事実関係に基づくポジションについては、昨日投稿した通りなのですが、杉下の行動を理解するうえで、彼女の認識を理解しておく事が必要です。
さざなみにおける杉下の誤解は、さざなみ放火犯は成瀬だ、というものです。
これには伏線があります。
その前日に杉下が苦しみの余り、追い出された実家(父親と愛人が住む)を放火しようとしました。
成瀬がそれを止めたのですが、杉下の苦しみを見かねた成瀬が、〝杉下を犯罪者にしたくない、俺がやる〝と代理放火をしようとした事実がある。
成瀬の代理放火は杉下が止めたのですが、成瀬も翌日にはさざなみを出て行く予定であり、二人が共通して抱えていたのが、〝燃やしてしまえば、大事な場所を誰にも取られない〝という思いでした。
そしてさざなみが燃えている現場を見つめる成瀬を見つけた杉下は、成瀬が本当にやった、自分の代わりに本当にやったと勘違いしてしまった。
この結果、杉下は自身の認識として、自分が夏恵のポジション=事実を知る人、であり、かつスカイローズガーデンでの安藤に似たポジション(事件のトリガーとなる行為をした)だ、という認識であった、という事です。
ここでの誤解が後の15年に影響を与えます。
2015年3月22日日曜日
対称性・対称性 さざなみ放火事件とスカイローズガーデン殺人事件 その二
さざなみとスカイローズガーデンの二つを構造的に分析した結果を詳述します。
各ポジションでの各キャラクターの行動、動機、結果、時制がなにがしか逆転している事がお判り頂けると思います。
私は、オフィシャルサイトへのメッセージ投稿でも書きましたが、将棋における〝同一駒配置の手番組違い〝だと表現しました。静的なシンメトリー性と、動的なベクトルの逆転現象及び結果の違いを表現する方法として一番適切なように思えたからです。
さざなみ:成瀬父
行動は自殺目的の放火
行動動機は成瀬の進学資金を捻出する為
結果は夏恵に救助され生存
スカイローズガーデン:奈央子
行動は野口殺害
行動動機は野口との揉み合いで危機に陥った西崎を助けるため
結果は自殺、死亡
嫌疑を受けた人
さざなみ:成瀬
行動は〝自分はやってない(誰がやったのかも知らない)〝
行動動機は犯人である父親の保護
結果は自分及び父親双方とも逮捕されず
スカローズガーデン:西崎
行動は〝自分がやった〝
行動動機は犯人である奈央子の保護
結果は逮捕、服役
捜査機関に対して隠蔽行動を取った人
さざなみ:杉下
行動は無かった事をあった事をとする偽証〝成瀬と会っていた〝
行動動機は自身が犯行を疑った、嫌疑を受けた成瀬の保護
結果は成瀬との別れ
スカイローズガーデン:成瀬
行動はあった事を無かった事をとする偽証〝鍵はかかっていなかった〝
行動動機は杉下を嫌疑から除外する為
結果は杉下との別れ
事実を知る人
さざなみ:夏恵
行動は証拠隠滅、犯人を知っている事自体を隠す
行動動機は成瀬親子の保護
結果は声を失う
スカイローズガーデン:杉下
行動は成瀬への外鍵隠蔽依頼(あった事を無かったことにする)
行動動機は成瀬の保護。偶然を装う事でさざなみ放火事件まで蒸し返される事を恐れた。
結果は病による余命宣告
真実を知りたい人
さざなみ: 高野
行動は スカイローズガーデン関係者へのインタビュー。タイミングは事後
行動動機は夏恵が声を失う事になってしまったさざなみ放火事件の真相解明
結果は夏恵が事実を知る人であり、自分の行動が夏恵を苦しめていた事の理解
スカイローズガーデン:安藤
行動は外鍵を掛ける事。タイミングは事前
行動動機は危機状況で杉下が助けを求めるのは自分かどうかを知るため
結果はその他三人から事件の真相を隠されている。仲間ハズレ、疎外。
対称性・対称性 さざなみ放火事件とスカイローズガーデン殺人事件 その一
さて、今日は物語で提示された対称性・対照性の内、特にさざなみ放火事件とスカイローズガーデン殺人事件については詳述したいとおもいます。
その上で、さざなみは”偶然と勘違いと思いやりによる美”を、スカイローズガーデンでは”必然とエゴと打算による醜”を描き出している、というのが2つの事件の対称性・対照性です。
私がこのドラマにはまった一番のポイントであり、私の謎解きのスタート地点でもあります。
二つに事件では、同じ役割を担ったキャラクターがそれぞれに配置されたいました。
しかし、それを動的に観察すると、相互に原因・意図・行動・結果・時間を反転させた対構造となっているんです。さらにはさざなみにおいては勘違いからその構造にねじれが発生してしまい、さらに解りづらくなっています。
これはかなり複雑な構造で、製作者が徹底的に作り込んだ部分です。ドラマの真相を理解する上でも重要です。
その上で、さざなみは”偶然と勘違いと思いやりによる美”を、スカイローズガーデンでは”必然とエゴと打算による醜”を描き出している、というのが2つの事件の対称性・対照性です。
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