『その時考えていたのは大切な人のことだけだった。その人の未来が明るく幸せであるように。みんな、一番大切な人のことだけを考えた』
九話における杉下のモノローグです。
このモノローグでは、『みんな』と表現されているんですよね。つまりは安藤を含めて、という意味です。杉下は安藤も一番大切な人の未来が明るく幸せであるよう、その人の事だけ考えた、と杉下も取っていたという事です。
ですが杉下は安藤を嫌っていた。安藤の訪問を事件後拒絶しています。安藤の外鍵は中の三人の思惑の一致からこちらから隠蔽を図ったものですが、杉下には安藤が自身の保身からそれに乗ったように見えていたんです。だからこそ彼を拒絶し、そして彼を嫌った。この段階では杉下には、安藤の偽証意図を理解出来ていないはずです。視聴者側でさえ安藤のN=杉下、という安藤の高野への証言に違和感を抱いている人が多いのですから。
でもこれまで検討した通り、安藤の偽証意図は杉下を殺人の嫌疑の外に置く事です。
では最初の杉下のモノローグはいつの時点での彼女の認識を語ったものであったのかと言うと、安藤が杉下へプロポーズした後の段階です。つまり杉下は安藤が当時自分へプロポーズするつもりであった事をしった。好きな人間を嫌疑にさらす事はできない。だから安藤は自分を嫌疑から除外する意図で偽証した、という事に気付いたわけです。
参照
杉下はなぜ事件後、安藤の訪問を拒絶したのか?
『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 そのⅠ〜11
安藤のNは杉下と言っていいのか? その一〜二
2015年11月8日日曜日
2015年6月16日火曜日
安藤のNは杉下と言っていいのか? その二
安藤は事件発生直後には、事件の本質は野口夫妻の心中である事は理解出来ていました。
その上で、自身がどう証言するか、選択したわけです。
ここで問題なのは、安藤は中の三人と異なり、事件の処理方針を聴いていない、と言う事です。
安藤が中の三人から唯一伝えられた情報は西崎の「逃げられなかった」です。
ここから安藤はどう判断するか?
西崎の発言から、鍵が安藤が掛けたものである、という事が中の三人にも判っている、と言う事と、その鍵のせいで事件にまで発展した、と言う事が伝わりました。
一方で、事件が野口夫妻の心中である事、西崎をはじめとする中の三人が事前の計画を練っていた事も判っています。
この段階で、安藤は捜査機関が『計画の末の心中』とは取らないだろう、という事が推測出来る。
そして中の三人も同じ判断をするだろう事も推測可能です。
その時、成瀬は直接の嫌疑の外になる。鍵を開けて中に入ったから。嫌疑の対象は西崎と杉下に絞られる。
安藤としては中の三人の処理は不明ではあるが、最悪の場合杉下が犯人とされてしまう場合が発生する事が理解出来る。この時、どちらを取る?当然杉下を取る。
そこから安藤の事件への対処方針が構築されていきます。
以下は安藤のモノローグとして
もし中の三人が夫妻の心中として処理していくならば、計画その他は隠蔽されるだろう。それで処理が進むなら、誰も傷付かずに済む。そうであるなら、自分から鍵と計画の存在を示唆するような証言はするべきではない。
そうであるなら、西崎に会ったことも、三人が会っていた事も、自分が鍵を掛けた事も黙っているべきだろう。
もしその方向性が破綻した場合。
もし西崎単独犯で処理をしようと中の三人が判断するなら、それでよし。上記と同じ行動を取ればいい。西崎単独犯である限りはわざわざ計画の存在を暴露されかねない鍵の事は隠蔽されるだろう。もし仮に情状酌量が欲しくて鍵は掛かっていたと、西崎が証言しても、成瀬がそれを否定するだろう。成瀬にとっても杉下への嫌疑は回避したいはずだ。
その他の杉下に嫌疑がかかる可能性のあるケースについても、すべて同じだ。成瀬と歩調を合わせればいい。
つまり、俺からは何も話さない。もし杉下に嫌疑が向く可能性のある展開は成瀬が潰しにかかる。俺はそれに歩調を合わせる。仮に成瀬がどうしよう無くなっても俺は何も言わない。それが何れにせよ杉下の被害を最小化する方法だ。
自分で書いておいて、驚きだったんですが、安藤が杉下を護る為には、何れにせよ一切の事について口を噤む、と言う方法がベストなんですね。
この点において、安藤にもN=杉下は成立するんだ。
正直ビックリです。
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一番大切な人の事だけ考えた
2015年6月15日月曜日
安藤のNは杉下と言っていいのか?
安藤は高野の問いに答えています。
『自分にとってのNは杉下希美』
でもこれ、納得出来ないんですよね。
『一番大切な人の事だけ考えた』に対して、安藤だけ解を与えられない。
一番大切な人は、自分以外の誰かです。そしてそれは事件の直後、何を自分の利益としてどう事件を処理するか、と言う究極の選択をする際の事なんです。
この時のそれぞれのNは、
西崎=奈央子
奈央子の罪を自分が引っ被って、奈央子を自分だけのものにする。
成瀬=杉下
計画性が認められた際に、殺害の関与を疑われる、ひいては殺人犯にされかねない杉下を嫌疑から除外する。
杉下=成瀬
計画性が認められる=成瀬と計画を練る間柄=さざなみに於ける偽証の発覚=成瀬を放火犯として捜査機関に差し出す、と言う展開を阻止する。
この時、
安藤=杉下?とすると安藤は杉下を護るための選択をしたの?と言う問題が残ってしまう。
安藤はこの時、杉下を護るために何をしたんでしょう?
どうもここの部分を考えると、安藤のN=自分?に思えるんです。 安藤が行った究極の選択は、自分が行った外鍵を掛ける行為を捜査機関に口を噤んだ、と言うものです。
それは誰のため?と考えると、それは自分のため、と見えるんですよね。安藤と言う、中の三人とは異なり、歪みのない真っ当な人間として描かれているキャラクターの行動として、この自分可愛さ故の行動は、十分説得力があるんですよ。私は、安藤の外鍵の隠蔽がある種の取引として実現した、と取っているのも、これが根拠になっています。
すごく曲解すると、安藤にも成瀬の利益と同じく、自分が鍵を掛けた事を話すと杉下が捜査機関の嫌疑対象になる、とは理解出来るのですが、これで杉下のために安藤が積極的に自らの鍵をかける行為に口を噤んだ、と言っていいのかは疑問です。
でもそうすると、全員が自分以外の大切な人の事だけ考えた、と言う杉下のモノローグと矛盾する。
このドラマでは、幾つかの場所で言葉のレトリック操作が行われていますが、それはそれで嘘はついていないのです。だからここの部分も嘘がない、という前提に立つならば矛盾が生じる。
もう少し考える必要のある部分のようです。
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一番大切な人の事だけ考えた
2015年5月29日金曜日
『愛はないかもしれないが、罪を共有してくれ』はトリックか?
西崎が杉下に偽証を要求した言葉
『お前の究極の愛は罪の共有なんだろう。愛は無いかもしれないが罪を共有してくれ。』
この言葉はトリックなのではないか、と今疑っています。
この言葉をトリック、ミスリードを誘うための道具とした場合、隠蔽されたものはなんなのか?
一つは、西崎がこの事件における杉下の究極の愛の相手である、という事。
もう一つが西崎、杉下、成瀬三人の偽証が罪の共有などでは無く、それぞれのエゴによる共謀であったという事です。
これを視聴者に対して隠蔽した。
エゴの隠蔽はそれの少し前に西崎自身が発した「殺人の動機が愛などという美名であってはならない。自分が犯人であれば復讐になる。」と対応していると思うんです。
西崎の美意識を偽装・偽証に当てはめると『殺人犯偽装の理由が罪の共有などという美名であってはならない』
この表現、西崎の美意識にピッタリ来るんですね。そして実際に三者三様のエゴを通すための共通方法としての偽証という共謀が成立した。
このエゴによる共謀を罪の共有にすり替えた結果、視聴者に誤った罪の共有関係を刷り込み、その結果として杉下の成瀬を護る意図を隠蔽、杉下の意図は安藤を守る、というミスリードを誘ったんだと思われます。
もうひとつの杉下の究極の愛の相手=西崎、の隠蔽は一つには予防線だったと思います。
杉下のモノローグ「大切な人が一番傷付かない方法を考えた」には、西崎が自分が殺人犯となる事を希望している=それが西崎が一番傷付かない方法、という論理が成立し、かつステレオタイプとして大切な人=愛する人=西崎という論の展開は十分あり得た。それをこの発言で隠蔽した。その意図は、何故スカイローズガーデンの事件が起きてしまったのか?という物語の根源的な理由そのものを視聴者に隠蔽する事だったのではないでしょうか?
ではそれが何であるかというと、『究極の愛』という、杉下の心に巣食うモンスターとそれが生み出したN作戦2に挑む際の杉下の魂胆だったのだと思います。
※5月13日 杉下の『究極の愛』の本当の意味 参照
※5月16日 N作戦2における杉下の魂胆 参照
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