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2016年1月19日火曜日

杉下はなぜドレッサーを見つめたのか?

奈央子と出かけ、思わず杉下はドレッサーを見つめてしまいました。

この時なぜドレッサーを見つめたのかは、やはりゴンドラからの流れで理解しないといけないんだと思います。
ゴンドラで成瀬については一応の?気持ちのケリを付ける事にしたとしても、成瀬との誓約から派生した早苗に対する罪意識って、解消しないんですよね。罪の意識ってあくまで個別的で、個別に解消しないといけない。

そうするとゴンドラ以降も杉下の早苗に対する罪意識は厳然として残っていて、より優先度の高かった成瀬についてカタがついたので、彼女の意識の表層に浮上したという事なんでしょう。彼女は早苗の事が気掛かりだったんだと思います。


もし杉下の早苗に対する罪意識が単に逃避のみ(早苗訪問時)であったなら、杉下はドレッサーを見つめていない。直ぐ視線を逸らしその場を離脱したと思います。
そうで無い、という事は彼女の中に未だケリが付いていない早苗に対する罪意識に対峙しようという意志、もしくはその必要性を感じ、その早苗に対する罪意識の象徴たるドレッサーを見つめたのだと思います。

参照
ドレッサーは早苗に対する罪意識と一番辛かった時期を呼び出すシンボル

2015年12月3日木曜日

早苗の訪問時の杉下の心理プロセス その二

…続き

このように説明すると、非常にきれいにつながるんです。一見この通りだと思える。
でも、一つ障害があって、この心理プロセスがトラウマ起源とすると、成瀬のさざなみ炎上の暴露に対する『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もお らん』の杉下の独白と矛盾する。この独白はさざなみ炎上で杉下はトラウマ(と思われているもの)から解放された、と言っているわけです。つまりト ラウマをトリガーとする心理プロセスとして理解してはいけない、という事になるんですね。

そうすると、この時の杉下の心理プロセスのトリガーとなったのは何か?というと杉下の早苗に対する罪意識だと思います。

先に検討した通り、実は杉下は早苗に対して罪意識を抱えていた。それは成瀬との誓約を守るために早苗を捨てた事です。杉下の中ではさざなみ炎上以 前と以後では明確に区分されるべきものなのです。
ですので、『島に居た頃にひきもどされそうで』の島時代とはさざなみ炎上から島を出るまでの期間という事になる。
そこから心理プロセスを進めると杉下の『罪意識』と『誰にも頼らず生きていきたい』が等価でありそれはつまり『罪意識』と『成瀬を頼れない』が等価。
『成瀬を頼れない』の成立はそもそも杉下自身による『お城放火未遂』を発端とした成瀬に対する罪意識が起源。

そうすると早苗の登場で早苗に対する罪意識の刺激→成瀬に対する罪意識が刺激され『究極の愛』システムが起動した…

こういう風に理解すれば、杉下の独白とも矛盾せず、『究極の愛』システムの起動による成瀬への感情の発露も説明がつくと思います。


参照
早苗に対する杉下の罪意識

fin

2015年12月2日水曜日

早苗の訪問時の杉下の心理プロセス その一

早苗が訪問した際、杉下は西崎の前で怯え、成瀬への想いをダダ漏れさせました。
この時の杉下の心理プロセスを詳述してみたいと思います。

このシーン、杉下の中での早苗の存在というものがよくあらわされていますよね。

まづ、杉下にとっては早苗は思慕の対象である、という事。
これは杉下の『お母さんに逢いたくない訳やない』という発言に現れています。
また杉下が同窓会(=成瀬父葬儀)の為に島へ戻った際、河岸で働く早苗を遠目から確認して安堵している描写と繋がっています。

二つ目が、『逢うと島にいた頃に引き戻されそうで』という発言から垣間見える逃避対象である、という事。
それは早苗は杉下を苦しめた存在であり、彼女のトラウマだから、というのが以前の理解でした。
ここを出発点として成瀬への感情に繋がる心理プロセスを検討すると以下になります。

島にいた頃には戻りたくない、『誰にも頼らんと生きて活きたい』とありますので、『島時代からの逃避』と『誰にも頼らず生きていきたい』が杉下に とっては等価。そしてその『誰にも頼らず生きていきたい』はさざなみ炎上で『成瀬に頼れん』の変形であり、そのことからこの時の杉下の心理は『島時代からの逃避』 と『成瀬に頼れん』が等価。
そしてこの『成瀬に頼れん』心理を杉下に隠蔽・保護するための心理機構である『究極の愛』が起動するものの、早苗の登場という直接的なストレスに 『究極の愛』システムも感情を処理しきれずに西崎が成瀬について問うと涙を流し声を震わせ成瀬への感情ダダ漏れ状態に陥った…

続く…

2015年12月1日火曜日

早苗に対する杉下の罪意識

杉下にとって、早苗は二重の意味を持っていると思います。
一つは父親やゆきと同様、自分を苦しめた原因としての嫌悪感。
しかしもう一方で、他者依存性の強い早苗を成瀬との約束の為に切り捨てざるを得なかった事に対する罪意識です。

この早苗に対する罪意識は明確には語られていないですね。どちらかと言えば隠されていると思います。成瀬のプロポーズシーンで『父親も母親もあの 女も…縛るものは誰もおらん』と上を向けた。と語っており、さも他の二人と同列のように語られています。
また、所謂『ドレッサーのトラウマ』という言われ方でドレッサーに伴うゆきとの確執と早苗のドレッサーとの関連を演出し、さも一連の、杉下にとっ て逃避すべき対象、トラウマという流れで視聴者に刷り込んでいます。

でも、ドラマの描写として早苗は他の二人と同列ではないです。現に東京まで杉下を追わせて、ラストで早苗のみ杉下は再会して和解した。

そうした時、父親やゆきと早苗を隔てているものは何か?と考えるとそれは杉下の早苗に対する罪意識だと思うんです。

杉下の三人に対する対応で、母親のみ異なるのが『杉下自身が母親を捨てた』という行為です。父親とゆきは『自分達を捨てた存在とその原因』で、自 分が捨てられた側。ですが早苗に対しては『自分が捨てた側』に立っているんです。それは成瀬との誓約を実現するため。
さざなみ以降の彼女は本当に窮地に陥り、成瀬との約束だけをよすがに非常手段を取らざるを得ない状況だった。その為に母親さえも切り捨てざるをえ なかったわけですが、基本的に気持ちの優しい杉下には、実母を切り捨てる、という行為は罪の意識を持たざるをえない存在であり、父親とゆきとは扱 いが別なのだと思います。

参照
杉下が一番辛かった時期

2015年11月30日月曜日

杉下が一番辛かった時期

早苗が杉下を訪ねた際の杉下の心理を分析する過程で、面白い事に気付きました。
杉下が、一番辛かった時期がいつなのか?という問題です。
今日はそれについて書きます。

早苗が杉下を訪ねた際に『島にいる頃に引き戻されそうで怖い』と言っています。さも早苗の存在が島時代全体を呼び起こしているように見えますね。 ですが成瀬のプロポーズの際に杉下はさざなみの火で『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もおらん』と上を向けた。そうすると彼女の中で、島時代 はさざなみ炎上の前と後では別物である事になる。

そうすると早苗が杉下を尋ねた際の『島にいる頃』といっているのは実は島時代全体ではなくてさざなみ炎上以降の時期を言っている事になるんです ね。

つまりさざなみ以前は火によりその辛い思いでも成瀬という存在に還元され、オブラートされたものの、さざなみ以降の事象についてはその端は成瀬で ありつつ成瀬ではオブラートできない時期であり、その頃が『島にいる頃』という事になるんです。

確かにこの時期が杉下にとって一番辛い時期だったかもしれません。
成瀬との約束が唯一のよすがだった。それ以外は八方塞がり状態。成瀬の為に希望だった奨学金を差し出し、進学さえも諦めざるを得ない状況に追い込 まれる。心の拠所、救世主たる成瀬を『頼れなく』なり遠ざけた。母親は依然自分を縛りつけようとする為、その母親を成瀬との約束を理由に切り捨て ざるを得なくなり、罪意識を抱えた。成瀬との約束の実現の為に不本意ながら狡賢さも身に着けた(父親への土下座)。

杉下という人物は基本的にはポジティブ思考の持ち主で、お城を追い出された以降も一部妄想(野望)に逃れつつも懸命に現実的対応を取ろうとしてい ましたよね。
それがさざなみ炎上以降はその現実的対応では如何ともしがたい状況に陥った。唯一成瀬との約束を拠所にし、それを根拠に非現実的対応を取らざるを 得なかったのがこの時期なんです。

ですから、ゴンドラの後野原のお爺ちゃんから『苦しかった事は忘れる事』で涙するのは、この時期の辛さ・苦しさが想起されたからだと思います。