2015年3月19日木曜日

皮肉の例 その一

ドラマがキルケゴールの実在主義をモチーフとしていると判断した根拠について個々に述べてゆきます。

このドラマでは皮肉(イロニー)、対象性が非常に多用されていました。

キルケゴールの思想の道具立ては皮肉の多用と弁証法の駆使です。
対称性及び弁証法については後日別途触れるつもりですが、皮肉の多用についてはキルケゴールがソクラテスの影響を受けているそうです。またキルケゴールが生きた時代も後期ロマン主義の時代に重なっています。

皮肉の例を列挙します。


自身の寿命はあと3年だから自分の思い通り生きる、と宣言し家族を放り出した父親が、現在でもピンシャンで生きているにも拘らず、その父親の暴挙で辛酸を舐めた杉下が、本当に余命宣告を受けてしまった事。


父親の暴挙と母親の贅沢発作により、今日食べるものにさえ事欠いた事が杉下の食へのトラウマ(冷蔵庫の中を満たさないと、という強迫観念)を形成した。そのようなトラウマを経験した杉下を襲った病が、食べる事さえ困難となる胃がんであったという事。


食べるに事欠き、父親の愛人に土下座までして得た食事が、愛ある母親の作る料理より断然美味いという現実

続く

16/01/18 追記
食へのトラウマ=冷蔵庫のトラウマは、現在の解釈では存在しない、と判断しています。
冷蔵庫、もしくは食が彼女の心的外傷を直接的には形成しえないからです。
冷蔵庫が冷蔵庫を満杯にするのは、彼女の行動特性の結果と見ています。
調理に没頭して食を大量に作る事が彼女のストレス発散法で、その結果で冷蔵庫が満杯になる、というのが現在の解釈です。

1 件のコメント:

motoさん さんのコメント...

杉下に、食に対するトラウマがあるかのような、島編での一連の演出はすごかったですね。大量の食材を購入するシーンであったり、愛人からタッパーの料理を受けるのに土下座させられたり、冷蔵庫を満たしたのちも、まだ興奮が収まらず肩であえぐ姿を見せたり。
これでもか、と杉下が島で抱えることとなったトラウマの正体を隠ぺいしましたね。