杉下の安藤の僻地赴任阻止行動について考えています。
何故彼女にそんな事が出来たのか?
彼女の行動の源泉は以前考えた通りです。安藤に対する愛、などではない。
それは彼女が島で経験した『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』です。この経験が彼女を突き動かした。つまり安藤の左遷が彼女の逆鱗に触れたという事ですよね。
で、今考えているのはこの『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』の経験は何に還元されているのか?というものです。
杉下は確かに成瀬との親しくなる以前から彼女なりの現実対応(アルバイト)と逃避(野望)を行っていましたし親を含む周囲への反発もしていました。
ですがそれは『適応』だったのではないか?と感じています。
彼女の狡賢さでも考えた事ですが、彼女の対応はお城放火未遂前までは、社会的規範を飛び越えたものでは無いんです。
ではそれが『抵抗と脱出』という、ある種反社会的闘争のニュアンスを帯びるのは、お城放火未遂からなんですよね。
自身のお城への放火未遂
さざなみ炎上における成瀬のアリバイ偽証
母親への大学進学宣言(母親の切り捨て)
父親への衆人監視下での土下座してでの進学資金借り入れ申入れ
この部分が『抵抗と脱出』のニュアンスに通じている。
この時の杉下の対応が『適応』の範囲内であるなら、左遷阻止行動とはならない、まして野口を挑発する行動にはならないと思うんです。『抵抗と脱出』であるからこそ、杉下は行動できたのだと思うんです。
で、上記のプロセスは成瀬との関係性の中での出来事なんですね。
成瀬との感情の共有、『頼ってはならない』トラウマと『究極の愛』の形成、成瀬との誓約の成立とその実現化。
ですから杉下の安藤の僻地赴任阻止行動も成瀬の存在を抜きには語れないと思えるんです。
参照
杉下の狡賢さについて
安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉
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