2015年11月17日火曜日

【二次作品】リングの涙 その一

 もう、とっくの昔に涙は枯れきったと思っていたけれど、まだ自分の中に残っていた事に自分でも驚いている。新たな自分の罪に直面すると未だに涙が溢れてくる。
 掌の中の指輪は断ったにもかかわらず、強引に安藤から渡されたもの。普通の女性であれば、その意志は無くとも自分の指にはめてみて、ちょっとした感傷に浸ったりするのかもしれない。でも私は普通ではない。いずれ安藤のもとに返さなければならない指輪を、試しにでもはめてみる事は出来ない。

『事件の日に渡そうと思っていた。結婚してくれ、と言うつもりだった』

 聴いた瞬間に衝撃が走り、膝が崩れそうになるのを必死に堪えた。自分の罪深さは嫌という程解っていたつもりだったけれど、新たな罪に直面させられ頭の中は真っ白になった。それ以後彼とどんな会話をしたのかは覚えていない。なんとか平静を取り繕うとしていたような気がする。気がついたら高野さんを呼んでいた。自分の命とともに真実を墓場まで持っていくために。これまでたくさんの嘘をついてきた。先の短いこの体に、今更嘘を一つ余計に塗り込んでもどうという事はない。

 私に加わった新たな罪。
 野口さんを挑発し、警察沙汰とする事で安藤を野口さんから引き離すつもりだった。だけれども…そんな事、必要がなかったのだ。
 私は野口さんの明かした安藤の僻地行き、電気もガスも通っていないダリナ共和国への赴任話を安藤の左遷ととった。安藤は自らの能力を世界で試すという夢を持ち、その実現の為に努力している事を知っていた。彼には実現出来ない事など無いのではないか、とさえ思っていた。だけど安藤の赴任先を賭け将棋などという方法で、しかも自分が安藤を負かす役割を演じさせられ、彼の将来が彼の資質や努力に関係なく閉ざされる事など、有ってはならないと強い怒りを覚えた。瞬く間にあの時の感情が蘇った。

『自分に手の届かない、大人の勝手な都合で若者の未来が潰される』

 私と成瀬くん、二人して手を取り合い闘ったのはそんな現実への抵抗とそこからの脱出のため。その闘いのために家の一軒や二軒を焼き払うことなど何の罪が有ろう。戦争ならば家を焼くなど当たり前の行為ではないか。それなのに何故成瀬くんは咎められなければならない?何故周囲は成瀬くんを咎める視線を向ける?私達二人を追い詰めた大人たちには何ら罪は無いのか?
 成瀬くんは私を身を挺して救ってくれた。火で私を縛り付けるものを焼き払ってくれた。崩れ落ちそうな吊橋を躊躇無く渡ってくれた。そう、成瀬くんは私の救世主。
 成瀬くん、成瀬くん、成瀬くん…
 今度は私がその橋を渡る。成瀬くんのためであるなら、何だって出来る。嘘をつくことも厭わない。成瀬くんと共に在る事が出来るなら、子を子とも思わぬ、私達を追い詰めた人を貶める事などどうと言うことはない。

 大人の身勝手は絶対に許さない。成瀬くんが到着するまであと少しだ。成瀬くんであれば何とかしてくれる。成瀬くんとであれば何だって出来る。そして…

続く…

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