2015年12月12日土曜日

【二次作品】西崎の判断 その五

…続き

 この時店のラジオからジングルベルの曲が流れてきた。あの日あの場所で、奈央子がリモコンを踏みつけた事でスイッチの入ったテレビから流れていたあの曲。十年経った今でも、克明に思い出せるあの時の音、声、におい、感触、情景、感情…あぁ、俺は一生あの時の事を忘れる事は無いんだな。
 そして安藤、お前という男の本質が改めて判ったよ。お前は今目の前にあるその橋を渡れないんだ。だからそれ以外の事なら『なんでもする』んだ。でもな、その橋を今渡る以外に、杉下を助ける方法は無いんだ。
 お前の『なんでもする』の中には危ないから、とその橋を落としてしまう事も含まれるだろう?杉下がそこにいるにも関わらず!唯一の可能性であるその橋を!お前があの時鍵を掛けたのと同じように!
 お前ならきっとそこに新しい立派で頑丈な橋を掛けてしまうんだろうな。でもお前がその橋を渡った先には、もう杉下はいない。あるのは杉下の亡骸だけだ。そんな橋に何の意味がある?そんな橋、俺には何の価値もない。でもお前ならこう言うのだろう、『橋は残った。努力は無駄ではなかった』と。
 結局お前は奇蹟というものを信じていないんだ。お前が信じているのは自らの努力のみ。別にそれがいけない訳じゃない。そうやってお前は結果を残しているのだから、凄いと思うよ。俺には到底真似できない。だがな、絶望の中、奇蹟を信じることを放棄した杉下を救うのに、救う側であるお前が奇蹟を信じずに奇蹟など起きるはずがない。今杉下に必要なのは、杉下が救われうる存在であると彼女に気付かせる、信じさせるという奇蹟を起こす事が出来る人間だ。
 安藤、やはり君は失格だ。

続く…

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