「どうした?杉下に何があった?」
「いや、大したことじゃない。あの日事件が無かったら杉下は幸せになっていたんじゃないかと思うと胸が痛む」
「まだまだこれからだよ、俺も杉下も、西崎さんも」
暫く安藤の昔話に適当に相槌をいれつつ、多少自棄酒っぽく飲んでから、串若丸を引き上げた。あいつは何故かご機嫌だった。余り酒は強くないがちょうどいい具合につぼに入ったのだろう。普段以上に饒舌だった。
だが、それに付き合った俺の方はあまり旨い酒ではなかった。杉下の事が頭から離れない。俺は曲がりなりにも独りではなく、二人で過ごしているのに、あいつは独りなんだろうな、と思うと申し訳なくなった。
そんな事を酒の廻った頭でつらつらと思い巡らしつつ野ばら荘について、今は空いているかつての杉下の部屋、102号室に目をやった時、杉下がインターフォンに向かって助けを求めた際の様を思い出した。
『助けて!助けて、成瀬くん』
杉下が助けを求めた相手。あれほど人を頼る事に頑なな杉下が助けを求めた、杉下の『究極の愛』の相手。
二人が共有した罪の内容は知らない。決して明かされる事もない。それはたった二人だけの秘密。初めて彼に会った時、安藤にしたのと同じ問いへの彼の答え。
『呼ばれれば、渡ります』
続く…
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