純粋に酔う事だけを目的に飲むのだとしたら、バーボンが一番だ。
ビールにはつまみが必須だし、ワインや日本酒は一緒に食べる食事が欠かせない。紹興酒やウォッカは一人で飲むイメージは湧いてこない。スコッチならカウンターが欲しい。そうやって消去法で候補を消していったら、狭いワンルームの独身男が部屋で一人かっ喰らう酒としてバーボンが残った。
一緒に買ってきたかち割り氷をグラスに足し、上からドクドクと注ぐ。時々氷がミシ、と鳴ってヒビが入る。その音が妙に今の自分の心を表しているようで、なぜか心地よい。自分でもどうかしてると思うのだが、心象世界が現実世界に降りてきたような感じで、とにかく酔いの回ってきた頭には小気味いい。
ボトルが半分位まで減って、もうそろそろ空も白み始める時刻だというのに、その間俺は何を考えていた?あぁ、確か杉下の事だ。杉下に約束したんだ。
「考える」
そう杉下に言ったものの、自分は何を考えようというのか?将棋の事?いや、それは付け足しの様なものだ。本論はそっちじゃ無い。
多分俺が本当に考えないといけないのは作戦の事。本来なら、こんな事考える必要も無い事だ。俺が料理に携わるのは、近しい人同士が楽しい時間と思い出を共有してもらうためであって、人助けのためでは無い。だから西崎にもそう言って断った。だけれどもそれでもなお考えざるを得ないのは、この件に杉下が噛んでいるからだ。
杉下は西崎に協力したがっているように見える。俺が作戦に参加する事に対しては消極的ではあるものの、それでも拒絶するというふうでも無い。そもそも俺が野口氏なる人物の贔屓のレストランで働いているという情報を西崎に伝えている時点で俺の作戦への協力を期待してる事になる。
でも西崎がやろうとしている事は…
西崎がやろうとしているのは夫婦関係にある男女間に第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為だ。それを『略奪』というのか『救出』というのかは立場の差でしか無い。しかし杉下が島で苦労したきっかけはまさにその『第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為』じゃないか。西崎は杉下の親父さんの愛人と同じ立場だ。そんな西崎になぜ杉下は協力しようとする?
DVを受けているという野口氏の婦人、奈央子さんに対する同情?確かに優しい性格の杉下らしいように見える。杉下自身も奈央子さんと近しい様だ。もともと奈央子さんを救いたいという思いがあったところに西崎と奈央子さんの関係を知って二人の利益が一致したが故の協力、という見方も出来なくはない。
だが、今日の様子ではどうも西崎が計画の主導者だ。俺への協力の依頼に杉下の強い意志は感じられない。雰囲気としては『本意ではない協力』。
本意ではない、というのはやはり親父さんに関する記憶だろう。決して愉快なものではないはずだ。それでもなお西崎へ協力しようとするのは?杉下と西崎の関係性か?
二人の関係性というとそれは何だ?杉下は何か西崎に弱みを握られている?いや弱みを握られているような相手なら、今回はこちらが弱みを握れる立場になり得るのだから、逆に杉下がこの件では優位になれる筈だ。それに二人の会話を聞く限りそのような関係性とは思えない。とすると…
続く…
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