2015年10月4日日曜日

【二次作品】 スタッフの問い その2

 次の日のスタッフミーティングの後、私からシェフを呼び止めた。ビジネスライクを装う。
「シェフ、昨日指示頂いた事について改めて確認したいんですけど、今宜しいですか?」
「え、なんか俺指示したっけ?」
「杉下希美様の事です」
「あ、あれ?あれは仕事や無いし、プライベートなお願いだから」
「私にとっては上役の依頼は仕事です。それに私が居ない間だってあるんですから、ちゃんと引き継がないといけないですし?」
「…上手いとこ突いてくるな、チーちゃんは。で、確認したい事って?」シェフはこちらの本心を見破ったようだ。そうであればことさら遠回しに尋ねる必要も無い。
「島に還るのを誘った、って言ってましたよね?杉下さんはプロポーズのお相手って事ですよね?しかも十年ぶりに会って、いきなりって事ですよね。何もない関係で再会直後にプロポーズなんて出来ないし、それ以前から恋仲だったって事でしょう?しかも十年経っても変わらない気持ちで居た、って事ですよね。なんかロマンチックだな?と。お相手の方、どんなに素敵なんだろう」
「それ、完全に個人的な興味だよな」シェフは照れくさそうに微笑んだ。
「いけませんか?それに…素敵な人の事をよく知りたい、って言う感情は人として普通じゃないです?」
〝私の素敵な人はシェフの事ですけど〟と心の中で呟く。
「…俺の実家、もう焼けてしもうたけど、料亭しとったの知っとったよね」
「はい。火事の事も子供心に覚えています。確か十五年程前ですよね」
「その火事の時、実は俺が放火したんやないかと疑われた。彼女は必死に俺の事を庇ってくれた。俺は彼女に護られた。俺の恩人や。彼女のお陰で島を出て、結局辞めてしもうたけど大学へも行けたし、そのあと料理人の道で頑張る事も出来た。今こうして居られるのは彼女のお陰や」
 シェフの眼は、遠くを見つめている。
「彼女とそれっぽい関係やったのは、高三で同じクラスになってから火事までの短い期間や。それ以後は疎遠になった。高校を出てから、また合わんくなるまでの四年間に顔を合わせたのも四、五回やと思う。デートと呼べるようなモンはろくに無かったし、普通の意味で、手を繋いだなんて事も無かった。お互いに言葉で気持ちを伝え合った訳でもない。だから当然それ以上のモンは何も無い」
「十年も会わなかったのは、何故です?」
「それはちょっと言われへんな」シェフは笑ってそう答えた。

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