2015年12月30日水曜日

成瀬が車中で考えていた事は野口への作戦ばらしだった? その二

…続き

そうすると一番難しいのは何気に西崎が予定通り奈央子を連出した後といえます。

この場合、どう展開するか
予定では成瀬が到着するのは西崎が連出した後。成瀬が到着する前か、若しくはその後かは別としても、いずれ野口は奈央子不在に気付く。
仮に奈央子不在の理由に野口が気付かず、奈央子を暫く待つ、という事であれば成瀬は食事会の準備を淡々と進める。この限りにおいて、彼は野口宅に 居続ける事が出来る。
問題は野口が奈央子の連出しに気付いた場合です。そしてどこかでそれはやって来る。このときにどう振舞うか?
この時、成瀬としてはそれ以上野口宅に留まる理由はない。自然に振舞うなら彼はその後を安藤に託して野口宅を去るのが道理。でも杉下は野口及び安 藤の関係性から成瀬と一緒に野口宅を離れる、というのは不自然。まして野口がその後に共謀の可能性に気付いた時その向け先が杉下となる可能性はゼ ロではない。
そうすると、成瀬としては杉下を自分から離す展開は避けたいと考えると思うのです。

もう一つは安藤と野口の関係についてです。
杉下は安藤を巻き込みたくない、と考えていた。作戦の展開次第でどのように転ぶかは不明でありつつ、安藤を野口の攻撃対象から除外するには野口の 前で安藤が作戦に無関係である事を宣言するのが一番効果的です。そうであれば仮に野口のDVの立証に不調を来しても、安藤が会社に対して三人によ る計画を理由に野口の不当な攻撃を事前に防止する口実を作ってやる事が出来る。

そして最後の一つが自分と杉下の関係性です。
杉下と安藤を野口宅に残すと安藤が杉下にプロポーズする機会を残す事になる。杉下の気持ちは見えないけれど、安藤に勝ちうるとすると、シャルティ ヒロタのオーナーの弁の通り『言ったもん勝ち』の状況を作りたい。そうすると確実に安藤のプロポーズ機会を潰したい。

以上を考慮すると、成瀬としては確実に杉下を野口の下から隔離し、安藤の地位保全に配慮し、且つ安藤とのプロポーズ競争に勝ちうるポジションを得 るには、野口、安藤、杉下の前で、成瀬自身が西崎・杉下・自分による作戦の暴露が一番効果的、となると思うのです。

ですので、巷で期待されている『成瀬の起死回生の一手』とは成瀬による作戦暴露であり車中で考えていたのは、この事ではないか?と推理しました。

2015年12月29日火曜日

成瀬が車中で考えていた事は野口への作戦ばらしだった? その一

一つ面白い事を思いつきました。成瀬が野口宅へ向かう車中で考えていた事です。
このシーンについては従来私は安藤に対抗して杉下へプロポーズすべきか?その際さざなみの真相を杉下に話した時、杉下はどう反応するか?について 考えていたと思っていたんです。

ですが、N研でひまわりさんやしのぶさんと作戦の安藤への影響とそれについての展開をここのところ議論していて、今日ひらめいた事があります。

それは成瀬自身が作戦をどう終結させようと考えていたか?です。

実は作戦会議において、ここは殆ど議論されていません。作戦会議で出ていたのはせいぜいが、『野口が成瀬くんに八つ当たりしたら…』くらいのもの で、西崎が奈央子を連出した後の展開と現場からの離脱については未規定なんですね。西崎は完全に成瀬と杉下だのみですし、杉下はあまりこの手の先 を読む、という事にうとい。結局ここの部分は成瀬だのみの状態です。

物語が結局は心中となり、はっきり言ってしまえばここの部分ってまったくストーリー展開に影響を与えないのですが、ひょっとしたら、ここの解釈で その後のエピソードの見え方が変わるかも、と想い検討してみます。

仮に成瀬が作戦の終結方法を考えていたとして、どういうシチュエーションを想定したか?ですが、これは西崎が無事奈央子を連れ出した場合のみ、と 思っていいと思います。
西崎自身が奈央子が外に出る事を嫌がる可能性を口にしますが、それは成瀬には伝わっていない。西崎から伝わっていない状況を成瀬が想定するのはな い、と思っていいでしょう。同様に連出しに失敗する、という状況も想定していなかったはずです。この場合は西崎が室内で野口と対峙している状況が 予想されますから、それを見守り、仮に野口が手を挙げれば警察を呼ぶ、という考えで方が付く。

続く…

2015年12月21日月曜日

スカイローズガーデンで杉下が成瀬を頼った理由

スカイローズガーデンで杉下が成瀬を頼った理由、事情について違和感というか疑念を持たれている方が以外と多いようです。

恐らく二つの要因から来ているものと思われます

一つ目
お城放火未遂では『俺に何が出来る?』という成瀬の問いかけに『何もいらん』と拒絶したのに、スカイローズガーデンでは成瀬を引き込んだ、という二つの事件における対応の違い

二つ目
成瀬が杉下の保護意図の相手(この論考ではスカイローズガーデンでの杉下のN=成瀬です)であれば、なぜ成瀬に助けを求めたのか?むしろ成瀬を部屋へ引き込まず成瀬以外に連絡をしたほうがよかったのではないか?

特に二番目の論点は安藤派の論拠の一部になっていますよね。だからスカイローズガーデンでの杉下のNは成瀬ではない、という。

そこで、この問題を改めて考えました。で、結論から言えばスカイローズガーデンでの四人の取引が成立した理由が援用で理解出来ます。

杉下が外部と連絡をとる候補としては成瀬以外に三者が挙げられます。

一つ目は警察。二つ目はコンシェルジュ。三つ目が安藤です。

最初の警察についてですが、これはほぼ四人による取引に関する思惑の援用で理解できます。
警察に連絡をとった場合、外鍵が掛かっている事を直接的に知る事になりますから、警察は密室内での殺人事件として捜査する。夫妻の心中と主張しても取り合わない。当然だれが鍵を掛けたかが問われ、杉下にも安藤が鍵を掛けた事は濃厚である事が判っている(救急を呼ぶ際に途中でやめた)。鍵が掛かっている事を警察が直接しる限りにおいて安藤は言い逃れは出来ない。安藤が計画の存在を証言しうる存在であり、杉下と成瀬の関係が辿られ結局は成瀬もさざなみ炎上の容疑者として蒸し返される。

二つめのコンシェルジュの場合は、そのまま警察へ連絡した場合と全く同じ。

ここまでの状況は警察が直接的に鍵が掛かっていた状況を知ると結局は成瀬も護れないという事。つまり成瀬を保護したくとも、鍵が掛かっていた事実を警察が直接知ると、いかなる言い逃れも出来なくなる、という事なんです。

では安藤はどうか?
安藤は杉下が陥っている状況を作り出した張本人である事が濃厚な人物。その状況を抜け出す為に頼る人物としては杉下には選択出来ない存在なんです。

つまり、成瀬以外には選択肢が存在しないんです。偽証の受入れはまた別としても、成瀬が鍵を外す事が杉下には成瀬を守るための唯一の可能性であり、あのタイミングで成瀬を頼らないと、家局は安藤が部屋に現れる事になりますから、時間との勝負だったんです。

参照
『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その4~5

2015年12月20日日曜日

【二次作品】成瀬の再考 その二

…続き

 杉下の島での過去とは相容れない行動を取ろうとする西崎へ、決して積極的ではないものの彼に有益な情報を流し、俺に遠慮しつつも作戦への協力の再考については感謝する杉下…

 …杉下は西崎を愛しているんだ。島での忌まわしい記憶を呼び覚ますような西崎の行動に協力するのは、それは西崎に対する愛で無ければ合理化出来ない。杉下が追われた自宅に火をつけようとした時、俺が代わりに火を付けようとした。相手が杉下で無ければそんな事できる筈かない。愛するがゆえに自らのルール、倫理を逸脱する行動。杉下は西崎を愛している…そして西崎はそれを知らない。

 もうあれから四年経つ。その間彼女とは接点がなかった。島を出るときお互いに『頑張れ!』と声を掛け合ったけれど、それっきり。親父の葬式の時に顔を見せてくれたけれども、この前島で話したのが唯一の会話だ。その間に世間を知り、新しい友人が出来、その中で新たな恋が始まる、といった事はごく自然な事だ。何らおかしな事じゃない。俺はそれをどうのこうの何かを言える立場ではない。

 杉下、綺麗だったよなあ。島にいた頃より垢抜けて、表情も穏やかになって、笑顔にも陰りを感じなくなった。島を出てからきっと良い人間関係に恵まれたんだろうな。四年は…永いな。
 俺の四年は何だったんだろう。奨学金のために勉強して、生活のためにバイトして。何のためにそこにいるのかがわからなくなっていた。そこに親父の死。もう何もかもどうでもよくなった。意志もなく善悪の判断さえ放棄して詐欺の片棒まで担いだ。俺は堕ちた。もし、あの時杉下を頼っていたら…彼女はどう反応しただろう。でも結局それは出来なかった。親父が原因の事で杉下を頼る事は出来なかった。やはり仕方のない事だったんだろう。

 俺はどうしよう。俺はどうしたい?
 料理を人助けの道具になんか出来ない。そんな事したら親父に殴られる。でも、今こうして料理に携わる事が出来ているのは杉下のお陰だ。彼女は俺の恩人だ。それに俺は今でも彼女の事が好きだ。俺は彼女の恩に何かむくいる事が出来ているか?何も出来ていないじゃないか。彼女が彼女の片思いの相手の事を想って、自らの過去を乗り越えようとしているのなら、そしてそのために俺の協力が必要であるなら、それに答えるのは俺の責務なんじゃないか?そして…それで杉下の笑顔が見れるなら…俺はそれで満足するべきなんだろうな。かつての友人として。

彼女に連絡しよう。作戦に協力すると。
でも、今彼女の声を聴くのは辛い。泣いてしまいそうだ。返事はメールでする事にしよう。

fin

2015年12月19日土曜日

【二次作品】成瀬の再考 その一

純粋に酔う事だけを目的に飲むのだとしたら、バーボンが一番だ。
ビールにはつまみが必須だし、ワインや日本酒は一緒に食べる食事が欠かせない。紹興酒やウォッカは一人で飲むイメージは湧いてこない。スコッチならカウンターが欲しい。そうやって消去法で候補を消していったら、狭いワンルームの独身男が部屋で一人かっ喰らう酒としてバーボンが残った。
 一緒に買ってきたかち割り氷をグラスに足し、上からドクドクと注ぐ。時々氷がミシ、と鳴ってヒビが入る。その音が妙に今の自分の心を表しているようで、なぜか心地よい。自分でもどうかしてると思うのだが、心象世界が現実世界に降りてきたような感じで、とにかく酔いの回ってきた頭には小気味いい。
 ボトルが半分位まで減って、もうそろそろ空も白み始める時刻だというのに、その間俺は何を考えていた?あぁ、確か杉下の事だ。杉下に約束したんだ。

「考える」

 そう杉下に言ったものの、自分は何を考えようというのか?将棋の事?いや、それは付け足しの様なものだ。本論はそっちじゃ無い。
 多分俺が本当に考えないといけないのは作戦の事。本来なら、こんな事考える必要も無い事だ。俺が料理に携わるのは、近しい人同士が楽しい時間と思い出を共有してもらうためであって、人助けのためでは無い。だから西崎にもそう言って断った。だけれどもそれでもなお考えざるを得ないのは、この件に杉下が噛んでいるからだ。
 杉下は西崎に協力したがっているように見える。俺が作戦に参加する事に対しては消極的ではあるものの、それでも拒絶するというふうでも無い。そもそも俺が野口氏なる人物の贔屓のレストランで働いているという情報を西崎に伝えている時点で俺の作戦への協力を期待してる事になる。
 でも西崎がやろうとしている事は…

 西崎がやろうとしているのは夫婦関係にある男女間に第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為だ。それを『略奪』というのか『救出』というのかは立場の差でしか無い。しかし杉下が島で苦労したきっかけはまさにその『第三者が恋愛感情を持って夫婦を引き離す介入行為』じゃないか。西崎は杉下の親父さんの愛人と同じ立場だ。そんな西崎になぜ杉下は協力しようとする?
 DVを受けているという野口氏の婦人、奈央子さんに対する同情?確かに優しい性格の杉下らしいように見える。杉下自身も奈央子さんと近しい様だ。もともと奈央子さんを救いたいという思いがあったところに西崎と奈央子さんの関係を知って二人の利益が一致したが故の協力、という見方も出来なくはない。
 だが、今日の様子ではどうも西崎が計画の主導者だ。俺への協力の依頼に杉下の強い意志は感じられない。雰囲気としては『本意ではない協力』。
 本意ではない、というのはやはり親父さんに関する記憶だろう。決して愉快なものではないはずだ。それでもなお西崎へ協力しようとするのは?杉下と西崎の関係性か?
 二人の関係性というとそれは何だ?杉下は何か西崎に弱みを握られている?いや弱みを握られているような相手なら、今回はこちらが弱みを握れる立場になり得るのだから、逆に杉下がこの件では優位になれる筈だ。それに二人の会話を聞く限りそのような関係性とは思えない。とすると…

続く…

2015年12月18日金曜日

野望と『成瀬を頼れん』の関係

ゴンドラ以降、杉下に『成瀬を頼れん(禁止)』の心理が見られない事について思考を巡らせていたんですが、漸く解決がつきました。結局、この『成瀬を頼れん(禁止)』も『究極の愛』と紐付いている事がわかりました。

『成瀬を頼れん(禁止)』と『究極の愛』は成立は異なりますが、実質一体化していたんです。『究極の愛』が成瀬との接触を抑制する心理システムですから、成瀬と接触しなければ『成瀬を頼る』事もない。ですから『究極の愛』が杉下の表層心理上、『成瀬を頼れん(禁止)』を隠蔽していた事になります。

ですからゴンドラで野望が実現する事で『究極の愛』が成瀬に対して効かなくなると、この『成瀬を頼れん(禁止)』も効かなくなった。この『成瀬を頼れん(禁止)』が『誰にも頼らん(意志)』の根源ですから、他の人物への依存への抑制もはずれることになった。
それが安藤に対する『捕まってていい?』で有り就職に関しての奈央子のへの答『どこもダメだったら(野口に相談する)』の発言になっている。

そう考えると、ゴンドラで杉下の世界観が変わり、彼女が自分の限界を自覚したのは、景色を見て、ではなく野望実現によりこの『誰にも頼らん(意志)』が解消したが故、という見方も出来るんです。

参照
杉下の『究極の愛』の時間条件

2015年12月17日木曜日

杉下の『究極の愛』の時間条件

杉下の『究極の愛』がスカイローズガーデン時には成瀬に対して働いていない理由について、結構真面目に検討して、一つの発見がありました。

杉下の『究極の愛』の変換因子の中には実は時間に関する条件が存在したんです。

杉下の『究極の愛』の心理変換機構は以下の構造です。

A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
A-3.(変換)成瀬に逢えない
A-4.(出力)悲しい
B-1.(入力)悲しい
B-2.(制御因子)成瀬が好きで堪らない
B-3.(変換)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
B-4.(出力)成瀬に遭わない、遠ざける

そして
A-2.B-3.『成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない』
B-4.『成瀬に遭わない、遠ざける』

の変換因子は実は時間に関する条件が存在していたんですね。

つまり
A-2.B-3.『(今は)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない』
B-4.『(熱りが冷めるまで暫くは)成瀬に遭わない、遠ざける』
これが島を出るまでの杉下の感情。

そしてそれが長期化する中で(熱りが冷めるまで暫くは)が(『野望』が実現するまで)にいつの間にか、すり替わったんです。だからゴンドラ後はシステムが呼び出されたにも関わらず、『成瀬にあってはいけない』という抑制が働いていないんですね。
そしてこれは杉下自身も気付いていなかったのでしょう。もし自分で気づいていたなら、ゴンドラの後自ら成瀬と接触を取ろうとした筈です。でも自らは動いていない。
だからこの心理は杉下自身も知らない深層下の心理なんですね。

参照
杉下の『究極の愛』の構造 その1~2

2015年12月16日水曜日

【二次作品】西崎の判断 その九

…続き

 なに?お前は何を言っている?杉下のNは俺だと?何を寝ぼけたことを…。急に腹が立ってきた。

“杉下があなたに協力したのも、偽証を受入れたのも、杉下のNがあなただからですよ。だから、杉下を救えるのは俺じゃない。…あなたです”
「違う!それは違うぞ、成瀬くん。まさか君が杉下と接触を絶ったのはそれが理由か?」
“…きっかけは別にありますが、そう思って貰っても間違いじゃない”
「杉下の中に君以外の人間などいない。杉下にとって君の存在は絶対なんだ。彼女はあの時君に助けを求めた。俺は杉下が誰かに頼ろうとしたのを始めて見た。以前母親が彼女を訪ねてきた事がある。その時彼女が自身の過去を少しだけ明かした。彼女は『助けて』と言いたかったのに、助けを求める事が出来なかったそうだ。その助けを求めようとした相手と罪を共有した。その罪の共有相手が彼女の『究極の愛』の相手だ。『相手の罪を共有して、黙って身を引く』。それが彼女の『究極の愛』であり、その相手は君だ」

 携帯の向こうの成瀬は答えない。

「作戦に協力したのは、君との関係を再開させる為だ。事件の偽証もそうだ。君が部屋に入る前、俺は杉下に偽証を要求したが彼女はそれを拒絶した。しかし君の指示は受入れた。つまり入室する事で当事者の一人となった君を護る為であるなら、その為であれば彼女は偽証できたという事だ。彼女が偽証した理由は俺ではない。かつて彼女が罪を共有した君を、その罪から遠ざけるためだ」

 俺はボロボロと涙を流しながら懇願していた。杉下を救う事が出来るなら、彼が動いてくれるなら自分の体裁などどうでもよかった。
 
「かつて君は俺に『杉下が呼ぶなら、今にも崩れそうな吊橋でも渡る』と言った。そして実際に渡った。頼む、頼むからもう一度その吊橋を渡って、杉下を救ってやってくれ。それが出来るのは君しかいないんだ!」

 暫くの沈黙の後、無言のまま通話は切られた。
 
fin

2015年12月15日火曜日

【二次作品】西崎の判断 その八

…続き

“…はい”
「西崎です。成瀬くん、もう一度杉下を助ける気はないか?杉下は誰の助けも求めていない。だがもしかしたら成瀬くんなら、と思ってね」
“相変わらず回りくどいですね”
「単刀直入に言おう。杉下は…胃癌で余命宣告を受けている。あと一年の命だ。しかし彼女は誰の助けも一切得ようとしない。まるで自分が助かる事を拒絶しているように。杉下はたった独りで最後を迎えようとしている。全ての真実を自らの命と供に墓場まで持っていく気だ」

 暫く彼からの返事は無かった。漸く還ってきた言葉の前に、彼の喉が鳴る音を聴いたような気がした。彼はどんな顔をして今この話を聴いているのだろう。

“…誰か近しい人はいないんですか?”
「いない。君に電話した後、興信所を使って杉下の事を調べた。少なくともステディな関係だった人物は過去にもいないようだ。親とも殆ど接触を断っている」
“それでなぜ西崎さんが俺に知らせてくるんです?あなた自身は?確かにあなたのNは奈央子さんだった。でもあなたのエゴを全て受け止めたのは杉下であり、あなたは杉下に一生の借りがあるんじゃないですか?あなたはその借りを杉下に返すべきでしょう。まさにその時ではないんですか?”
「…やはり君は全て解っていたんだな。あの場では何も聴かなかったが…」
“そして杉下のNは西崎さん、…あなたですよ。あなただって気付いているでしょう?”

続く…

2015年12月14日月曜日

【二次作品】西崎の判断 その七

…続き

 彼だ。やはり彼なのだ。杉下を救いうる存在は。
 彼は自身の発言どおり、あの時躊躇なく今にも崩れそうな吊橋を渡った。彼がどれ程真実を理解していたのかは判らない。だが杉下を事件の嫌疑がら除外するというたった一つの目標の為、泥を被ることを厭わなかった。たとえそれが杉下との別れとなろうが、彼女を護るという一点の為に自らの欲を簡単に捨て、彼女の為だけに俺との共謀に乗った。恐らく島で苦境にあった杉下を同じように救い出したのだろう。だからこそ杉下の『究極の愛』の相手なのだ。だからこそ、あの杉下が頼る事が出来る相手なのだ。
 それは最初から判っていた事だ。でも俺は彼に杉下の病状を伝える事に躊躇した。それは俺が良かれと託したはずの杉下と事件後一切の接触を絶っていたからだ。
 彼は時折おれに差し入れをしてくれた。そしてその度におれは杉下の様子を尋ねた。しかし彼は杉下とは一切連絡を取っていない、と答えるだけでその理由も明かすことは無かった。俺は尋ねようにも看守も勿論だが弁護士も含め知られるわけにはいかないから通り一編の問いと要請を繰り返す以外に出来ず、そしてその度に還ってくる答えは同じだった。何が彼と杉下とを遠ざけたのかが皆目検討がつかない。だから俺には彼を動かすことが出来る自信が無かった。だから、杉下の病状を離せば必ず動く事が間違いない安藤に先に声を掛けた。だが駄目だった。安藤では杉下を救うことは出来ない。そう、やはり彼しか残っていないのだ。
 彼を動かすことが出来るか?正直に言えば自信はない。しかし俺は話せる事全てを彼に伝え、彼を説得する以外に残された手はない。そして…

続く…

2015年12月13日日曜日

【二次作品】西崎の判断 その六

…続き
 
「どうした?杉下に何があった?」
「いや、大したことじゃない。あの日事件が無かったら杉下は幸せになっていたんじゃないかと思うと胸が痛む」
「まだまだこれからだよ、俺も杉下も、西崎さんも」

 暫く安藤の昔話に適当に相槌をいれつつ、多少自棄酒っぽく飲んでから、串若丸を引き上げた。あいつは何故かご機嫌だった。余り酒は強くないがちょうどいい具合につぼに入ったのだろう。普段以上に饒舌だった。
 だが、それに付き合った俺の方はあまり旨い酒ではなかった。杉下の事が頭から離れない。俺は曲がりなりにも独りではなく、二人で過ごしているのに、あいつは独りなんだろうな、と思うと申し訳なくなった。
 そんな事を酒の廻った頭でつらつらと思い巡らしつつ野ばら荘について、今は空いているかつての杉下の部屋、102号室に目をやった時、杉下がインターフォンに向かって助けを求めた際の様を思い出した。
 
『助けて!助けて、成瀬くん』

 杉下が助けを求めた相手。あれほど人を頼る事に頑なな杉下が助けを求めた、杉下の『究極の愛』の相手。
 二人が共有した罪の内容は知らない。決して明かされる事もない。それはたった二人だけの秘密。初めて彼に会った時、安藤にしたのと同じ問いへの彼の答え。
 
『呼ばれれば、渡ります』

続く…

2015年12月12日土曜日

【二次作品】西崎の判断 その五

…続き

 この時店のラジオからジングルベルの曲が流れてきた。あの日あの場所で、奈央子がリモコンを踏みつけた事でスイッチの入ったテレビから流れていたあの曲。十年経った今でも、克明に思い出せるあの時の音、声、におい、感触、情景、感情…あぁ、俺は一生あの時の事を忘れる事は無いんだな。
 そして安藤、お前という男の本質が改めて判ったよ。お前は今目の前にあるその橋を渡れないんだ。だからそれ以外の事なら『なんでもする』んだ。でもな、その橋を今渡る以外に、杉下を助ける方法は無いんだ。
 お前の『なんでもする』の中には危ないから、とその橋を落としてしまう事も含まれるだろう?杉下がそこにいるにも関わらず!唯一の可能性であるその橋を!お前があの時鍵を掛けたのと同じように!
 お前ならきっとそこに新しい立派で頑丈な橋を掛けてしまうんだろうな。でもお前がその橋を渡った先には、もう杉下はいない。あるのは杉下の亡骸だけだ。そんな橋に何の意味がある?そんな橋、俺には何の価値もない。でもお前ならこう言うのだろう、『橋は残った。努力は無駄ではなかった』と。
 結局お前は奇蹟というものを信じていないんだ。お前が信じているのは自らの努力のみ。別にそれがいけない訳じゃない。そうやってお前は結果を残しているのだから、凄いと思うよ。俺には到底真似できない。だがな、絶望の中、奇蹟を信じることを放棄した杉下を救うのに、救う側であるお前が奇蹟を信じずに奇蹟など起きるはずがない。今杉下に必要なのは、杉下が救われうる存在であると彼女に気付かせる、信じさせるという奇蹟を起こす事が出来る人間だ。
 安藤、やはり君は失格だ。

続く…

2015年12月11日金曜日

【二次作品】西崎の判断 その四

…続き

「本題に入ろう。杉下の事だ」
「逢ったの?」
「逢った」
「俺も何度か逢った。あいつまるで別人みたいに元気がない…大丈夫かな?」

 やはり杉下は安藤に何も話していないようだな。先日の杉下の話からあらかた予想は付いていたが。そもそも今日のこの時間に俺とここに居る事自体が間違いだ。まあ、杉下も好き好んでコイツと一緒にいたい訳ではなかろう。俺だってそうだ。
 しかし、もしコイツが杉下を孤独の淵から救い出しうる存在であるなら、俺はコイツを杉下のもとへ届けなければならん。そしてその可能性はコイツにはある。それを確かめねば。

「今にも崩れそうな吊橋の向こう側に杉下が居たとしよう。杉下が吊橋の向こうから『助けて』と叫んでいるとしたら、君はどうする?」
「は?なんでそんな処に?」
「もう元の生活には戻れないかもしれない。それでも君はその吊橋を渡るかい?」
「杉下は簡単に『助けて』なんて言わない」
「言ったとしたら?」
「なんだってする」
「…」

続く…

2015年12月10日木曜日

【二次作品】西崎の判断 その三

…続き

「もう関わる気はない、って言ってなかった?」

 俺は安藤を串若丸に呼び出した。電話した際、ちょっと驚いていた。そりゃそうだろう。俺だって杉下の事が無ければ、あえて安藤に連絡をとる事はない。恐らくこれからもそうだろう。もう、二人が住む世界は違うのだから。
 
「関わらんに越したことはない」
「俺は気にしないけど」

 そういう事を俺に向かって言えてしまうコイツにはやはり腹が立つ。お前は自分がした行為をどう思っているんだ?お前が鍵を掛けなければ、奈央子と野口が死ぬことも、俺が服役することも、杉下に一生の秘密を抱え込ませる事も起きなかったんだ。
 しかし、裁判に関しては彼が助力してくれたのは事実だ。そこは俺は彼に頭を下げる必要がある。それに杉下の事もある。小事より大事だ。

「安藤くんのおかげで、マイナスだった自分がゼロになった。これからはプラスで行くさ」

 自分で口にしたセリフに、多少のテレを感じた。俺は役者には向いていない事は判っていたが、自分で自分のセリフに突込みを入れたくなった。もう前置きはいいだろう。
 安藤に注文したビールが来た。

続く…

2015年12月9日水曜日

【二次作品】西崎の判断 その二

…続き
 
 実家からの帰り道、最寄り駅から野ばら荘への道すがら、親父から言われた言葉を思い出していた。
 
『世話になった人に恩を返せ』
 
 一番世話になったのは杉下だ。彼女の事は事件直後から一番の気がかりだった。俺のエゴに付き合わせ、一生の秘密を背負わせてしまった。彼女には感謝しても仕切れない。いや、感謝などという生易しい言葉では片付けることなど出来ない。俺は彼女の一生をぶち壊したも同然だ。
 本来であれば俺の一生を彼女に差し出すべきなのだ。そして奈央子がもうこの世に居ない限りにおいて俺にもそれ位の事は出来る。だが今の杉下を俺は救い出す事は出来ない。今杉下に必要なのは彼女を絶望の淵から救い出す事が出来る存在。それを彼女に届ける事が俺が杉下に出来る最大限の罪滅ぼしだ。
 ふと、気付くと何処かの家庭の居間で繰り広げられる、楽しそうなパーティの模様を窓越しに見つめていた。
 
『あぁ、そうか今日はあの日か』

 杉下、今お前はどうしている?人生最後になるであろうクリスマスを一人で過ごそうとしているんだよな?お前は一人でこの世からいなくなろうとしているけれど、お前はそれで満足なのか?お前こそその人生の最後に輝ける時を迎えるべきだと思う。
 そう思い至ったとき、俺は携帯を取り出し多少躊躇いつつもあいつに電話をした…

続く…

2015年12月8日火曜日

【二次作品】西崎の判断 その一

 親父にこれまでの事について頭を下げてきた。あんな事があったにも関わらず家に俺を上げ、『たまには帰って来い』とまで言われた。あの厳格な父親の事だ。俺はてっきり母親と同じく勘当を言い渡されるものだと思っていた。野原の爺さんからは『頭を下げてくればいい』と言われて出てきたものの、頭を下げることさえ許されないだろうと思っていたから、以外な反応だった。やはり俺の事で何がしか考える事があったのか、それとも単に歳なだけか。それは判らんがどうやら自分はまだ一人ぼっちではなさそうだ。母親と一緒だった時でさえ、いつも一人ぼっちだと思っていたのに。
 親父は母親に俺を渡した事を悔いていたようだ。それについては多少自分の中でも親父に対して嬉しい感情を持った。しかしそれと同じだけの母親に対する弁護の気持ちも起きた。俺に対するDVの事実があったにせよ、俺は今この時を生きている。

「それでも、育ててくれましたから」

 この言葉を自ら言った時、急に心が軽くなった気がする。俺は漸く母親を赦す事が出来た。母親を見殺しにした罪の意識から服役を自ら望んだものの、やはり自分は母親に対して何かを抱えたままだった事は自覚していた。そしてそれは父親に対しても同じだった。俺は母親と父親を赦していなかった。でもこの言葉が自然と口にでた時、俺は漸く二十数年掛かって二人に対する蟠りを解くことができたんだと気付いた。今となっては、もうそれだけで十分だ。
 結局親父は俺と視線を合わすことは無く、ずっと碁盤を見つめていたままだったが、それは親父の照れ隠しなのだろう。俺や母親の事を含め周囲から色々と言われたはずだ。それでも『たまには帰って来い』という言葉に、俺は親父の中に様々な感情を観、そしてその中の一部に俺が親父から赦された、という意味を見出す事にした。今度来る時は囲碁も覚えてこようか、と思った。

続く…

2015年12月5日土曜日

ドレッサーは早苗に対する罪意識と一番辛かった時期を呼び出すシンボル

ドレッサーは冷蔵庫と同じく『ドレッサーのトラウマ』という表現で一般的にはトラウマと理解されています。ですがこれも冷蔵庫と同じくで実はトラウマではないと思うんです。ドレッサーそのものが彼女に心的外傷を負わすものでは無いですよね。
ただ、冷蔵庫はあくまで彼女のストレス発散行為(大量の料理を作ってしまう、ヤケ食いならぬヤケ作り?)の結果ですが、ドレッサーは何がしか彼女の記憶を呼び出すシンボルだとは思います。
ではそれは何かというと?

一つの可能性としては島時代のドレッサーに関連した苦労という見方。具体的にはゆきのドレッサーを壊した上で父親に鏡の破片を向けた事。ドレッサーを壊した事を理由に食事を分けてもらう際にゆきに土下座を強要された事。母親の贅沢病の発作とそれに起因する経済的苦境及び母親の依存性による束縛。

でもこれは後に杉下自身が『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もおらん』とさざなみの火を見て感じた訳で、彼女は自身の呪縛から解放された、ととっている。そうすると上記ではない事になる。

そうするとドレッサーとは何を呼び出すシンボルか?と考えると早苗に対する罪意識だと思うんです。象徴的なのが杉下が大学に受かった事を母親へ報告するシーン。ドレッサーの前でアルバムをめくる早苗に向かって『これからは一人でやって行くけん、お母さんも一人でやって』と告げる。つまり杉下は早苗を『捨てた』。これに対する罪悪感なんですね。
よく考えるとさざなみ炎上で以降、成瀬の1117Nチケットで野望の実現が成瀬との誓約になり、これまでの彼女の受け身での現実適応的行動が積極的手段に替わっている。母親への進学宣言であり、父親への公衆の面前での土下座がそれ。しかしその結果として彼女が抱えたのは母親への罪意識だったんです。
だから同窓会で島へ帰った時、遠目から明るく働く早苗を見て安堵しつつ、いざ彼女が目の前に現れる(早苗の野ばら荘訪問)と『会いたくないと訳やない』と言いつつ避けてしまう、という行動になったんです。
そして彼女は上記の発言の後に『島におるころに引き戻されそうで怖い』と言っている。
一見すると、苦労が呼び出されるから、と見えますがそれは上記で否定されていますから、苦労では無いんです。では彼女のいう島にいた時とはいつかというと、さざなみ炎上から島を出るまでの期間という事になる。
経済的的にも行き詰まり、心の支えであった成瀬とも距離をとらざるをえなくなり、挙句は母親さえ切り捨てざるを得なかった、絶対的な孤独な期間。彼女が本当に辛かったのはこの期間で、その時期を呼び出すシンボルでもあるんです。


参照
冷蔵庫のトラウマは存在しない
杉下が一番辛かった時期

2015年12月3日木曜日

早苗の訪問時の杉下の心理プロセス その二

…続き

このように説明すると、非常にきれいにつながるんです。一見この通りだと思える。
でも、一つ障害があって、この心理プロセスがトラウマ起源とすると、成瀬のさざなみ炎上の暴露に対する『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もお らん』の杉下の独白と矛盾する。この独白はさざなみ炎上で杉下はトラウマ(と思われているもの)から解放された、と言っているわけです。つまりト ラウマをトリガーとする心理プロセスとして理解してはいけない、という事になるんですね。

そうすると、この時の杉下の心理プロセスのトリガーとなったのは何か?というと杉下の早苗に対する罪意識だと思います。

先に検討した通り、実は杉下は早苗に対して罪意識を抱えていた。それは成瀬との誓約を守るために早苗を捨てた事です。杉下の中ではさざなみ炎上以 前と以後では明確に区分されるべきものなのです。
ですので、『島に居た頃にひきもどされそうで』の島時代とはさざなみ炎上から島を出るまでの期間という事になる。
そこから心理プロセスを進めると杉下の『罪意識』と『誰にも頼らず生きていきたい』が等価でありそれはつまり『罪意識』と『成瀬を頼れない』が等価。
『成瀬を頼れない』の成立はそもそも杉下自身による『お城放火未遂』を発端とした成瀬に対する罪意識が起源。

そうすると早苗の登場で早苗に対する罪意識の刺激→成瀬に対する罪意識が刺激され『究極の愛』システムが起動した…

こういう風に理解すれば、杉下の独白とも矛盾せず、『究極の愛』システムの起動による成瀬への感情の発露も説明がつくと思います。


参照
早苗に対する杉下の罪意識

fin

2015年12月2日水曜日

早苗の訪問時の杉下の心理プロセス その一

早苗が訪問した際、杉下は西崎の前で怯え、成瀬への想いをダダ漏れさせました。
この時の杉下の心理プロセスを詳述してみたいと思います。

このシーン、杉下の中での早苗の存在というものがよくあらわされていますよね。

まづ、杉下にとっては早苗は思慕の対象である、という事。
これは杉下の『お母さんに逢いたくない訳やない』という発言に現れています。
また杉下が同窓会(=成瀬父葬儀)の為に島へ戻った際、河岸で働く早苗を遠目から確認して安堵している描写と繋がっています。

二つ目が、『逢うと島にいた頃に引き戻されそうで』という発言から垣間見える逃避対象である、という事。
それは早苗は杉下を苦しめた存在であり、彼女のトラウマだから、というのが以前の理解でした。
ここを出発点として成瀬への感情に繋がる心理プロセスを検討すると以下になります。

島にいた頃には戻りたくない、『誰にも頼らんと生きて活きたい』とありますので、『島時代からの逃避』と『誰にも頼らず生きていきたい』が杉下に とっては等価。そしてその『誰にも頼らず生きていきたい』はさざなみ炎上で『成瀬に頼れん』の変形であり、そのことからこの時の杉下の心理は『島時代からの逃避』 と『成瀬に頼れん』が等価。
そしてこの『成瀬に頼れん』心理を杉下に隠蔽・保護するための心理機構である『究極の愛』が起動するものの、早苗の登場という直接的なストレスに 『究極の愛』システムも感情を処理しきれずに西崎が成瀬について問うと涙を流し声を震わせ成瀬への感情ダダ漏れ状態に陥った…

続く…

2015年12月1日火曜日

早苗に対する杉下の罪意識

杉下にとって、早苗は二重の意味を持っていると思います。
一つは父親やゆきと同様、自分を苦しめた原因としての嫌悪感。
しかしもう一方で、他者依存性の強い早苗を成瀬との約束の為に切り捨てざるを得なかった事に対する罪意識です。

この早苗に対する罪意識は明確には語られていないですね。どちらかと言えば隠されていると思います。成瀬のプロポーズシーンで『父親も母親もあの 女も…縛るものは誰もおらん』と上を向けた。と語っており、さも他の二人と同列のように語られています。
また、所謂『ドレッサーのトラウマ』という言われ方でドレッサーに伴うゆきとの確執と早苗のドレッサーとの関連を演出し、さも一連の、杉下にとっ て逃避すべき対象、トラウマという流れで視聴者に刷り込んでいます。

でも、ドラマの描写として早苗は他の二人と同列ではないです。現に東京まで杉下を追わせて、ラストで早苗のみ杉下は再会して和解した。

そうした時、父親やゆきと早苗を隔てているものは何か?と考えるとそれは杉下の早苗に対する罪意識だと思うんです。

杉下の三人に対する対応で、母親のみ異なるのが『杉下自身が母親を捨てた』という行為です。父親とゆきは『自分達を捨てた存在とその原因』で、自 分が捨てられた側。ですが早苗に対しては『自分が捨てた側』に立っているんです。それは成瀬との誓約を実現するため。
さざなみ以降の彼女は本当に窮地に陥り、成瀬との約束だけをよすがに非常手段を取らざるを得ない状況だった。その為に母親さえも切り捨てざるをえ なかったわけですが、基本的に気持ちの優しい杉下には、実母を切り捨てる、という行為は罪の意識を持たざるをえない存在であり、父親とゆきとは扱 いが別なのだと思います。

参照
杉下が一番辛かった時期

2015年11月30日月曜日

杉下が一番辛かった時期

早苗が杉下を訪ねた際の杉下の心理を分析する過程で、面白い事に気付きました。
杉下が、一番辛かった時期がいつなのか?という問題です。
今日はそれについて書きます。

早苗が杉下を訪ねた際に『島にいる頃に引き戻されそうで怖い』と言っています。さも早苗の存在が島時代全体を呼び起こしているように見えますね。 ですが成瀬のプロポーズの際に杉下はさざなみの火で『父親も母親もあの女も…縛るものは誰もおらん』と上を向けた。そうすると彼女の中で、島時代 はさざなみ炎上の前と後では別物である事になる。

そうすると早苗が杉下を尋ねた際の『島にいる頃』といっているのは実は島時代全体ではなくてさざなみ炎上以降の時期を言っている事になるんです ね。

つまりさざなみ以前は火によりその辛い思いでも成瀬という存在に還元され、オブラートされたものの、さざなみ以降の事象についてはその端は成瀬で ありつつ成瀬ではオブラートできない時期であり、その頃が『島にいる頃』という事になるんです。

確かにこの時期が杉下にとって一番辛い時期だったかもしれません。
成瀬との約束が唯一のよすがだった。それ以外は八方塞がり状態。成瀬の為に希望だった奨学金を差し出し、進学さえも諦めざるを得ない状況に追い込 まれる。心の拠所、救世主たる成瀬を『頼れなく』なり遠ざけた。母親は依然自分を縛りつけようとする為、その母親を成瀬との約束を理由に切り捨て ざるを得なくなり、罪意識を抱えた。成瀬との約束の実現の為に不本意ながら狡賢さも身に着けた(父親への土下座)。

杉下という人物は基本的にはポジティブ思考の持ち主で、お城を追い出された以降も一部妄想(野望)に逃れつつも懸命に現実的対応を取ろうとしてい ましたよね。
それがさざなみ炎上以降はその現実的対応では如何ともしがたい状況に陥った。唯一成瀬との約束を拠所にし、それを根拠に非現実的対応を取らざるを 得なかったのがこの時期なんです。

ですから、ゴンドラの後野原のお爺ちゃんから『苦しかった事は忘れる事』で涙するのは、この時期の辛さ・苦しさが想起されたからだと思います。

2015年11月27日金曜日

冷蔵庫のトラウマは存在しない


よく、杉下について『冷蔵庫のトラウマ』と表現されるけど、それって間違い、誤解なんではないかな?

トラウマとは
外的内的要因による衝撃的な肉体的、精神的な衝撃を受けた事で、長い間それにとらわれてしまう状態。心的外傷が突如として記憶によみがえり、フラッシュバックするなど特定の症状を呈し持続的に著しい苦痛を伴えば、急性ストレス障害。

冷蔵庫自体が彼女の心的外傷ではないよね。冷蔵庫はあくまで結果。
冷蔵庫が一杯になるのは彼女が料理を大量に作るから。だから真の原因は彼女に大量の料理を作らせてしまう何か。

彼女が料理を作って冷蔵庫を満たすのは言わば『ヤケ食い』と同じ種類の行為だと思うんです。つまりストレスの発散行為。タッパーから、ゆきから食事をめぐんでもらう(土下座)と関連付けされているように思えますが、これもフェイクですね。

そうやってドラマを見返すと彼女がストレスから料理を作るシーンは
母親の贅沢病で支払に困り、自分のアルバイトの貯金に手を付けた後
それと西崎の不倫告白に対していきなり料理を始めた時(冷蔵庫描写は無し)
この二箇所です。
この時のストレス源は早苗さんと西崎。

でも彼女はゴンドラまでそのストレス発散行為が止まなかった。
ではそのストレス源とはなにか?というと、成瀬なんです。成瀬との誓約『野望の実現』
が彼女のストレス源だったんですね。

だからゴンドラで成瀬との誓約が実現したから、そのストレス源が解消し、ストレス発散行為が必要無くなった、というのがシンプルな解釈だと思います。

参照
ゴンドラで杉下が解放されたもの

2015年11月20日金曜日

スカイローズガーデンに至る経過における杉下の罪意識 その二

…続き
安藤の僻地赴任を勘違いし、野口を挑発した
杉下が僻地赴任阻止に動いた源泉は『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』。そしてそれが何に還元されるか?というと成瀬に還元される。『抵抗と脱出』という、ある種反社会的闘争のニュアンスを帯びるのは、自身のお城への放火未遂
さざなみ炎上における成瀬のアリバイ偽証、母親への大学進学宣言(母親の切り捨て)、父親への衆人監視下での土下座してでの進学資金借り入れ申入れなど。上記のプロセスは成瀬との関係性の中での出来事であるから杉下の安藤の僻地赴任阻止行動も成瀬の存在を抜きには語れない。

安藤に鍵を掛けさせた
安藤が鍵を掛けたのは、直接的にはプロポーズの機会を失った安藤が成瀬に怯えて自分と成瀬とどちらを選択するか杉下を試すため。でもそもそも安藤が惚れた杉下の特性である野望と独立性はそもそもの起源が成瀬。

成瀬を頼った
成瀬を頼れない、が杉下の最大のトラウマ。それでも彼が杉下にとっての救世主であり、唯一頼れる存在。本来現場に入れるべきでなかった成瀬を頼らざるをえなくなり彼に偽証を強いることになった。

偽証した
成瀬の指示ではありつつ、彼女が偽証を受け入れたのは、西崎単独犯としなければ自分と成瀬の関係が辿られ、さざなみにおける成瀬の関与を蒸し返されるため西崎を切った。

参照
杉下が希求していたもの
杉下の狡賢さについて
杉下の特徴と成瀬の関係性 その一〜ニ
杉下の『究極の愛』は『成瀬に対する罪』を杉下自身に対して隠蔽する心理システム
杉下の『究極の愛』の構造 その一〜ニ
杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過 その一〜三
スカイローズガーデンの事件を招き寄せてしまったもの
N作戦2における杉下の魂胆
安藤はなぜ外鍵を掛けたのか?
安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉 その二
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』
成瀬、杉下が偽証を選んだ理由

2015年11月19日木曜日

スカイローズガーデンに至る経過における杉下の罪意識 その一

N作戦に参加した
杉下が希求していたのは成瀬という心の『Home』。
お城放火未遂とさざなみ炎上にその『心のHome』から距離を取らざるを得なかった杉下にとって、野原の爺さんの『Home』たる野ばら荘を守る事は、自分の『心のHome』を守る、そしてそれとの繋がりを確認したいという心理の代理行為。

野口家へ接近し知故を得た
きっかけはN作戦ではあったが、裏側は成瀬との約束たる野望『アラブの富豪と出会う』の実現。そしてそれを後押ししたのも成瀬から教わった将棋。きっかけを作ったのは杉下が奈央子のボンベを操作したからで、これは成瀬との誓約=野望の実現のために杉下が身につけた狡賢さの発露。

奈央子に脅威を与え、西崎との接点を作った
野口の将棋のブレインを頼まれた事から野口との二人でのやり取りが増え、それが奈央子の不信を作った。杉下の将棋は成瀬の将棋。また奈央子が杉下に感じた脅威は『一人で生きてゆく力』。一人で生きてゆく事ができる野口に対し一人で生きられない自分が疎ましく思われるかもしれない可能性に対する恐怖を掻き立てる、『一人で生きてゆく力』をもつ杉下が羨ましくもあり、妬ましい。そのような心理が奈央子の野口に対する独占欲と依存心を掻き立て、DVを許容させた。そのDVが同じくDVの経験をもつ西崎との接点を作った。しかし奈央子が感じた杉下の『一人で生きてゆく力』は杉下の『成瀬を頼ってはいけない』という彼女最大のトラウマに還元されるもの。

N作戦2を成立させた
これは杉下の『究極の愛』という精神保護システムのせい。環境が整ったが故にシステムが逆作用し西崎の罪への協力を愛の名の下に合理化させてしまった。またそのシステムの立ち上がり段階において成瀬は機敏にも杉下の感情の変化の糸口を捕まえて先読みし、杉下の感情が西崎にあると考えたが故に彼もまた作戦への参加を杉下への愛で合理化してしまった。そしてそのキーとなった杉下の『究極の愛』という精神保護システムが形成されたのはさざなみ炎上で、これも成瀬が起源。

続く…

2015年11月18日水曜日

【二次作品】リングの涙 その二

…続き

『奈央子さんを大切に思う人が奈央子さんを迎えに来ていますよ』

 結局、この言葉が引き金となり奈央子さんによる夫妻の心中は起き、そしてそれは殺人事件となった。この言葉を発した責任はずっと感じていたものの、野口さんの行為を言い訳にしてきた。でもそんな言い訳も出来なくなった。

 野口さん宅からの帰り道、安藤は私に無人島に行けと言われたらどうする?と問うた。彼はこの時既に野口さんとの掛け、安藤が負けた時にはダリナ共和国ヘ赴任する人事を了承していた。それにも拘らず安藤は私にプロポーズする積りでいた。安藤がこの人事をネガティブに受け止めていたとしたら、彼は私へのプロポーズなど考えない。彼は自らのネガティブを色恋ごとで埋め合わせするような人ではない。彼はこの移動を自分のチャンスととっていた。そもそも安藤の部署は油田を含むエネルギー開発を担う部署だ。そんな部署なら優秀な人材の僻地への赴任など当たり前の事だ。
 そして安藤はプロポーズの意向を野口さんにも伝えていたのだ。野口さんは私に『安藤について行くか?』と問うた。確かに私と安藤は野口さんに対してカップルとして振舞ってはいたけれど、結婚なんてそぶりは見せた事はない。そもそも私たちがカップルを装ったのは野口さんに接近するための方便でしか無く、私には安藤に対して恋愛感情がない。ましてその当時の私は春に卒業と就職を控えた身だ。客観的に見て、彼氏の海外赴任について行く、などという状況ではない。それが野口さんからそのような問いが出る、という事は野口さんは安藤からプロポーズの意向を聴いていた、という事だ。
 つまり、安藤の僻地赴任は左遷では無く抜擢人事で、安藤はそれを自身のチャンスととっていた。それを機に彼は私へプロポーズをするつもりだった。その意向は野口さんも知っていた。食事会がサプライズのプロポーズの場で、野口さんは私達を祝福する立場だった…

 つまりは僻地赴任=左遷と思い込んでしまう、世間知らずな、根がお嬢様気質な自分が生んだ悲劇。

 奈央子さんの野口さんからのDVの受容は、一人で生きて行く力の無い奈央子さんには私が野口さんを奈央子さんから摂る存在に見えたから。そしてそれが奈央子さんと西崎さんの接点を作った。
 作戦が成立したのは、私の『究極の愛』などという奇妙な美意識が作り出した魂胆のせい。成瀬君との関係の再開を期待し、且つ本来私が協力など出来るはずもない西崎さんの人妻略奪行為に私自身が『愛による合理化』をしてしまった。
 安藤が鍵を掛けたのは、西崎さんと会って作戦の存在に気付き、プロポーズの場を奪われた彼が、私が安藤と成瀬くんのどちらを頼るかを試そうとしたから。
 そして安藤の僻地赴任についての勘違いによる不要な野口さんへの挑発。

 事件のすべての罪は私にある。

 西崎さん、成瀬くん、ごめんなさい。
 野口さん、奈央子さん。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい。

fin

2015年11月17日火曜日

【二次作品】リングの涙 その一

 もう、とっくの昔に涙は枯れきったと思っていたけれど、まだ自分の中に残っていた事に自分でも驚いている。新たな自分の罪に直面すると未だに涙が溢れてくる。
 掌の中の指輪は断ったにもかかわらず、強引に安藤から渡されたもの。普通の女性であれば、その意志は無くとも自分の指にはめてみて、ちょっとした感傷に浸ったりするのかもしれない。でも私は普通ではない。いずれ安藤のもとに返さなければならない指輪を、試しにでもはめてみる事は出来ない。

『事件の日に渡そうと思っていた。結婚してくれ、と言うつもりだった』

 聴いた瞬間に衝撃が走り、膝が崩れそうになるのを必死に堪えた。自分の罪深さは嫌という程解っていたつもりだったけれど、新たな罪に直面させられ頭の中は真っ白になった。それ以後彼とどんな会話をしたのかは覚えていない。なんとか平静を取り繕うとしていたような気がする。気がついたら高野さんを呼んでいた。自分の命とともに真実を墓場まで持っていくために。これまでたくさんの嘘をついてきた。先の短いこの体に、今更嘘を一つ余計に塗り込んでもどうという事はない。

 私に加わった新たな罪。
 野口さんを挑発し、警察沙汰とする事で安藤を野口さんから引き離すつもりだった。だけれども…そんな事、必要がなかったのだ。
 私は野口さんの明かした安藤の僻地行き、電気もガスも通っていないダリナ共和国への赴任話を安藤の左遷ととった。安藤は自らの能力を世界で試すという夢を持ち、その実現の為に努力している事を知っていた。彼には実現出来ない事など無いのではないか、とさえ思っていた。だけど安藤の赴任先を賭け将棋などという方法で、しかも自分が安藤を負かす役割を演じさせられ、彼の将来が彼の資質や努力に関係なく閉ざされる事など、有ってはならないと強い怒りを覚えた。瞬く間にあの時の感情が蘇った。

『自分に手の届かない、大人の勝手な都合で若者の未来が潰される』

 私と成瀬くん、二人して手を取り合い闘ったのはそんな現実への抵抗とそこからの脱出のため。その闘いのために家の一軒や二軒を焼き払うことなど何の罪が有ろう。戦争ならば家を焼くなど当たり前の行為ではないか。それなのに何故成瀬くんは咎められなければならない?何故周囲は成瀬くんを咎める視線を向ける?私達二人を追い詰めた大人たちには何ら罪は無いのか?
 成瀬くんは私を身を挺して救ってくれた。火で私を縛り付けるものを焼き払ってくれた。崩れ落ちそうな吊橋を躊躇無く渡ってくれた。そう、成瀬くんは私の救世主。
 成瀬くん、成瀬くん、成瀬くん…
 今度は私がその橋を渡る。成瀬くんのためであるなら、何だって出来る。嘘をつくことも厭わない。成瀬くんと共に在る事が出来るなら、子を子とも思わぬ、私達を追い詰めた人を貶める事などどうと言うことはない。

 大人の身勝手は絶対に許さない。成瀬くんが到着するまであと少しだ。成瀬くんであれば何とかしてくれる。成瀬くんとであれば何だって出来る。そして…

続く…

2015年11月16日月曜日

コラージュ作品 その2

テキストが間に合ってないので画像でごまかしてたり


2015年11月15日日曜日

安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉 その二

杉下の安藤の僻地赴任阻止行動について考えています。
何故彼女にそんな事が出来たのか?
彼女の行動の源泉は以前考えた通りです。安藤に対する愛、などではない。
それは彼女が島で経験した『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』です。この経験が彼女を突き動かした。つまり安藤の左遷が彼女の逆鱗に触れたという事ですよね。
で、今考えているのはこの『大人の身勝手さ、自分の手の届かない処で本人の努力に関係なく人の将来が閉ざされる事への抵抗(レジスタンス)と脱出(エクソダス)』の経験は何に還元されているのか?というものです。
杉下は確かに成瀬との親しくなる以前から彼女なりの現実対応(アルバイト)と逃避(野望)を行っていましたし親を含む周囲への反発もしていました。
ですがそれは『適応』だったのではないか?と感じています。
彼女の狡賢さでも考えた事ですが、彼女の対応はお城放火未遂前までは、社会的規範を飛び越えたものでは無いんです。

ではそれが『抵抗と脱出』という、ある種反社会的闘争のニュアンスを帯びるのは、お城放火未遂からなんですよね。

自身のお城への放火未遂
さざなみ炎上における成瀬のアリバイ偽証
母親への大学進学宣言(母親の切り捨て)
父親への衆人監視下での土下座してでの進学資金借り入れ申入れ

この部分が『抵抗と脱出』のニュアンスに通じている。
この時の杉下の対応が『適応』の範囲内であるなら、左遷阻止行動とはならない、まして野口を挑発する行動にはならないと思うんです。『抵抗と脱出』であるからこそ、杉下は行動できたのだと思うんです。

で、上記のプロセスは成瀬との関係性の中での出来事なんですね。
成瀬との感情の共有、『頼ってはならない』トラウマと『究極の愛』の形成、成瀬との誓約の成立とその実現化。

ですから杉下の安藤の僻地赴任阻止行動も成瀬の存在を抜きには語れないと思えるんです。

参照
杉下の狡賢さについて
安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉

2015年11月14日土曜日

何で安藤はクリスマスイブに西崎と会ってるの?

時折りやる、アンタッチャブルネタの投下です。
以下、その時の西崎目線で。

『安藤くん、君は何でクリスマスイブのこの瞬間に俺となんか会ってんだ?
 確かに君を呼び出したのは俺だが、君にはもっと大事な存在があったろう。何故杉下と過ごす事をしない?
 さしずめ杉下から拒絶されたってところだろうが、それにしたって一度返された指輪を強引に杉下に押し付ける事の出来る君が、何故こんな大事な日に何にも予定なく、俺の急な呼び出しにのこのこ串若丸まで出張って来れるのかが俺にはさっぱり分からん。親父に“世話になった人に恩を返せ”と言われて、君を呼び出してみたが、やっぱり君は俺から見るとそういうところがヘタレだ。まあ、俺には退屈しのぎにはなったがな。そんなだから杉下に相手にされず、成瀬くんに勝てないんだ。崩れそうな吊橋の問いに、“何だってする”と答えてしまう君には、それが限界なのかもしれんな』

アンタッチャブル、アンタッチャブル?

2015年11月13日金曜日

【二次作品】拒絶

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません〟

 判っている。何度やっても同じ。結果は判っている。それでも繰り返さずにはいられない。携帯電話の発信履歴の一番上にあるあなたの名前を選んでリダイヤルする事を止められない。

 成瀬くん。やっぱり私には成瀬くんしかいないんだ。成瀬くんじゃないとダメなんだ。成瀬くん、成瀬くん…

 成瀬くん、手を繋いだ時、あなたの声が聴こえた。

『もう会わない。これでお別れだ。さようなら』

 覚悟した。私の我儘の末に、成瀬くんと一緒にいたいが故に引き寄せてしまった事件。そもそも成瀬くんを巻き込んではいけないのに。
 私の中にあった変な美意識が、下心が、勇気のなさが事件を招き寄せ、結局あなたを失う事になった。
 これも自分の罪の一つなんだろう。そのための罰なんだ。それは解る。それでもあなたに会いたい、声を聞きたい。そうでなければ自分がどうにかなりそう。

 成瀬くんゴメンね。
 私、あの時成瀬くんにこんな思いさせていたんだ。私はあの時どうしても成瀬くんを守りたくて、そのためにはあの方法しか思い浮かばなくて成瀬くんを遠ざけた。でもそれが成瀬くんをどれだけ悲しませる事だったのか、今ようやくわかった。こんなに悲しい思いをさせたんだね。成瀬くんがなぜそうするのかが解るだけに、本当に悲しい。
 成瀬くん、本当にゴメンなさい。だから、だからちょっとでもいい、一瞬でいい、その声をきかせて?

 わかっている。
 成瀬くんは意思の人だ。成瀬くんは一度決めた事は絶対に曲げない。だからもう二度と、二度と成瀬くんとは会えない。わかってる。わかっているからこそ悲しんだよ。会いたいんだよ。声を聞きたいんだよ…

 成瀬くん、せめていつまでも私達が繋がっていると思ってもいいかな?奇蹟を信じる事位は許してくれるかな?ねえ、いいよね、成瀬くん…


 着信とボイスメッセージの履歴には“安藤望〟が並ぶ。

 安藤の電話には出られない。声も聞きたくない。
 安藤!なぜあなたはチェーンを掛ける、なんて事をしたの⁉︎
 あなたがそんな事をしなければ、二人が死ぬ事も、西崎が罪をかぶる事も、成瀬くんを失う事も無かったというのに!

『杉下!』
 チャイムとともに声がする。
『杉下‼︎』
 安藤だ。
『杉下、俺だ。杉下と話がしたい』

 お願い!却って、お願い…
 もうあなたとは会いたくない、話もしたくない。お願いだから、お願いだから却って…

 お願いだから私の成瀬くんを還して!

2015年11月12日木曜日

杉下の狡賢さについて

ドラマ内で杉下は何度か狡賢さを発揮していますね。
一つは父親への土下座。二つ目は奈央子のボンベに手を掛けた事。

皆さんは杉下のこの行動の源泉をどこに求められているでしょうか?
恐らくは彼女の『生きるためにはなんだってやってやる!』というゆきに対する土下座の後、洋介と食事する際のモノローグに求めていらっしゃると思うんです。

私も当初はそこに求めていました。
ですが、最近は違うな、と思っています。

もし彼女の狡賢さが『生きるためにはなんだってやってやる!』であるなら、もっと違う場面、例えば母親の贅沢発作で支払いに行き詰まり、自分のバイトで貯めた貯金を使わざるを得ない状況に追い込まれた際などに出ていても可笑しくない。でも、杉下は泣く泣くですが、社会的規範にそう形で事を処理している。これが杉下の狡賢さの起源に対する従来の見方に疑義が生じた部分です。

そう考えたとき、杉下がその狡賢さを発揮した状況を見直しました。

最初の父親への土下座は成瀬のNチケットを発見したあとです。このNチケットで杉下の野望の実現は成瀬との誓約になった。つまり、父親への土下座は成瀬との約束を護る為の手段だったわけです。

また、奈央子のボンベに手を掛けたのも、野望『アラブの富豪と出会う』の実現の為に野口家との接点を造る手段です。これも野望の実現が成瀬との誓約であるから彼女の狡賢さが発揮されたと見える。
この行為については後に西崎に自分の親との類似性を口にし、自己嫌悪を見せていますので、自分でも意識していなかったと思うのですが、状況から考えると、成瀬にその行動の源泉が還元されるのです。

ですので、彼女の狡賢さは一見親に対するトラウマから生じたように見えますが、その実それが発揮されているのは常に成瀬との誓約を実現する際に見せており、その源泉も成瀬との誓約に還元される、というのが現在の私の見方です。

参照
杉下の野望の本質

2015年11月11日水曜日

安藤の「そいつと付き合ってるの?」について

安藤が野口家からの帰りに、まだ知らぬ成瀬と杉下との関係を聴きました。

「そいつと付き合ってるの?」

全体を俯瞰すると、スカイローズガーデンの事件は大きな流れとして野口夫妻も含めた6人の運命・必然と感じるのですが、その中に「IF」をいれさ せてもらえるなら、安藤のこの言葉を上げさせてもらいたいと思います。

杉下は間髪いれずに否定しました。

もし彼の問いが「そいつの事、好きなの?」であったなら…
事件は起きなかったと思うのです。

杉下は照れながらもその問いを肯定したはずです。
彼女は西崎も含め自分の過去と感情に嘘をついていません。問われないから話さないだけなのです。「付き合っているのか?」と問われたから、事実と しての「付き合ってない!」を返したに過ぎない。

「そいつの事、好きなの?」彼女がその問いを肯定していれば…
安藤はプロポーズをする気にはならなかったでしょうし、そうなれば野口にもその意向を告げる事もない。野口の杉下の土下座に対する茶化し(安藤に ついていく?)もなく、杉下が野口を挑発する事態にも到らなかった…

これは本当に言葉のあや。微妙な表現の差異です。その差異が杉下の返答を変え、安藤の行動を変えた。杉下はあくまで事実を言った。安藤は『付き 合っていない=恋愛感情はない』と取った。だからプロポーズを画策した。

私がこの表現の差異を取り上げたのは、自分も似た経験があるからです。
ある意味、この時の安藤と杉下以上に複雑なやり取りでした。

私はマリア様に安藤と同じ問いをしました。『付き合っている人はいるの?』
彼女はこう答えました。『想いを寄せてくれる人がいる』
私は彼女にこう言いました。『その人に想いがあるなら、真剣に受け止めるべきだ』

私は彼女の背中を押したのです。自分の本心を殺して。

もし、彼女の答えが『付き合っている人はいない』だったら。
私は彼女に『もう一度付き合いたい』と言ったと思います。
もし、彼女の答えが『付き合っている人がいる』だったら。
私は彼女に『今でも君の事が好きだ』と伝えたと思います。

でも彼女の答えは『想いを寄せてくれる人がいる』でした。

彼女は告白されたのでしょう。そしてそれにまだ答えていない。
自分の時と同じだと思いました。
自分は彼女に思いを告げましたが、結局彼女の気持ちは聴けずじまいだった。
彼女は同じ事を繰り返していると思いました。それはいけない事だと思いました。
そして、そこに自分が介入するのは憚られました。
私は彼女の当時の気持ちが、自分にあって欲しい、と願っていました。
ですが『想いを寄せてくれる人がいる』状態の彼女の感情に介入するのは中学の頃の自分から、彼女の感情を掠め取るように感じたのです。彼女の事を 思って、というより自分から自分が彼女を掠め取る行為に思えた。そしてそれは自分には出来なかった。

彼女の本意はどこにあったのか?彼女の言った事は事実だったのか?
それは判りません。ですがこんな些細な、微妙な言葉の選択でその後の人の行動が決定的に異なる、異なりうるという事を経験した自分にとって、この ときの安藤の問いの言葉に『IF』を投掛けてみたくなります。

2015年11月10日火曜日

コラージュ作品1

こんなコラージュ作品作ってみました。

やっぱり高校生の杉下が笠原郁に見えるのは私だけでしょうか?(笑)



2015年11月9日月曜日

杉下が希求していたもの

杉下が15年間、求め続けていたもの。それは『Home』。
余命宣告を受けて、成瀬に言った言葉。

『欲しいものはそんなにない…帰る家があって、それを誰にも取られなければ、それでいい』

ささやかであるのに、それでいて未だ手に入らないそれ。

英文科を専攻しながら建築会社へ拘って就職活動したのも、パートナーと住宅設計事務所を立ち上げたのも、誰かがHomeを得る助力をする事がそれを持たない自分にとっての代理行為と感じたから。決して父親の影響ではない。
でもそれが自らのHomeの獲得に繋がるわけも無く、ただひたすらに成瀬の『頑張れ!』を念仏のように唱え続けた。

彼女にとってのHomeは、お城でなく、幽霊屋敷でもない。それらはさざなみの火で焼き払われた。それは素の自分をなんら注文を付けず優しく受け入れてくれる場所。『いつも一緒にいてくれて、嬉しかった』成瀬。

しかしそのHomeたる成瀬が、殊杉下のとことなると簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまう。危険を顧みない。Homeである成瀬を失いたくない、それでいて最後の最後でその成瀬を頼りたくなる衝動。そのジレンマを解消するための『誰にも頼りたくない』

大切なHomeたる成瀬を守るために自らそのHomeと距離を取らざるをえない矛盾。満たされる事のない渇望と罪悪感と苛まれる絶望、限りある寿命。そしてリフレイン。

彼女が最後に望んだものはそんなHomeたる成瀬との奇蹟であったはずなのに、それさえも目の前にすると躊躇せざるを得ない恐れ。『甘えられん』

希求していたものにさえたじろぐ杉下という人物のいじらしさがとても好きです。

2015年11月8日日曜日

杉下の『みんな、一番大切な人のことだけを考えた』はいつの時点の認識か?

『その時考えていたのは大切な人のことだけだった。その人の未来が明るく幸せであるように。みんな、一番大切な人のことだけを考えた』

九話における杉下のモノローグです。
このモノローグでは、『みんな』と表現されているんですよね。つまりは安藤を含めて、という意味です。杉下は安藤も一番大切な人の未来が明るく幸せであるよう、その人の事だけ考えた、と杉下も取っていたという事です。

ですが杉下は安藤を嫌っていた。安藤の訪問を事件後拒絶しています。安藤の外鍵は中の三人の思惑の一致からこちらから隠蔽を図ったものですが、杉下には安藤が自身の保身からそれに乗ったように見えていたんです。だからこそ彼を拒絶し、そして彼を嫌った。この段階では杉下には、安藤の偽証意図を理解出来ていないはずです。視聴者側でさえ安藤のN=杉下、という安藤の高野への証言に違和感を抱いている人が多いのですから。

でもこれまで検討した通り、安藤の偽証意図は杉下を殺人の嫌疑の外に置く事です。

では最初の杉下のモノローグはいつの時点での彼女の認識を語ったものであったのかと言うと、安藤が杉下へプロポーズした後の段階です。つまり杉下は安藤が当時自分へプロポーズするつもりであった事をしった。好きな人間を嫌疑にさらす事はできない。だから安藤は自分を嫌疑から除外する意図で偽証した、という事に気付いたわけです。

参照
杉下はなぜ事件後、安藤の訪問を拒絶したのか?
『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 そのⅠ〜11
安藤のNは杉下と言っていいのか? その一〜二

2015年11月7日土曜日

【ムービー】青景島の二人

勢いでこんなの作ってみました。
お楽しみください

2015年11月6日金曜日

杉下の『なんで成瀬くんがここにおるん?』の心理 その二

…続き
 二つ目は、この言葉から杉下は成瀬が自分との接触を断ったのは、事件処理の偽証(成瀬と杉下は事件前にはあっていなかった。会う関係でない。また相互に偽証をするような関係ではない)を成立させる為ではない、という事を理解していた、という事です。
 本来この偽証は西崎の刑さえ確定してしまえば、それ以後も偽装を続ける意味はない。未解決のさざなみとは異なる。ですから西崎の刑が確定後も同じ状態が続いたのは、偽装とは別の意思があったという事であり、それを杉下も判っていた、という事です。
 
 それでは杉下は成瀬の意思をどう取っていたのでしょうか?
 もし杉下が成瀬の意思が西崎に関する事項だととっていた場合、成瀬も西崎の出所に併せて何がしか行動をとるだろう、と予測できるはずです。現に杉下自身も西崎も安藤も西崎の出所に併せておとしまえを付ける行動をとっている。ですが杉下の反応を見る限り、成瀬がそのような行動を取るとは予測していない、という事は成瀬の意思は西崎に関してだとは杉下は取っていなかった、という事になります。
 
 そうすると杉下は成瀬の意思は安藤に関する事だととっていたと推測できます。
 ズバリ書きます。杉下は成瀬が事件の際の自分の行動を安藤の保護と誤解しかつそれが元で自分は成瀬から嫌われた、と思っていたのです。
 なぜ杉下が自分が嫌われた、と思ったのか。それは杉下自身が安藤を嫌ったからです。ですから成瀬が、杉下の行動意思を安藤の保護ととった、と思った杉下は同様に成瀬から嫌われた、と理解していたのです。
 
 では、それはいつ?というと。
 明確な論理的説明は難しいのですが、私は二人の手繋ぎの際だと思います。
 
 ですから、杉下の『なんで成瀬くんがここにおるん?』を繰り返した心理は、自分が嫌われたと思っていた成瀬が自分を訪ねてきた事への驚きと戸惑いです。

 でも、そう思うと杉下の高野に対する証言が非常に切ないんですよね。
 杉下は自分が成瀬から嫌われた、と自覚している。それでもなお、杉下には成瀬が一番の大事で、成瀬のためであれば、どこまでも嘘をつきとうそうとしているんです。
 どれほど成瀬という存在が杉下の中で大きな存在であるのか、これに気付いた時、本当に切なかったです。
 
参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その1~3
杉下はなぜ事件後、安藤の訪問を拒絶したのか?

fin

2015年11月5日木曜日

杉下の『なんで成瀬くんがここにおるん?』の心理 その一

 成瀬が西崎の連絡を受け、翌日に杉下を訪ねた際の杉下の言葉です。この時杉下は二度この言葉を繰り返します。

 なぜこの時杉下は二度この言葉を繰り返したのか?

 一度目に関して、成瀬は西崎から住所を聴いた、と答えています。つまり此処にたどり着いた理由を答えた。ですがそれでも杉下は再度同じ言葉を繰り返した。つまり彼女が聞きたかったのは、自分の住所に如何に成瀬がたどり着いた経路ではない訳です。

 これをただ単に彼女の驚き、と解釈してしまうと思考停止です。必ず意図がある。では、この時杉下が再度同じ言葉を繰り返した心理はなにか?

 彼女の驚きの正体は、成瀬の行動の意図であり、それが彼女の予測を外れたから驚きとなっているのです。つまり、自分を訪ねてくることなどあり得ない、と思っていた成瀬が自分の前に現れた事に対する驚きがこの言葉の繰り返しの杉下の心理なのです。

 ここから杉下が事件後、自分と成瀬の関係をどう理解していたか?が推測されます。
 一つは、杉下自身は成瀬と接触を持とう、という意思はなかった、という事です。
 杉下は西崎が出所した際、彼に対するおとしまえを付けに西崎を訪ねました。それは西崎は杉下には罪を赦してもらうべき相手であるからです。
 しかし、もう一人の罪を赦してもらうべき相手である成瀬に対しては、西崎のような対応を取る意思がなかった。だから成瀬が現れた事に驚いたのです。

続く…

2015年11月4日水曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その三

…続き

 西崎はそれに答えなかった。西崎は話の方向を変えた。
「結局、安藤も含めた俺たちの青春というのは、杉下希美という非常に魅惑的な女性に翻弄されっぱなしの青春だった。そう思うのだが、違うか?」
「あなたが杉下に観たものは何だったんです?」
「母性だ。自分の実の母親についぞ感じることの無かった、俺の中で欠落していた母性だ」
 西崎はマフラーに口元を隠すように視線を下に向けた。
「もし、彼女のような人が自分の母親であったなら、自分はどんな人間になっていただろう、そんな事を幾度も考えたよ」
「母親…」
 西崎は自嘲気味に続けた。
「可笑しいだろう?自分より年下の女性に、理想の母性を観ていたんだから…君には何が観えた?」
「判りません。自分が何かをしてあげる事で、悲しみの中の彼女が笑ってくれるのであれば、それで良かった。それが自分の勇気の源泉だった」
「君たち二人を見ていて、初めてそのような形の愛が有るんだと思い知ったよ。周りから見ていて、余りにももどかしい愛。それでいて絶対に揺るがない愛」
「ただお互いがその手の事に奥手なだけです。買いかぶりです」
「違うな。杉下には君の存在は絶対なんだ。盲目的とさえ言っていい。あれ程人に頼る事に頑なな杉下が、唯一助けを求める事が出来るのが君だ。君達二人には他のどんな人間にも立ち入れない領域がある」
「それは世間では歪みとかトラウマと言うんですよ。結局俺と杉下、そして西崎さんは似た者同志なんだ」
「安藤くんにはわからんだろうなぁ。我々歪んでいるものの心理は」
 高松行きの長距離バスが発着場に入ってきた。待っていた乗客が脇をすり抜けて次々と乗り込む。
「そろそろ時間なんで…行きます」
「あゝ」
 乗車口の前まで進み、そのまま乗り込もうとしたが、ちょっと立ち止まって、顔を西崎へ向けた。視線は下に落としたまま、西崎を見なかった。
「杉下には島に一緒に還ろう、と言ってあります。先に島で待っています」
「杉下も追っかけ還るさ…杉下を幸せにしてやってくれ」
 その言葉に俺は西崎へ視線を向け、小さく頷いた。
 西崎は〝それじゃあ〟と言い残し、踵を返した。俺はバスに乗り込み、フロントガラス越しに遠ざかる西崎の背中を一瞥して、長時間の乗車に備えてバックからカフェオレの缶を二つ出してシートに着いた。
 程なくバスは発車した。心の中は複雑だった。新たな出発の地、そして程なく迎える事になるであろう杉下の命の終局の地への旅立ちが自分にとってどんな意味を持つのか、測りかねていた。

fin

2015年11月3日火曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その二

…続き

 西崎がこちらに向かって歩を進めてきた。俺の前に立つ。
「君にとって、愛とはひたすら待つ事なのか?愛とはもっとアクティブなものなのではないのか?相手の意思を無視してでも、強引に自分を押し付ける事が相手の幸せになる時もある。今の杉下はまさにその時なのじゃないのか?」
「それが誰も望まない結末に終わる場合も有りますよ。現に十年前がそうだった」
 西崎の痛いところを突いてやった。その怒気を受け流す。
「…君も相変わらず無礼だな」
「別にあなたの事だけを言っている訳じゃ無いですよ。安藤さんも俺も、そして杉下も、皆んながそれぞれ誰かのために動いた結果があの事件で有り、その幕引きとして皆んなががそれぞれのエゴを貫いたが故にあなただけが罪に問われた」
 俺は事件の本質に関する持論を打った。
「またその話か。しつこいな君は。そして杉下のエゴは俺だ、と続くんだろう」
 西崎が服役している間、府中で何度となく西崎と交わした議論だ。西崎の口調が説得調になった。
「何度でも言うが、杉下はあの時君との関係を再開させるキッカケとして俺に協力したのだし、偽証したのも、君を守るためだ。彼女は俺が偽証を要求しても拒絶した。しかし君の指示は受け入れた。つまり君のためなら偽証出来たということだ。それが全てだよ。君は杉下が作戦に協力した理由を俺に対する愛故だ、言うのだろうが、それは今この段で議論しても意味がない。大事なのは、あの時杉下が誰との未来を思い描いていたか、誰の未来を守りたかったのか、そして今誰がその思いを汲んでやれるのかだと思うが、違うかね?」
「…」
「それは俺ではないし、安藤でもない。君なんだよ、成瀬くん」
 俺には事件処理に関して、西崎に対する負い目がある。服役中の西崎を何度も訪ねたのは、そんな心理からだ。
「…俺は自分のエゴのためにあなたを切り捨てた。あなたの論理で言えば、杉下もあなたを切り捨てた事になる…」
「…何が言いたい」
「あなたを切り捨てた杉下を、なぜあなたはそうまでして思いやれるんです?事件の時あなたは杉下を俺に託そうとした。杉下の病気を俺に伝えてきた。そして今もそうだ。…あなたのNは本当に奈央子さんだったんですか?」
 俺は事件の日に浮かんだ疑問、府中で議論するたびに大きくなっていった疑問を西崎にぶつけた。
「あなたの本当のNは杉下希美だったのではないんですか?」

続く…

2015年11月2日月曜日

【二次作品】成瀬と西崎の会話 その一

 東京駅八重洲口のバスターミナルに着いた。時刻は二十時十五分を少し廻ったところだ。どれだけも片付いていない荷物を徹夜で梱包して漸く送り出したのが今日の午前中。午後は役所や郵便局、その他諸々の諸手続きをこなして、漸く部屋を出たのが七時近く。部屋の鍵は不動産屋が最後の確認に来た際に引き渡した。
 島を出て十五年。途中幾度か住まいを移したが、それでも島にいたのと大差ない時間をこの街で過ごした。島の時間には物心つく前の幼少期も含まれるから、実質的にはこっちでの時間の方が長いと言っていいかもしれない。でも、特別何か思い入れがある訳ではない。多すぎる人、多すぎる車、多すぎる情報、多すぎる明かり、多すぎる情念。何もかもが濃密過ぎる。刺激が多くて飽きない、という意味では若い時分には有難かったけれど、三十も過ぎればそれが絶対的な価値を持ち得ないという事位は判る。今この街を離れ島に戻る事をこの街の人がどう思うか、島の人がどう思うか。人によっては負けて帰った、と取るだろう。ではそう思っている人は勝者なのか?そうではないだろう。人の幸せなど人それぞれ。他人の価値基準で自分を測る事ほど愚かしい事はない。自分には自分の価値基準が有り、その価値基準に沿ったその時々の選択の連続として今がある。そしてそれは死ぬまで続く。死ぬときに、良い人生だったと言えるよう、今とこれからを生きるしか無い。自分はそう信じる。そして杉下にもそうであって欲しい。
 
「なぜ杉下がいない」
 背後から大きな声がした。〝杉下〟という単語に引っ掛かりを覚え、とっさに振り返った先に、西崎が壁に背を預けて立っている。『ああ、面倒くさい奴に捕まった』そう思った。昨日西崎にメールを送ったのを後悔した。そんな気持ちが自分の顔に出たのだろう、西崎は先ほどより明らかに不機嫌そうに語気を強めて言った。
「なぜ杉下を連れていない」

続く…

2015年11月1日日曜日

杉下の『究極の愛』は『成瀬に対する罪』を杉下自身に対して隠蔽する心理システム

杉下の『究極の愛』は罪の共有であり、これ自体はさざなみの事件処理を契機に杉下に形成されたものです。
一方、彼女の独立心は実はその起源はお城放火未遂の際の『何もいらん』です。この時杉下は自分を救ってくれる存在が成瀬である事を自覚しながら、一方で成瀬が自分のためなら、簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまうのを観た。自分を救う=成瀬が危険を冒す様を見てしまった。だから成瀬を巻き込む事を恐れた杉下は成瀬を遠ざける=『何もいらん』を言わざるを得なくなった。自分を救ってくれると確信した存在を、その存在を護る手段として遠ざけざるを得ないという強烈なジレンマを抱えた。それが翌日のさざなみの火事で成瀬が本当にやった!と誤解した。『大事な場所』に対する同じ感情を共有していた杉下はその導火線は自身のお城放火未遂だという強い後悔=罪を抱え込んでしまったんです。ですから、『何もいらん』がさざなみで『成瀬に対する罪』プラス『成瀬に頼ってはいけない』になり、『成瀬に頼ってはいけない』が『誰にも頼れない』が形成されたた訳です。ですから、彼女の独立心は人を頼る事に対する罪意識及び驚怖なんです。

ですから、以後の杉下の独立心はバルコニーでの『誰にも頼らん』宣言が起源ではなく、この『誰にも頼れん』が起源であり、『究極の愛』とセットなんですね。

で、実は『究極の愛=罪の共有』は杉下の『成瀬に対する罪』を杉下自身から隠蔽するためのものだったと、今は取っています。

頼れる存在に対する、頼る事に対する罪意識。なら、会わなければいい。会わなければ頼る事もないし罪意識を感じる事もない…

こんな強烈なジレンマと自身の後悔及び罪意識から彼女の精神を保護するために『究極の愛=罪の共有』でオブラートしたものなんです。

2015年10月31日土曜日

成瀬はでも杉下の連絡先知らないのにどうやっておとしまえつける気だったの?

西崎の出所を待っておとしまえを成瀬はつける気でした。
その内容はさざなみの暴露です。プロポーズする意思は無かった。
もしプロポーズする意思が事前にあったなら彼は島へ帰る事を事前には決めていないと思います。
ただ西崎のいう『究極の愛』たる自分がもし杉下の西崎への思いの足枷となっているんだとしたら、それは解いてあげよう、それには彼女が勘違いしているさざなみの真相を伝えるのが一番、と成瀬は考えたのだと。

で、この論で反論があるのは、
1.事前に成瀬が連絡を取る意思があるなら、なぜ自ら携帯番号を変えたのか?
2.杉下も電話番号を変更していて、連絡先がわからないのに、どう連絡を成瀬は取るつもりだったのか?

この二点だと思います。

1.については、現在私は『怒りの決別説』を取っています。つまり杉下のN=安藤と誤解した成瀬は杉下に対して怒りを持って決別した、手繋ぎは怒りの決別宣言、という見方です。だから彼はもう杉下とは接触しない、したくも無い、という意思で自分の携帯を変更して恐らく勤め先も辞めた。

2.については成瀬は楽観していたと思います。高野が短い島への旅の間に杉下の母親の勤め先と住所を聞き出せていた訳で、ネイティブ島民である成瀬も同じ情報を掴むのは造作ない、と思われます。洋介側のツテもあるでしょうし。彼は島でそれをするつもりだったのが、高野から杉下の連絡先を聴いた事から手間が省けた訳ですね。

ここで『杉下も成瀬の連絡先を調べられるんじゃ?』という疑問が出るかもしれませんが、それは不可なんです。
杉下は曲がりなりにも家族が生存しており、どうやっても自分を隠蔽できませんが、成瀬は孤独です。母親は生きていますが成瀬は母親を許せていません。母親は父親の葬儀すら顔を出していないからです。ですから、成瀬は母親にさえ自分の連絡先を隠蔽したと思われます。あとは友人らにも自分を隠蔽すれば、成瀬側ではそれが可能なんですね。

参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その1〜3
『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要
成瀬のおとしまえ その一〜三

2015年10月30日金曜日

なんで警察は成瀬のバイト先に事情を聴かないの?

たまにやる、アンタッチネタです(笑)

警察は成瀬のバイト先のシャルティエヒロタに、事情は聞かなかったんですかね?

オーナーシェフは安藤がプロポーズする『ノゾミ』ちゃんと成瀬が会っていた女の子が同一人物であるのを知ってたんですから、シェフに聞けば一発で偶然の偽証はひっくり返るんですけどね…

アンタッチャブル、アンタッチャブル!

2015年10月29日木曜日

成瀬のおとしまえ その三

…続き

仮に杉下のN=西崎とするなら、彼が10年も杉下から離れていたのは西崎に対する杉下の感情へ介入しないため。
そしておとしまえをつけるのも、かれが西崎に差し入れしていた事実から西崎から杉下の『究極の愛』の相手が自分である事を聴かされていたであろう 事が予想されます。つまり成瀬としては、自分の判断としては杉下のN=西崎であるが西崎にはそれが自分に見えている。そうであれば西崎が出所した のを契機に杉下に自身の感情を伝え(=プロポーズ)、併せてさざなみの真相を打ち明ける。
それで杉下が西崎を取るなら、それもよし。杉下が自分を 選ぶならそれもよし。いずれにせよ自分という杉下の足枷(西崎のいう『究極の愛』であり、それが罪の共有)を外す(=さざなみの真相を明かす)し て、彼女に判断を委ねる。
それが彼の杉下に対するおとしまえだったのだろうと考えます。

ただし、私は成瀬は事件の際に、杉下のNについて二重の誤解をしたと取っています。最初の段階では杉下の作戦への参加理由の類推から西崎と考えて いたのが、成瀬の面白い特徴である、杉下の自分へ向けた行動の意図を読み誤る、という癖からそれを安藤と彩度取り違えた、というものです(そして ここが味噌ですが、この時成瀬は杉下に対して怒りを抱えていた、というのが論考的誤解説)。

しかし、時がたち、冷静に当時の状況を推測すれば、やはり杉下の行動意図は西崎にあるように見える。だから現代編では成瀬は杉下のN=西崎ととっ ていた、というのが現在の考えです。

参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その1~3
成瀬は杉下のN~安藤と誤解した? 1~4
『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要
成瀬は杉下のN=安藤が誤解だと、何で気付いたのか?

2015年10月28日水曜日

成瀬のおとしまえ その二

…続き

気になる描写があるんですね。成瀬と高野が再会した際の言葉。『島で考えたい事があって』。彼がこのタイミングで考えたい事とはなにか?
西崎に対しては、彼は府中の西崎に何度も差し入れをしているため、あえてこのタイミングでおとしまえをつける必要はない。
安藤に対しては、彼がおとしまえをつけるべき立場ではない。彼がもしおとしまえをつけるべき相手がいるとすると、それは杉下となる。

彼はおとしまえをつける意思があったのか?と考えるとヒントがあるんです。
それは『島で考えたい事』の存在と父の墓参り。それを西崎の出所直後に行った。
これは杉下に対して西崎の出所を契機におとしまえをつけようとしていた彼の意志の発露だと思うんです。
つまり、彼は西崎の出所に合わせて杉下に対してさざなみの真相の伝えようと考えていた、という事だと思うのです。

で、もし成瀬の誤解が安藤であるなら?
杉下と安藤の関係は四人の関係性の中でその後も接触があっていい関係であり、成瀬がそう誤解しているなら成瀬は杉下との間におとしまえをつける必 要はない。だから成瀬は特段考えていなかった。高野と島であい、誤解だと気付くまでは…。安藤誤解説にたつならこうなります。つまり上の示唆は否 定されるわけです。

続く…

2015年10月27日火曜日

成瀬のおとしまえ その一

杉下、成瀬、安藤、西崎はスカイローズガーデンの事件についてそれぞれどうおとしまえをつける魂胆だったのでしょうか?

一番判りやすいのは西崎ですね。西崎は事件で自らのエゴで秘密を抱えこませた杉下を幸せにしてあげることが彼のおとしまえだった。
安藤も西崎の出所をまって帰国した、と杉下に伝えているので、それを意識していた。そして彼のおとしまえは、「真実を知りたい」という名目での 『三人に赦しを得る行脚』。
杉下は西崎を切り捨てた事に対する謝罪。先に西崎が現金書留を送りつけてきた事から自ら動いた結果とはなっていませんが、西崎の出所日を事前に把 握していましたから、何がしかの事を考えていたのは明らかです。

で、残るのが成瀬なんですね。
実は彼に関しては彼が事前におとしまえをつける意思があったか、直接は描写されていないんです。他の三人はそれに相当する描写があるのに。
成瀬が10年間接触を絶ったのは、事件における杉下のNを誤解したからです。本当は杉下のN=成瀬なのですが、彼は自分以外のだれかだと誤解し た。だから接触を絶った。もし杉下のN=自分と考えていたなら、西崎の刑が確定してしまえばこれほど長期に杉下と接触を立つ必然性がないからで す。さざなみと異なり既に犯人は特定されているわけですから。

続く…

2015年10月26日月曜日

杉下に安藤に対して気持ちがない事の証拠

自分で書いていて、今更なんですが杉下に安藤にへの恋愛感情が存在しない事の証拠をもう一つ見つけました。

それは、西崎の奈央子救出に協力する事です。
作戦に杉下自ら噛む事自体が杉下には安藤に対する恋愛感情が存在しない事の証拠でした。

つまりこういう事です。

N作戦時、杉下と安藤は若い恋人関係として野口夫妻に接近しています。そしてその関係の偽装は続いていた。実際奈央子も西崎に接触するまではそう 見ていた。
それは杉下自身も野口に「僻地でも安藤についていくか?」と問われた際に「ついて来いと言うなら」と答えている。安藤派の方はこれを杉下の安藤へ の感情の根拠としている。
でも、安藤に対してそのような感情は無くても、野口夫妻へのこれまでの偽装を考えれば、この時杉下は野口に対してそう答える事は十分理由が建つ。 だから、この発言は杉下の安藤への恋愛感情の証拠とは出来ない。

で、話しを元にもどすとして…

もし仮に杉下に安藤に対する恋愛感情があったなら、彼女はN作戦2には参加できないはずなんです。

もし杉下自身が安藤に恋愛感情があったなら、そして野口もそう見ている環境で安藤の彼女たる自分が野口と奈央子の関係に介入行動を取った場合、そ の事実は野口も知る事になる。その時、野口自身が杉下の恋人と思っている安藤に何を感じるか?
部下の恋人が自分と妻の関係に直接介入されたら、その部下の事をどう思うか?当然いい顔をしていられませんよね?

『安藤は作戦の事しらないから』と杉下に言わせ、さも安藤を作戦外においておこうとしているかの如く演出されていますが、冷静に考えれば安藤が無 関係であれる筈は無く、杉下に安藤に対する感情があるなら、N作戦2には参加できないはずなんです。

という事は逆説的に杉下には安藤に対して恋愛感情は持っていない、という結論になるんですね。

参照
成瀬派安藤のプロポーズ情報で杉下の恋人が安藤と誤解するか?

2015年10月25日日曜日

杉下の特徴と成瀬の関係性 その二

…続き

最後は『トラウマ』です。
杉下は成瀬のさざなみの真相の暴露に火で両親と父親の愛人が消えた、と成瀬に告げています。これはつまり彼らに連なるトラウマが火をつけたと思った成瀬に還元されていた、それらは成瀬を通じての関係であったとという事です。
実際に安藤のサプライズあるゴンドラの経験から杉下は『冷蔵庫』のトラウマから解放されました。
ゴンドラの経験で実現したのは、『水平線を見たい』(※元は“まっすぐな水平線”だったものが“高いところから見る水平線”に変質している)という野望です。これで杉下の全ての野望が実現した。この経験が冷蔵庫のトラウマを解消したという事は杉下の中では野望とトラウマがリンクしていて、その野望は成瀬に還元されているわけですから、実は杉下のトラウマも成瀬に対して還元されている事が判るのです。

トラウマが成瀬に対して還元されている例がもう一つあります。
早苗が野ばら荘を訪ねた際の杉下の反応です。この時杉下は最大のトラウマである母親の出現に『誰にも頼らず生きたい』といい、西崎の問いに『助けて、って思った人はいる。でも言えなくて』と答えています。つまりトラウマと『成瀬に助けて!といってはいけない(禁止)』がリンクしているんですね。

このように、杉下を特徴付けている『野望』、『誰にも頼らん!(頼れない)』および『トラウマ』は実は全て成瀬に対して還元されているんです。ですから彼女の行動意図及び判断、心理は全て成瀬に対する彼女の感情の影響を受けている、と考える必要があるんです。

参照先
杉下の野望の本質
杉下の『何もいらん!』の意味
島での出来事の還元先としての成瀬
ゴンドラで杉下が解放されたもの

fin

2015年10月24日土曜日

杉下の特徴と成瀬の関係性 その一

杉下にとっての成瀬とはいかなる存在であったのか?
これを改めて考えてみたいと思います。

杉下を特徴づけているのは『野望』に象徴される上昇志向、『誰にも頼らん』の独立心、そして冷蔵庫とドレッサーを代表とする『トラウマ』です。これらと成瀬がどのような関係にあるか考えます。

これらは全て両親及び父親の愛人との関係性から生じたものですが、実は全て成瀬に対して還元されているのです。

先ず『野望』からです。
杉下の野望の本質は高校生として出来る現実的対応以上のものを必要とされた反動、空想上の逃避先です。ですから本来島を脱出した時点で用無しになるはずのものだった。しかしそれ以降も彼女が野望実現に邁進したのは、バルコニーでの初心表明、Nチケットおよび頑張れエールでそれが成瀬との約束になったからです。つまり杉下にとって野望の実現は逢いたくても逢えない成瀬と自分との繋がりの確認行為だったのです。こうして野望は成瀬に対して還元されているのです。

次は『誰にも頼らん』です。
これは実は島での境遇から発生したものですが、実は成瀬に対する感情にすり替わっています。杉下が母親の妄動に切羽詰ってお城放火をしようとしました。それを成瀬が止め、代理放火しようとした。その際の成瀬の『俺に何が出来る?』に対する返答『なんもいらん!』がその後の彼女の独立心の根源なのです。
その翌日のさざなみ炎上とも関係するのですが、杉下はこの一連をみて、成瀬が自分との関係において、いとも容易く『今にも崩れそうな吊橋』を渡ってしまうのを見て、自身の救世主たる成瀬に対してさえ『頼ってはいけない』が刷り込まれたんです。ですから彼女の独立心は元の『誰にも頼らん(意思)』がこれ以後『誰にも頼れん(禁止)』になってしまった。こうして彼女の独立心は成瀬に対して還元されているんです。

続く…

2015年10月23日金曜日

島での出来事の還元先としての成瀬

あの火を見てたら父親も母親もあの女も消えてったんよ。
成瀬くんが火で私を救ってくれた…そう思った。

この杉下の成瀬に対する言葉は彼女の中での成瀬という存在がどのようなものであったのかをよく表していますね。
成瀬は彼女にとって解放者、救世主なんです。どうしようも無いしがらみから自分を解き放ってくれた存在なんですね。
それと同時に、父親も母親も父親の愛人も成瀬という存在を通しての存在となった。つまりその存在が成瀬に還元されたという事です。それがどういう意味かと言うと、これら三人及びその三人に繋がる色々な記憶、そしてトラウマが成瀬を通してのものとなったために殊人間に対する感情面で直接対峙しないで済むようになった、という事です。さざなみ以降少なくとも父親とその愛人に対しては直接的な感情の爆発は発生しませんでした。つまりそれは過去の事となったんです。
ですが一方で島でのすべての事が成瀬に還元されたが故に、成瀬に関する感情に伴いその都度島で味わった辛さなども同時に呼び出されるようになったはずです。

ただ、ここで重要なのはさざなみの火で、島での出来事が全て成瀬に還元されていたという事です。

のちにスカイローズガーデンが発生するのはこの当時究極の愛の対象から成瀬が外れていたためですが、それはゴンドラで杉下の冷蔵庫のトラウマが解消したからなんですね。つまり成瀬に島での出来事が全て還元されていたわけですから、島でのトラウマ解消はすなわち囚われとしての成瀬も解消された、という訳です。

参照
ゴンドラで杉下が解放されたもの

2015年10月22日木曜日

成瀬は安藤のプロポーズ情報で杉下の恋人が安藤と誤解するか?

ガルちゃんの考察を読んでいて、不思議な論を見ました。
成瀬が安藤のプロポーズの意向を知って、安藤と杉下が恋人関係である、と成瀬が誤解したという論です。

ここで一つ前提としたいのが、成瀬は他人の行動意図を、それが杉下の自分に向けられたものでない場合には非常に正確に類推出来る、という特徴があります。

この前提に立った上でこの時の成瀬の類推を追ってみたい。

成瀬は安藤と野口が会社で直接の上下関係である事は事前の打ち合わせで知っている。そしてプロポーズ予定が野口からもたらされた情報であるから、野口も安藤と杉下をそういう関係だと理解している。
杉下が安藤に恋愛感情があるなら、自分が野口からそう見られている事を当然理解しているはず。杉下が野口夫妻の間に介入したら野口にも当然知れる。杉下は恋人たる安藤が置かれる立場をどう考えるか?自分の行動で恋人たる安藤の野口に対する立場が悪くなる事が予想されるわけで、恋人たる杉下にそれが許容出来るか?と考えると、成瀬には杉下には安藤に対してそのような感情はない、という結論になる。
だからプロポーズの情報を聞いて成瀬が、杉下と安藤が恋人関係であると誤解する事は無いんです。

2015年10月21日水曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その五

続き…

 西崎、安藤がまず個別に事情の聞き取りを受けている。並んで立つ俺と杉下はひとまず後回しだ。杉下へ指示しないと。
「外からドアチェーンかかっとった事、警察には言わんで」
 俺より先に杉下がそれを口にした。

 安藤が連れられて部屋を出て行く。安藤は杉下へ視線を送り続けている。杉下は視線を安藤と交わさない。安藤が部屋を出る間際に、その背中を一瞥した。
 俺は杉下の手を取った。ブランケットの血で、お互い赤く染めた手を握った。俺は心の中で杉下へ呼びかけた。

〝判っているよ。君が偽証を受け入れる理由も。君にとっては西崎の気持ちを護る事なんだ。判っている。君と、君の気持ちを護る。何としても護る。それが俺の君への恩返しであり、罪滅ぼしであり、愛だ。元気で幸せになって欲しい。君とはもう合わない。これでお別れだ〟

 杉下に声が掛かった。杉下は離そうとしなかったが、少し強めに手を引き、振り切った。杉下を見送る。杉下が部屋を出る間際に視線を交わした。心の中でもう一言呟いた。さようなら、と。

Fin

2015年10月20日火曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その四

…続き

 安藤のバカヤロウ!でもなぜ鍵を掛けた?
 西崎は状況の説明をしていない。西崎は安藤が鍵を掛けたのを知っていた。西崎は安藤と会ったんだ!それで安藤は何がしか計画に気付いた。
 安藤は杉下へプロポーズを予定していた。それが出来なくなる事に気付いた。安藤が知りたかった事はなんだ?杉下がプロポーズを受けてくれるかだ。代わりに鍵を掛け、室内の混乱を作り出して、杉下が自分を頼るかを試した?でも、プロポーズなら後からでも出来る。後からでは出来ないと判断して、今試した。
 後からではダメだと判断した理由は?安藤は作戦の外の人間だ。作戦が終わった後では杉下の気持ちには入り込めないと判断した。入り込めない理由は作戦の参加者にある。
 西崎なら安藤がプロポーズする事にした状況が変わる訳ではない。すると俺だ!安藤は杉下が俺と自分のどちらを取るか、試したんだ。安藤は俺が計画に参加していることと、俺と杉下の関係を知ったんだ。
 偶然、という言い訳が通らなくなる。安藤に鍵を掛けた理由を喋らせてはならない。鍵を理由に、西崎の情状酌量を期待したが、それも無理になった。
 安藤は自分からは言わない。鍵をかけた事も、西崎にあった事も、俺と杉下の関係についても。計画の存在につながる証言はしない。言えば自分ばかりか、杉下が殺害の嫌疑の対象になるのは分かるはずだ。プロポーズしようとした相手を巻き込めない。こちらも鍵がかかっていたことは隠蔽しよう。
 西崎は判っている。だから安藤を威圧した。杉下に鍵の事は話さないよう、指示しなければ…

続く…

2015年10月19日月曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その三

…続き

『どうして、今自分がここに居るのか解った。四年前、杉下は何も聞かず俺を庇ってくれた。今度は俺の番だ』

 改めてゆっくりと周囲を見回した。西崎はすでに覚悟を決めているようだ。落ち着いた表情をしている。杉下はまだ動揺していて、横たわる二人に視線を落としている。どうしたらいいか、混乱しているのだろう。意を決して口を開く。
「大丈夫、全部偶然だって言えば良い。俺と杉下は何も知らんかった。今日逢ったのも偶然…」杉下へ視線を向けて、言い聞かせるように言う。少し声が低くなった。「それでいいね」
 杉下はそれが意味する事を理解したようだ。俺を見て、西崎に視線を移し、床に崩れ落ちて泣いた。そう、杉下、それでいいんだ。
「杉下を護ってやってくれ」
俺は杉下を何としても護る。その身と、彼女の気持ちを。そう決意し西崎に向かって頷き、手にした携帯で警察へ通報した。

 程なくしてインターフォンがなった。〝安藤です〟
 床に座り込んでいた杉下が慌てて玄関に向かう。杉下の声が飛ぶ。
〝入ってこないで〟〝お願い、待って!〟
 杉下の制止を振り切り、安藤がリビングに現れた。部屋の有様に声を失ったようだ。杉下が力無く、先ほどと同じく俺の右隣に立った。耐えきれなくなったのだろう、安藤が口を開いた。
「何があった」
「逃げられなかった」
 そう返す西崎の安藤への視線が厳しい。安藤はその視線に耐えられないのか、俯き、小さく呟いた。
「俺のせいだ」
 その言葉に、杉下は安藤を見つめていた。感情の抜け落ちたような視線だった。
 直後、警察が入って来た。

続く…

2015年10月18日日曜日

【二次作品】 成瀬の認識 その二

…続き

 外のチェーンが掛かっていた。西崎が入室後何者かがチェーンを掛け、脱出出来ない状況になったということだ。
 玄関が荒れていた。そしてダイニングも。争ったのは奈央子を救出に来た西崎と野口だ。二人の取っ組み合いは玄関から始まり、ダイニング、そしてリビングへ場所が移った。

 どのように取っ組み合いは、はじまった?
 西崎が入室後、直ぐ野口との取っ組み合いが始まったのなら西崎は脱出可能だ。チェーンが掛けられるまで若干の時間差があるはずだから。奈央子が既に野口に捕まっている場合は西崎は奥まで立ち入る事になる。取っ組み合いは玄関からは始まらない。
 だから奈央子は西崎が入室した段階で玄関にいた。取っ組み合いまで若干の時間もあった。

 玄関に一人でいた奈央子をなぜ西崎はすぐ連れ出さなかった?
 奈央子が渋ったからだ!西崎はそれを説得していた。その間に鍵がかけられた!

 そのうち野口がやってきた。野口が現れたのが偶然なら花屋の配達で済ます事ができる。野口は奈央子の不倫相手としての西崎を認識して現れた。なぜ野口に判った?
 野口に漏らしたのが奈央子なら、野口は最初から玄関にいる。漏らしたのは奈央子ではない。書斎で野口を引き留めていた杉下が野口に作戦を漏らしたんだ!
 杉下は何を狙った?野口と西崎を揉めさせて、警察沙汰にしようとした?西崎が口にしたアイデアだ。あえて警察沙汰にしようとしたということは、想定外に何かを野口から守る必要が生じたという事だ。
 杉下は何を野口から守ろうとした?西崎ではないし、当然俺でもない。奈央子なら当初の計画でいい。残るは安藤だ。安藤に関して、杉下は野口から追いこまれ、安藤を守ろうとした!

 どのように二人は亡くなった?
 計画は奈央子を救出するためのものだ。西崎と杉下は奈央子を殺害しない。西崎がやったのなら野口だ。その場合野口が奈央子を殺害した事になる。本当にそうか?
 野口と西崎が揉めていた。野口が奈央子を刺すには一度西崎から離れて奈央子に向かわなければならないが、それには西崎が延びている必要がある。西崎が延びていたとする。野口が奈央子を刺した直後に西崎は燭台で野口の後頭部を殴打しないといけない。それは延びた人間には無理だ。西崎には野口を殴打出来ない。杉下が野口を殴打した?
 杉下は血に汚れたブランケットを持ち、服も汚していた。介抱したという事だ。殴打した相手をその直後に介抱するなど無理だ。奈央子を刺した野口を西崎も杉下も殴打していない。

 そうすると、野口が先に殴打されたのちに奈央子は刺された。 もみ合っている相手の後頭部を西崎が殴打するのは不可能だから、西崎では無い。野口を殴打したのは杉下?でも殴打直後に杉下が介抱など出来ない。
 野口を殴打したのは奈央子だ。そして奈央子は自殺を図った。心中だ。杉下は介抱した。西崎は奈央子の罪を被ろうとしている!

 奈央子は野口から離れる気など無かった。でも奈央子は自ら西崎に来ることを求めた。なんの為に?あの時部屋にいたのは杉下だ。野口が西崎と奈央子を疑っていたと同様、奈央子は杉下と野口の関係を疑っていた?奈央子は西崎に杉下を野口から引き離したいが故に、西崎を呼んだんだ!だから奈央子は部屋を出なかった!

 西崎を救う方法はないか?西崎が罪をかぶる必要はない。
 正直に証言したら?奈央子はDVを受けていた。だから3人で協力して奈央子を助けようとしたが外鍵が掛けられていて脱出できず、心中となった…
 ダメだ。作戦の結果が心中など警察が信じない。杉下が殺害の関与の嫌疑にさらされる。展開によっては杉下が犯人にされかねない。杉下を守る為には西崎を切るしかない。作戦は無しだ。

 警察は三人の関係も調べる。俺と杉下はさざなみで繋がっている。当然作戦を一緒に練る関係性を疑う。偶然、それを装う。それで突っ切る。

 西崎、あなたの気持ちは痛いほど分かる。俺も杉下を犯罪者にしたくない一心で、彼女を苦しめる、追われた実家に代わりに火を付けようとした事がある。あなたは本来背負う必要のない罪を被ろうとしている。あなたをなんとかして救いたい。でも、あなたを救おうとすれば、杉下が殺人犯にされかねない。それは俺には出来ない選択だ。だから申し訳ないが西崎、あなたを切る…

 杉下、すまん。西崎を切る。そうでなければ君を守れない。君の気持ちが西崎にあるのは判っている。人妻強奪のような作戦に、父親から追い出された君が協力するのは君に西崎への気持ちがあるからだ。俺が協力する、なんて言わなければ、こんな事にはならなかった。本当にすまない。

続く…

2015年10月17日土曜日

【二次作品】 成瀬の認識

『助けて、助けて成瀬くん!』

 コンシェルジュから渡された受話器の向こうから、杉下の助けを呼ぶ声がする。
「す、すぐ伺います」
 杉下に向かってそう告げると、コンシェルジュへ入り口を開けるよう要求した。
 エレベータホールに入り、上部階行きのエレベーターを急ぎ呼ぶ。料理を乗せたカートはホールに入ってすぐ放り出した。幸いにも上部階行きエレベーターの一つは一階で待機しており、直ぐさま飛び乗り四十八階を目指す。
 ポケットから携帯電話を取り出し、杉下がかけて来た時直ぐ出られるよう備えた。高速エレベーターだから相応の速度で上昇している筈なのに、随分もどかしい。ようやくついたフロアに飛び出し、野口宅を探した。
 程なく見つけた野口宅のドアに取り付き、開けようとした時ーーー凍り付いた。外からチェーンが掛かっている。ええい!と、もどかしくチェーンを外してドアを開け放ち、野口宅に入った。

「杉下ー‼︎」

 玄関ホールの靴が乱れている。廊下に西崎が持ってきたであろう花束が落ちている。踏みつけられたのだろう、形がひしゃげている。茎から落ちた花が数個、離れたところに落ちている。右手には棚から落ちた靴が幾つも床に散乱しているのが、視界に入った。そしてーーー廊下の突き当たりに杉下が立っている。
 杉下が動揺している。瞳は不安に揺れ、涙を溜めている。唇は細かく震え、血の気が引き青い。杉下のお気に入りであろう、イエローのカーディガンは腹部が血で染まっている。左手には真っ赤なブランケット。
 ゆっくり杉下に近寄り、彼女からブランケットを引き取る。そして部屋へ入った。背後から小さく、かすれた彼女の声が聞こえる。
「成瀬くん、ごめん…」

 リビングに入り息を呑んだ。喉が急速に乾く。
「…どうした?何があった?」
 二人が横たわっている。唇を腫らし、こめかみにアザのある西崎の傍で倒れている女は腹部を赤く染めている。手前の男は血に汚れたナイフを右手に持ち、こちらに向いた後頭部からの大量の出血は床まで広がっている。西崎の隣のテーブルには、血のついた燭台。揉めた跡だろう、隣のダイニングの食器類の破片も西崎の奥に落ちている。
 俺の右隣に杉下がフラフラと立つ。高校の頃、二人でいる時の彼女の定位置だ。西崎が口を開いた。
「作戦は失敗だ。警察に通報してくれ。警察には作戦の事は黙っておこう。俺が一人で奈央子を連れ出す積りだった」
「でも…」
 俺は必死に状況を把握しようと努める。

続く…

2015年10月16日金曜日

独白 その7

彼女が、マリア様があの時私の事をどう思ってくれていたのか?
それが私にとっては未だに『今の問題』です。
三十年経過して、彼女にはとっくの前に『昔の事』になった事が未だに自分には『今の問題』なのです。

私の『今の問題』を解決するには彼女には既に『昔の事』である事を蒸し返さなければならない。彼女の事を思うなら触れないのがいいのは明らか。でもそれでは自分の『今の問題』を解決出来ない。

この『今の問題』は自分だけのものなのだろうか?自分のみに責があるのか?
彼女に責は無いといえるのか?でも彼女に責があるといえるのか?

好きだといってくれている人がいる
もう、昔の事
恥ずかしいという名のシカト
もし、これらのどれか一つでも、何か違うものであったなら。違う表現であったなら?

彼女が彼女の言葉で返事をしてくれていたら?
彼女から直接プレゼントを受け取っていたら?
彼女があの日、泣き崩れていなければ?
彼女が私に笑顔を見せてくれたいたら?

進んだ高校が別々の方角で無かったら?
自分の進学先と彼女の就職先が近くで無かったら?

全てが彼女の責ではない。
全てが自分の責でもない。
それぞれが負い様の無いものもある。

どれか一つでも違ったならという思いと。
なぜ自分が抗えなかったのかという思いと。
彼女がこうであったならという思いと。

この歳になってまで、運命という言葉で納得できるほど大人になれていない自分が情けない。

2015年10月15日木曜日

杉下と成瀬 相互を縛り付けているもの

最近、杉下と成瀬を相互に結び付けているものについて、以前とはちょっと違う感覚を持っています。

勿論、二人を直接的に繋いでいるのはさざなみにおける偽証ですが、お互いがお互いに強く縛り付けているものは相互に違うように思います。

二人を相互に強く縛り付けているものは、それぞれに対する罪の意識だと思うんです。

杉下は自分がお城への放火をしようとした事が成瀬のさざなみへの放火の導火線となった、という成瀬に対する罪の意識。
成瀬はさざなみ放火について父親を護りたいが故に杉下の勘違いとそれに伴う偽証を利用し、且つそれをずっと杉下に正さなかった事に対する罪の意識。

確かにその両者を繋いでいるのはさざなみに関する偽証ではあるけれど、その実際は偽証について罪(嘘)を共有したわけではない。杉下は共有したと思っていたけれど、それは勘違いだったわけです。結局二人は罪を共有した訳ではなくって、それぞれがそれぞれに抱えている罪の意識が故に相互に縛り付けられていた。

二人の辛さの根本であるその相互の縛りが、最後まで二人の繋がりを保ち続け至福へと導いた決め手であったと思うと複雑です。

本当にテーマソングのタイトルが『Silly』である、という事の意味が重く感じられます。

2015年10月14日水曜日

杉下の『何もいらん!』の意味

お城放火未遂の際の、成瀬の『何が出来る?』に対する杉下の『何もいらん!』
この杉下のセリフ、みなさんはどのように取られたでしょう?
一つの取り方として、杉下の独立心の発露という見方がありますが、私はそうとっていません。

これは彼女の独立心の発露でなく、自分のお城焼くという衝動に成瀬が躊躇なく代理放火をしようとした行為を見て、自分の衝動を成瀬にぶつけたら、成瀬が何をするか知れない、巻き込んではならない、頼ってはいけない、甘えてはならない、という抑制が働いた為です。

教室で成瀬にシャーペンで助けを求めたにも関わらず、それを口に出来なかったのも、自身のどす黒い衝動に成瀬を巻き込み兼ねない事に躊躇したから。

彼女の『だれにも頼らん!』は、母親に対する反発から形成されたものではありつつ、成瀬のお城放火未遂に対する反応から、自らが頼る事に対する、相手の反応(巻き込み)への怖れから来ている、という理解です。

このときの杉下の経験はかなり複雑ですよね。
この経験で、杉下は成瀬が自分の危機において自分を救い出してくれる救世主である事を痛感したにも関わらず、成瀬がいとも簡単に崩れそうな吊橋を渡ってしまう、それゆえ成瀬を頼る事が憚られるという二律背反、ジレンマを抱え込んでしまった。このジレンマを解消するには杉下は『だれにも頼らん!』を張らざるを得なくなった。自分が救世主だと思っている相手にさえ頼る事が出来ない以上、だれも頼れないのは理屈です。
このジレンマが後の『成瀬くん、ごめん』であり『甘えられん』に繋がっているととっています。

このあたりも、成瀬に対するトラウマを親に対するトラウマの如くカモフラージュするすり替え演出がされているのかな?と感じる部分です。

参照
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』
成瀬は杉下の救世主

2015年10月13日火曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過 その3

…続き
このような形で、システムの要素のうち(制御因子)と本来(出力)である条件が先に揃ってしまった。元々杉下は西崎に対して心理的シンパシーを感じており、且つ串若丸での西崎の話から更なる心理的接近を強いられた。そのような心理状態でシステムの(出力)と(制御因子)が条件を成立させ、杉下の『究極の愛』の精神保護機構が逆回転を起こし、西崎に対する感情の盛り上がりが発生した、と理解しています。

周囲の条件が揃う事で気持ちが盛り上がる、という心理は十分ありうる事です。
特に若い頃には自分の周囲が特定の誰かとの関係を取りざたするだけで、その相手の事を意識する、という心理はいくらでもあります。

杉下の場合、かなり複雑な心理を抱えていますので、上記のような単純な条件ではありませんが、状況さえそろえば同様の現象は起こりえますし、まさにこの時、それが起きた。
そう判断しています。

参照
ゴンドラで杉下が解放されたもの
西崎の「罪って、どんな罪だ」に対する杉下の戸惑いの表情
杉下の『究極の愛』の構造

2015年10月12日月曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過 その2

…続き
この段階で、入力側の“成瀬”はゴンドラ以降の心理変化で外れています。

そして成瀬の作戦参加表明によりシステムの(制御因子)と(出力)が条件として揃ってしまった。
まづ最初の条件が、串若丸で泥酔した杉下が西崎に負ぶわれて帰った事。このとき杉下は西崎の背中に頭を垂れました。杉下にとって男の背中に頭を垂れる行為は特別な意味があります。成瀬との早朝デートで成瀬への感情を自覚した際、成瀬の背中に頭を垂れました。どちらかというと不可抗力と思えますが、これが彼女の心に残ります。

二つ目の条件が、西崎の不倫及び奈央子を助けたい、という気持ちを知ってしまった事。
杉下にとって夫婦関係にある男女間に恋愛感情を持って割り込む事は罪です。つまり西崎が罪を犯そうとしている事を知ってしまった。そして作戦が具現化する事でそれが具体的罪、及びそれへの協力が『罪の引き受け』と杉下の中で位置づけられたのです。

三つ目の条件が成瀬の作戦参加です。
トラウマが外れた杉下は成瀬と再び関係を再開させたい、と願っていました。成瀬との関係の再開=西崎からの離脱=西崎から身を引く、と杉下の中で位置づけられました。

つづく…

2015年10月11日日曜日

杉下の『究極の愛』が西崎に働いた経過

杉下の『究極の愛』という名の精神保護機構が、なぜ西崎を対象に働いたのか、そのプロセスを検討します。

安藤に乗せてもらったゴンドラにより杉下の心理変化が発生します。その内の一つが、この『究極の愛』という精神保護機構が働く対象から成瀬が外れたんです。これには杉下自身が暫く気付いていません。成瀬の作戦参加を知らせるメールで、漸く『逢ってはいけない』という心理が働かない事に気付きました。
そして、この時から杉下の『究極の愛』の精神保護機構が西崎を対象に働き出した、と見ています。

なぜ『究極の愛』が西崎を対象に動きだしたのか、というとシステムの環境がそろってしまったのです。
杉下の『究極の愛』のシステム構造は下記の通りです。

(入力)成瀬が好きで堪らない
(制御因子)誰にも知られず相手の罪を引き受ける
(出力)黙って身を引く

つづく…

2015年10月10日土曜日

杉下の『究極の愛』の構造 その2

次に起きたのがが汎化・美化作用です。
具体的にはB-4.(出力)が『成瀬に遭わない、遠ざける』→『身を引く』になった。
またA-2.(制御因子)『成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない』が、それが形成された具体的行動である、『成瀬の罪を庇う偽証』→『相手の罪を引き受ける』、『成瀬との関係性の否定』→『黙って』というふうに汎化されました。
多少の要素の組み換えを含みつつ、そこに美化(=究極の)が加わり、『相手にも知られず』という修飾が加わった。
その結果として『成瀬の罪を相手にも知られず半分引き受け、黙って身を引く』という『究極の愛』が完成しました。
この汎化・美化により、上記の変換機構は以下のような表現になりました。

A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)誰にも知られず相手の罪を引き受ける
B-4.(出力)黙って身を引く

これは大学に進み成瀬との関係が長期に渡って途絶えた事に対する反応だと思います。このような形に汎化・美化をさせないと、成瀬に対する気持ちで杉下の心が持たなかったのだろうと推察します。

このように杉下の精神を保護する為に形成された心理機構ですが、それでも杉下を護りきれない時が有ったんですね。早苗さんが野ばら荘を訪れた際の反応です。
成瀬の事を『元気で幸せやったらええな』といいつつ、成瀬に対する思いを変換しきれずに、上記の変換プロセス中の4.のところで杉下の悲しみがあふれ出す光景を見ると、いかに杉下が成瀬を求めているか、があらわされていると思います。

原作で西崎が言っています。「杉下の心の中には、そいつしかいないんじゃないか?ってやつがいる」
原作では具体的には描写されませんでしたが、ここの表現が早苗さんが野ばら荘を訪れたさいの描写になっていると取っています。


参照
杉下の『究極の愛』の本当の意味

2015年10月9日金曜日

杉下の『究極の愛』の構造

杉下の『究極の愛』とは溢れる杉下の成瀬に対する感情から杉下自身の精神を保護する為に形成された精神保護機構です。その自分の中にあるシステムに杉下自身が付けた名前が『究極の愛』。

今日はその詳細な構造について書きたいと思います。

そのシステムは以下のような構造です。

A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
A-3.(変換)成瀬に逢えない
A-4.(出力)悲しい
B-1.(入力)悲しい
B-2.(制御因子)成瀬が好きで堪らない
B-3.(変換)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
B-4.(出力)成瀬に遭わない、遠ざける

Aは通常の心理作用です。ですがこれではいずれ強すぎる成瀬への思いから杉下の精神が持たなくなる。そのためにもう一段の変換を強いられた。それがBの変換機構です。

注目して欲しいのは4.の出力が後段の入力になっており、また前段とは制御と変換が前段と後段で入れ替わっている事です。
この二段階の変換機構が成瀬との棚田での別れ以降に杉下の中に形成された。
お気付きの通り、A-4.とB-1.、A-2.とB-3.、A-1.とB-2は同じです。
ですので単純化されて、A-3からB-3は隠蔽されたんですね。

そして単純化された心理変換機構が以下のとおりです。
A-1.(入力)成瀬が好きで堪らない
A-2.(制御因子)成瀬に遭うのは成瀬の利益にならない
B-4.(出力)成瀬に遭わない、遠ざける

つづく…

2015年10月8日木曜日

【二次作品】 スタッフの問い その6

 シェフ、シェフの想い人がいらっしゃいましたよ!
 連絡しようと、インカムのスイッチを入れ、コールした。外であっても、周囲なら届く。
『フロントより成瀬シェフへ』反応がない。もう一度コールする。
『フロント岡本より、成瀬シェフ!』やはり返事はなかった。
「もう、なんでよりによってこんな時にカムを外してるのよ!」そうとなれば急いで探さないと。

 この朝の早い時間帯にシェフが居る場所は限られる。外に居るはずだが、店内という可能性も有る。外を探す前にまずは店内だ。
 厨房を覗いたが誰もいない。その奥の食品庫もいない。スタッフルームかとドアを開けてもいない。男性用更衣室を勇気を出して入ってみたけれどやっぱりいない。やはり外だ。気持ちがはやる。早くシェフに伝えたい。
 エントランスから外へ駆け出した。テラスの手前に車が数台置けるスペースがあり、仕入れの準備の際はシェフはそこへ車を止めている。きっとそこだ。ゲスト用の小径は通らず、そのスペースへ続く舗装路を駆け上がった。ゲスト用の小径はちょっと遠回りだ。
 ちょっと息が上がってきた。高校までは走っていたけど、ここのところ運動は全くやっていない。やってないと、すぐ体力は低下するんだ、という至極もっともでかつ分かりきった事に妙に納得してしまう。でももう少し、急がないと。
 最後のカーブを曲がり視界が開けた先、軽トラックの脇にシェフが立っているのが見える。シェフーーー!!

「着たよ!」

 テラス側から声がした。シェフの想い人の声だ。何やら紙片を右手に挙げ、合図を送っている。それが何かは判らないけれど、きっと彼女に取って大事なサインなのだろう。
 シェフに視線を戻すと、なんだか妙にぎこちない右腕の動きで軽トラックを指し、

「これから仕入れに行くけど、乗る?」

 これには思わず面食らった。なに?あの不自然な動作は?
 厨房でのシェフの動きはスマートで、男性としては細めの指をしなやかに動かし、繊細な加工が必要なデザートなども綺麗に仕上げる。その動きの美しさに思わず見惚れてしまうのに、今の動きはなに?声も上ずって変。〝何もない関係〟って言ってたけど、本当なんだ。そもそも女性慣れしてない??
 シェフが想い人へ歩み寄る。視線は想い人へ据えられている。やがて二人は並び立ち、シェフが想い人の左手を取った。しばらく愛おしそうにその手を弄ってから、二人は視線を合わせる。シェフの顔は見えないけれど、想い人の顔は幸せそうな笑みをたたえ、シェフを愛おしそうに見つめている。そしてシェフがゆっくりと手を引くと、二人は抱き合った。お互いがお互いをふんわりとした、最上級の軽いシルクのベールで包み込むような、そんな抱擁。それでいて決して離れないという強い意志を感じる抱擁。

〝綺麗…〟

 私は思わず見惚れてしまった。二人を羨ましくも思った。そしてシェフの想い人へのチョットした嫉妬も。

〝シェフ、これからお二人でお幸せに〟

 そんな強がりをしないと、今日は一日持ちそうに無い。

2015年10月7日水曜日

【二次作品】 スタッフの問い その5

 今日は早出のシフトで、夜間シフト者からの引き継ぎを済ませたところだ。この時間は店内の清掃や営業の準備の時間で、私もフロント周りの整理や、今日の宿泊や食事の予約を確認する時間だ。伝票類の整理をしていると、エントランスから赤い大きなスーツケーズを引いた人が入ってくるのに気付いた。
「今日の宿泊をお願いしたいんですが」
「はい」と返事をして来店客をプロファイリングする。〝女性、一人、長身、歳の頃は三十ほど…〟
 私はもしやと想い、尋ねた。
「お名前をお伺いさせて下さい」
「杉下希美です」
〝やっぱり!〟私は思わずその言葉を発しそうになったのをすんでで飲み込んだ。
〝ちょっと早過ぎましたよね〟という彼女に
「杉下さんがいらっしゃられたら、宿泊の手続きより先にシェフに連絡しろ、と言われています。仕入れの準備で外に居るはずです」
 彼女は大きく眼を見開き、小さく『え?』と呟いた。
「荷物はお預かり致しますので、テラスでお待ちください。シェフ、ずっと杉下さんの事をお待ちでしたよ」
 彼女は私を不思議そうに暫し凝視した。私は自分が若干顔を赤らめているのが分かった。彼女の大きくキラキラした瞳で見つめられると、女の私でもドキドキした。〝この瞳で見つめられたら、男の人はみんな惚れちゃうだろうな〟と思った。
 彼女が〝彼から何かお聴きですか?〟と聴くので、〝いいえ、特別には〟と小さな嘘を一つ入れた。シェフに振られたことをわざわざ彼女に言う必要はない。
 彼女のスーツケーズを預り、テラスまでの小径を案内した。彼女は再びエントランスを出て、テラスに向かいゆっくりと歩き出した。彼女は出際に微笑み『ありがとう』と島言葉で言ってくれた。

2015年10月6日火曜日

【二次作品】 スタッフの問い その4

 ちょうどシフト開けで店を出るタイミングがシェフと同じになり、シェフと一緒に海岸沿いの道を歩いた。私は昨日からの疑問をシェフに問うた。
「…昨日仰ってましたよね、杉下さんとは何もないって。何もない関係で、十年も合わないで、いきなりプロポーズなんて出来ないですよね。それにシェフはその方がプロポーズに応えてくれると思ってるんですよね。だから来たら連絡しろ、て」
 私は続けた。
「十五年もの間、同じ気持ちで居続ける事が出来る、そして相手も同じだと思う事ができる。何も無くてなぜそんな風に思えるんですか?」
 私は自分が理解できない事をシェフにぶつけた。シェフは答えない。仕事上の事はなんでも答えてくれるのに。
「私なら、例え真面目に付き合っていた相手であっても、十年も会ってない相手にプロポーズ出来ないと思う。そもそも好きな人に十年も合わないでなんて居られない。もしそうなってしまったとしたら…徐々に忘れていかなければ、自分の心が持たないと思う」
「君のご両親は健在だったよね?夫婦仲も良好、そうじゃない?そして経済的にも困ったという事はない」
「…」
「そして人生といういうのは、自らの努力によってのみ開かれる。開かれない人生はその努力が足りないから。そう思っている」
「…はい。そう思っています。だからこそ、人として成長出来ると思っていますし、そうやって人は学習すると。違いますか?」
「それは決して間違いじゃない。人として尊敬すべき姿勢だと思う」
 シェフは立ち止まり夕日を眺めた。私はシェフの左に立ち、シェフにならった。私は勇気を出して、シェフの袖を掴んでみた。シェフは拒まなかった。
「でもね…自分の努力じゃ手の届かない所で自分の人生が閉ざされるんじゃないか。自分にできるあらゆる努力もそんな力に抗うことが出来ないんじゃないか。それでも何とかしたい、諦めたくない、頑張れる力が欲しい。人はそんな時、何かをよすがにし、奇蹟を信じるしかない…俺と彼女はそういう関係だった。お互いがお互いをよすがにして、力を得て、奇蹟を信じた」
「だから、今も奇蹟を信じてる…そういうことですか?」
 シェフは小さくうなずいた。
「…私がシェフの心に入り込める隙間はないんですね」
 シェフは私の方へ向き直った。私はシェフの顔を見上げ、想いのたけをぶつけた。もう、答えは出ているけれど、言わずに済ませる事など出来なかった。
「私、シェフの事が好きです。料理はとっても美味しいし、仕事に向かう姿勢も尊敬しています。厨房のシェフはとっても美しくて、凛々しくて、それでいてふとした時に見せてくれる笑顔がとっても可愛くて。まだほんの一ヶ月だけど、歳も随分離れているけど、シェフの事がとっても好きです。私じゃ駄目ですか?」
「チーちゃんはとっても魅力的な女性だよ。能力も高い。…もっと素敵なパートナーがきっといるさ」
 私は今自分が出来る最大限の笑顔を作ってこう伝えた。
「シェフの想い人、還って来るといいですね。でも…もう少しこうしていてもいいですか」
 そこまで言い終えて私は嗚咽した。シェフは私の気が済むまで、付き合ってくれた。

2015年10月5日月曜日

【二次作品】 スタッフの問い その3

 風呂から上がり、自室のベッドで横になると、先ほどのシェフの言葉が思い出される。
〝彼女とそれっぽい関係〟
〝俺の事を庇ってくれた〟
〝恩人〟
〝何も無い〟
 シェフはその人の事が好きなんだ。去年の年末に久しぶりに会ってプロポーズした。何も無いのに、久しぶりになのに、それでもプロポーズ出来る関係。シェフがプロポーズする事に躊躇しない関係。そしてそのプロポーズを相手が受けると思える関係…
 十年もの空白を飛び越える事が出来る、それでいて何も無い関係って、何?そんなものが有り得るの?

2015年10月4日日曜日

【二次作品】 スタッフの問い その2

 次の日のスタッフミーティングの後、私からシェフを呼び止めた。ビジネスライクを装う。
「シェフ、昨日指示頂いた事について改めて確認したいんですけど、今宜しいですか?」
「え、なんか俺指示したっけ?」
「杉下希美様の事です」
「あ、あれ?あれは仕事や無いし、プライベートなお願いだから」
「私にとっては上役の依頼は仕事です。それに私が居ない間だってあるんですから、ちゃんと引き継がないといけないですし?」
「…上手いとこ突いてくるな、チーちゃんは。で、確認したい事って?」シェフはこちらの本心を見破ったようだ。そうであればことさら遠回しに尋ねる必要も無い。
「島に還るのを誘った、って言ってましたよね?杉下さんはプロポーズのお相手って事ですよね?しかも十年ぶりに会って、いきなりって事ですよね。何もない関係で再会直後にプロポーズなんて出来ないし、それ以前から恋仲だったって事でしょう?しかも十年経っても変わらない気持ちで居た、って事ですよね。なんかロマンチックだな?と。お相手の方、どんなに素敵なんだろう」
「それ、完全に個人的な興味だよな」シェフは照れくさそうに微笑んだ。
「いけませんか?それに…素敵な人の事をよく知りたい、って言う感情は人として普通じゃないです?」
〝私の素敵な人はシェフの事ですけど〟と心の中で呟く。
「…俺の実家、もう焼けてしもうたけど、料亭しとったの知っとったよね」
「はい。火事の事も子供心に覚えています。確か十五年程前ですよね」
「その火事の時、実は俺が放火したんやないかと疑われた。彼女は必死に俺の事を庇ってくれた。俺は彼女に護られた。俺の恩人や。彼女のお陰で島を出て、結局辞めてしもうたけど大学へも行けたし、そのあと料理人の道で頑張る事も出来た。今こうして居られるのは彼女のお陰や」
 シェフの眼は、遠くを見つめている。
「彼女とそれっぽい関係やったのは、高三で同じクラスになってから火事までの短い期間や。それ以後は疎遠になった。高校を出てから、また合わんくなるまでの四年間に顔を合わせたのも四、五回やと思う。デートと呼べるようなモンはろくに無かったし、普通の意味で、手を繋いだなんて事も無かった。お互いに言葉で気持ちを伝え合った訳でもない。だから当然それ以上のモンは何も無い」
「十年も会わなかったのは、何故です?」
「それはちょっと言われへんな」シェフは笑ってそう答えた。

2015年10月3日土曜日

【二次作品】 スタッフの問い

 店がオープンして三日。シフト間の引き継ぎを兼ねたスタッフミーティングも終わって、さあ、帰ろうとスタッフ用出入口から店を出た時、シェフから呼び止められた。
〝お願いがあるんやけど〟
〝名前は杉下希美。女性。歳は俺と同い年やけん、三十二。身長は俺よりちょっと低いくらいやから女性としては随分高い方〟
〝その人が俺を訪ねてくるなり、泊まりの手続きするなりがあれば、真っ先に教えて〟
〝休みの日でもなんでも直ぐ飛んで来るけん、待たしとって〟
 なんだか随分とおずおずとした物言いだ。明らかに厨房で料理に向かう時の表情とは異なる。
「その方、杉下さんはシェフの彼女さんですか?」ちょっと茶化してみた。
「付きおうとるんなら、こんな事頼まん。電話の一本で用が足りる。そうやないから頼んどる」
「じゃあ、どんな関係なんです?」
「幼馴染みや。去年の年末に十年ぶりに会って…一緒に島に還らんか誘った」
 え?幼馴染みに一緒に島に帰らないか誘った、って…
 私の心の中で急に波風が強くなった。

2015年10月2日金曜日

【二次作品】 NOTREでの再開

 NOTREに着き受付で今日の宿泊の手続きをしようとした。若い女性スタッフから名前を尋ねられ、杉下希美と答えた。歳の頃は二十歳前後であろう、そのスタッフは顔をパッと赤らめた。どうやら彼から聞かされていた様だ。
〝杉下さんがいらっしゃられたら、宿泊の手続きより先にシェフに連絡しろ、と言われています。仕入れの準備で外に居るはずです〟と返された。
〝荷物はお預かり致しますので、テラスでお待ち下さい。シェフ、ずっと杉下さんの事をお待ちでしたよ〟とも。
 彼とはクリスマスの日以来言葉も交わしていない。今日訪れたのも、事前に何も伝えていない。それでも彼は私が来る事を確信している。私も彼が待っていてくれていることを確信している。この相互の確信は一体何処から来るのだろう。それは分からないけれど、これだけは確かだ。お互い十五年も待ち続けた。僅か三ヶ月足らずなど、どうという期間ではない。
 一度外に出て、海に面したテラスを目指す。一歩を踏み出すたびに実感する。私は私が本来居るべき場所に帰ってきたんだ。随分と遠回りしたように思う。そこにたどり着くのに十五年もの歳月を要したなんて。でもそれはきっと必要な歳月だったのだろう。

 テラスが見えた。その先に見慣れた景色が広がる。澄み渡った青く突き抜ける空と、朝日に波頭が白く輝く蒼い海。思わず小走りになる。そう、私が真に求めていたのは、見るたびにその景色を変えてゆく都会のビルの上から見る水平線ではなく、いつも変わらず同じ表情を見せてくれるこの見慣れた水平線。
 手摺に手をかけ、あの日の事を思い出す。今思うと可笑しくなる。子供だったんだな、と思う。あなたを自分の拠り所にし、それを自覚したにも拘らず、誰にも頼らず上を目指す、とあなたに向かって宣言したのだから。あのバルコニーで。
 これまでの事が思い出される。沢山の事があり、時に傷付き時に人を傷つけた。それらは全て事実であり、無かった事になど出来ない。その現実に押しつぶされそうになった事もある。罪の意識から必死に逃れようとした時期もある。それが叶わぬとわかった時、全てを諦めそうになった。その時、あなたは私の前に現れた。崩れ落ちそうな橋を、松明を掲げて渡って来た。一度ならず、三度も。
 それら全てを私は私の一部として受け入れよう。それら全てが、私がここにたどり着く為に必要な事だったのだ。今なら全ての人と出来事に対して心からの感謝と祈りを捧げる事が出来る。

 背後に気配を感じ、振り向いた。軽トラックの傍に立つ、パーカーにビーチサンダルの、あの日と変わらぬ出で立ちのあなた。
 成瀬くん、成瀬くん、成瀬くん。私はようやくここに………
「着たよ!!」

「これから仕入れに行くけど、乗る?」
 思わず笑みを浮かべて頷いてしまった。助手席を指差すぎこちない腕の動き。未明に自転車で連れ出してくれた時の、荷台を指した時と同じ。そう、私があなたの背中にあなたへの想いを自覚したあの時と。あなたは今も変わらない。私のあなたへの想いも。いや、私は決意を持ってやってきた。あなたの野望が一つかなった時、あなたが流す涙の分以上の何かをあなたの中に残す。涙が枯れても、それでも流れ落ちないだけの何かをあなたの中に残す。そして私はあなたの中で永遠となる。あなたへの想いはこれまでで一番強い。

 あなたがゆっくりと此方に歩を進めてくる。その一歩ごとに鼓動が高まる。でも心は穏やかで、あなたとの距離が縮まるにつれ、心の視界が急速に開けてきた。明かりが差し、霧は晴れ、遥か遠くまで見透せる。遮るものは何もない。ああ、私は今、心に一点の曇りもなくあなたの前に立つ事ができる。

 私は視線を一度テラスからの景色に戻した。子供の頃から見慣れた景色。でも何かが違う。全ての色がそのコントラストを上げ、鮮やかな色彩を帯びて見える。違う世界にいる様だ。

「何食べたい?」とのあなたの問いに、「美味しいもの!」とリクエストする。
 食は徐々に細りつつある。心なしか体力の低下も感じる。残された時間は多くはない。それでも私は幸せだ。残された時間を精一杯生きる。独りでは出来ないそれを、あなたとであれば出来る。奇跡さえも信じる事ができる。

 私の左手を取り、それを愛おしそうにあなたの手が弄る。そこに視線を落とすあなた。これまで二度、こうして手を繋いだ。さざなみの時はあなたの言葉になら無い悲しみ、怒り、虚しさが私の中に濁流の様に流れ込んできた。スカイローズガーデンの時はあなたの決意と壮絶な覚悟が私の中で響き渡った。何れもが別れの合図となった。でも今は違う。私にはあなたの慈しみと歓びが見える。あなたとの未来が見える。あなたには何が見えているの?
 あなたが視線を上げ、しばらく見つめあった後、ゆっくりと手を引かれる。その身を委ねる。私を包み込む優しい感触。ずっと求め続けてきた感触。諦めていた感触。初めてのはずなのに、何故か懐かしいその感触。その中で感じる。赤子の如く何もかもあなたに委ねる事が出来る私は…私は幸せだ。ありがとう。

2015年9月28日月曜日

安藤が杉下の連絡先を知っていた事の理屈づけ

ずっと安藤がなぜ帰国直後、連絡を取り合っていない、と高野にも言った杉下宛にメッセージを送れたのか?宛先を知っていたのか、考えてたんですね。

杉下は事件後携帯の番号を変えている。安藤が言っていることが正しいなら(もっともミステリーで嘘はなしですが)なんで安藤は杉下宛にメッセージを出せたのか?

この問題、ついに解けました!

使っていたツールが肝です。
はっきりいいます。LINEです。

LINEの特徴として、相手は自分の携帯番号の登録がなく、相手がLINEを使っている状態で、自分が相手の携帯番号を登録した状態でLINEに登録すると、自分の携帯に登録された番号でLINEの登録があるかを探し、一致する相手があればそのアカウントを『ともだち』として相手側にも通知する、という機能があります。

これなら説明が出来るんです。

つまりこうです。
安藤は携帯番号を事件後も変えなかった。
杉下は携帯番号を変えた。しかし安藤へはそれを教えなかった。安藤の携帯電話の登録は残したままだった。

LINEが普及し、安藤はLINEに自分の番号でアカウントを作った。
杉下もLINEのアカウントを作った。その際杉下側の携帯に登録された安藤の携帯番号で安藤のアカウントの照合がされ、杉下のアカウントが安藤側にも通知された…

この時電話番号は安藤側には通知されません。
ですので、よく見ると10話を除いて二人が携帯で会話しているシーンはない。安藤側からはLINEのアカウント以外に杉下とつながる方法がない。だから携帯で話すシーンは無いものの、安藤が一方的にLINEで時折現況連絡を入れたいたから、最初のメッセージがさも杉下が安藤が海外に行っていたことを知っている前提の書き出しになっているんです。

2015年9月27日日曜日

ミステリーネタ その2 Nチケットの有効期限日

再びミステリーと称して、どうでもいいネタの話をしてみたいと思います。
成瀬と杉下が、島を出るために相互に送りあったNチケット。

成瀬から杉下へのチケットの発行日が11月17日。
杉下から成瀬へのチケットの発行日が3月9日。

でも、この2つのチケット、いずれも有効期限が3月31日!
瀬戸内で運行されている連絡船などのチケットの発行のルールを知らないので、これ以上突っ込めないのですが…

例えば4月1日からの料金改定が決まっていて、いつ発行しても期限が年度末まで、とか?

2015年9月26日土曜日

成瀬のプロポーズの日付けの比定について

私は成瀬の杉下へのプロポーズを12月25日と比定しています。
これについて某所でどのように比定したのか?と質問を受けました。
チョッとしたネタとしてアップします。
西崎が安藤をテストし、その安藤の答えに満足出来なかった西崎が成瀬に杉下の病気を伝えます。それを受けて成瀬が翌日に杉下へ会いに行き、杉下へプロポーズした。
成瀬が杉下へ会いに行ったのが西崎の電話の翌日、と同定できるものは有りませんが、この時西崎は成瀬に杉下の病状を包み隠さず話しているものと思われ、杉下大事の成瀬がわざわざ日を開けるとも考えにくい。よって西崎の電話の翌日に成瀬が杉下に会いに行った、としました。

そうすると、後は西崎が安藤を駆使若丸に呼び出した日を同定出来ればいい。

西崎は実家へ挨拶した後に安藤を駆使若丸へ呼び出しています。
そして安藤を呼び出す前に、クリスマスのパーティをする家庭を窓外から眺めたんですね。
このクリスマスパーティの描写から、この日を12月24日と比定しました。
つまり西崎が安藤をテストした翌日が成瀬が杉下にプロポーズした日。テストした日は24日だからその翌日は25日。
このように比定しました。

参照
Nのために 記念日一覧

2015年9月25日金曜日

杉下の野望の本質

杉下の野望の性格について考えます。

家を追い出された後の杉下は懸命に現実対応をしようとしていましたよね。洋介との会話でも、今までが夢、と言っています。もしこの段階で母親も現実的対応を見せていたら、杉下の野望は生まれていないんでは?と考えています。

では野望はどこから来たか?と考えると現実的対応を出来ない母親のプレッシャーとゆきさんの土下座要求以降からだと取っています。高校生として出来る現実的対応以上のものを必要とされた反動、空想上の逃避先としての野望です。
ですので、その野望には現実性が乏しい。
バルコニーでの演説は成瀬が早々に実現してくれましたが、本来であれば、どのような立場で、といった、演説するに足るポジションに関する構想が伴って具体化されるものですが、彼女の場合、それがない。自分の空想上のシチュエーションさえ揃って仕舞えば、それで満足なんですね。具体的であるなら、その次というものが当然あるべきにも関わらず、それが存在しない。
だから基本的に彼女の野望は中身が空っぽと言っていい。
その点については安藤が早々に、アラブの富豪と出会う、という野望について指摘しています。
また、これも安藤からのの問いで何になりたい?と聞かれ『何になれるかわからんけど…』と答えている。
ですから、彼女の野望は本来彼女が島を脱出出来た時点で用無しになる筈だったのです。

ですが、大学に入ってからも彼女が野望実現に邁進したのは、バルコニーでの初心表明、Nチケットおよび頑張れエールでそれが成瀬との約束になったからです。
特に重要なのはNチケットで、この時進学を諦めかけていた杉下が成瀬のNチケットで行動する勇気を得た。『上をみる、上に行く』=野望の実現=成瀬との約束=成瀬と自分の繋がり、という図式が出来上がった瞬間だと取っています。
これは、先の安藤との会話で小馬鹿にされた杉下が『真面目に聴いてくれた人がいる』と反発したり、『約束だから』とつぶやいたりしている事で明らかです。
つまり杉下にとって野望の実現は成瀬と自分との繋がりの確認行為であり、野望そのものの内容は実は大して重要では無いのです。
この野望そのものの内容は重要で無いからこそ、『上に行く』が『物理的に高い処に行く』に変換され、『まっすぐな水平線が見たい』が、『高い処から水平線を見る』に変換されて、ゴンドラのシーンに繋がる、と理解しています。

2015年9月24日木曜日

『杉下の人生や…』と『成瀬の杉下への怒り決別説』の整合

さて、私は『成瀬の杉下への怒り決別説』採用する事にしました。ですが『成瀬は杉下のN=西崎と誤解した説』も捨てていません。
成瀬は杉下のNについて、二重の誤解をした、と判断しています。
つまりこういう事です。

作戦への参加経緯から杉下の偽証受入までが杉下のN=西崎、の誤解。
杉下の安藤入室阻止行動から西崎の電話までが杉下のN=安藤、の誤解
西崎の電話以降が杉下のN=西崎、の誤解

つまり先ず西崎、という誤解があり、その上に安藤という誤解が上乗せされた。高野との会話、および西崎からの説得で安藤については誤解は解消したものの、依然西崎については解消していない、という判断です。

何故このような判断になったのかというと、成瀬のプロポーズ時のセリフ『杉下の人生や、杉下の好きにしたらええ』が原因です。
高野及び西崎との会話で成瀬は安藤については誤解であった事が分かっていた。それでもなおかつ上記発言が出る、という事はこの時点においても成瀬にはなお別の男が杉下の中にいる、と想定して会話している事になるのです。

参照
成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 1〜3
『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要
成瀬が杉下に『杉下の人生や、杉下の好きにしたらええ』と言った理由

2015年9月23日水曜日

『成瀬の杉下への怒り決別説』採用による変更点概要

成瀬が杉下のN=安藤、と誤解し彼が杉下を怒りの末決別したという説(『成瀬の杉下への怒り決別説』とします)をとる事にした事から、これまでに見解の内の幾つかを修正する必要が生じました。

まず成瀬が杉下と接触を絶った理由ですが、これは当初成瀬が杉下のN=西崎と誤解し、西崎が服役している期間は杉下の感情に介入しないため、と理解していました。しかし『成瀬の杉下への怒り決別説』では、もっとシンプルに、そのものズバリ、杉下への怒りによる決別を決めたから、となります。

二つ目は服役期間中における成瀬と西崎の杉下に関する情報交換についてです。
西崎は杉下と成瀬が接触を絶っている事を知り、成瀬を説得したと思われます。ここまでは変更有りません。ですが成瀬は何故自分が杉下と接触を絶ったのかを一切西崎へ話さなかったと思われます。
これは従来、成瀬が杉下のN=西崎と理解しており、出所まで杉下の感情に介入しないためだ、と話していたと思っていました。
これが修正点になります。

三つめが西崎が杉下の病状について先に安藤をテストした理由です。
これは当初父親から『世話になった人に恩を返せ』と諭され、杉下を愛する安藤をテストせずに成瀬に話すのは幅られたため、と理解していました。
しかし『成瀬の杉下への怒り決別説』を採用する事で、修正します。
つまり、修正点その二とも関係するのですが、成瀬が西崎に何故杉下と接触しないのかを一切語らないため、成瀬を動かせる自身が無かったのです。恐らく杉下との間の事であろう、そして成瀬が杉下と接触を嫌がっていると感触は得られても、何が成瀬を動かせる材料であるのかが、全く見当が付かない。そうであるなら、間違いなく動くであろうと計算できる安藤を先にテストすることにした。

以上が『成瀬の杉下への怒り決別説』採用に伴う、これまでの論からの主な変更点になります。

参照
西崎の『杉下を守ってやってくれ』に対する成瀬の態度について
西崎は成瀬と杉下のその後を知っていた
西崎が安藤に『崩れ落ちそうな橋』の問いをした理由

2015年9月22日火曜日

成瀬は杉下のN=安藤が誤解だと、何で気付いたのか?

杉下と怒りの決別後の成瀬の行動は徹底していました。
電話番号を変えています。そしてこれは桃さんの推測ですが、程なくシャルティエ広田も移った事が推測されます。杉下が自分を追えないようにです。成瀬には島に既に帰る処はありません。恐らく完全に彼を追う手段を断ち切ったと考えられます。

しかし十年を経て、再び成瀬は杉下に会いに行きました。それは何故に?

一つは十年という歳月が成瀬の杉下への怒りを解いた事。十年もの期間、人は一つの事で怒りを継続する事は出来ません。
二つ目は、怒りで決別したものの、やはり成瀬は杉下が好きなんです。一度その人の事をよすがとした者の心理として、如何にひどい仕打ちを受け、複雑な感情を抱こうとも、それでもその人の事が好きで止まないのです。同様の経験をお持ちでない方にはなかなかご理解頂けないし、言葉でも説明出来ないのですが、私自身の経験から断言できます。

そういう心理状態で十年を迎えた。そして高野と再会した。
杉下に会ったという高野に対しておずおずと問うています

成瀬『杉下、元気やった?』
高野『変わらんよ、あの子は。強い子やけん…電話してやり』

高野はこの時、杉下の状態をカモフラージュしています。
そして、このカモフラージュの言葉が成瀬に杉下のN=安藤が誤解だったと気付かせたんです。
高野は島以降の杉下を知らない。その高野が『変わらない』という事は高野は杉下が島にいた頃と変わらない、と言ってる事になる。つまり成瀬が事件時に感じた(=誤解した)杉下の変化の否定なんです。そしてさらには高野の言葉は言外に『今でも成瀬を庇っている』事を成瀬に伝えようとしたものであり、成瀬もそれを理解した。そうして成瀬は自分の杉下のN=安藤が誤解であった事に思い至ったのです。

なお、この部分については桃さんの論にほぼ準ずる形である事を申し添えます。

2015年9月20日日曜日

成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その3

成瀬には怒りを抱いていい状況がありました。
密室を作った安藤。その為死亡者二人と、無実の罪を被る決意の西崎。杉下のために崩れそうなつり橋を渡った自分…
それなのに自分の最愛の、恋い焦がれる人がそれを作り出した張本人を庇うなどという状況。

なぜ君は、あんな奴を庇うんだ!
俺と君との事はウソだったのか!
あの時俺に向けてくれた笑顔は、何だったんだ!
それをよすがにしてきた俺は、俺は!

安藤同様に杉下へ向かう怒り。

そして成瀬は杉下への決別を伝えるため、彼女の手を取った。怒りを込めて…
『君とはもうお終いだ。もう二度と逢わない』


そしてその怒りは偽証の為には必要だったのです。
もし成瀬が怒りで、瓦解しそうな自分を支えられなかったとしたら?私のようにボロボロになっていたら?
偽証は通らず、全ての関係者が誰も利を得られない状況に陥るんです。最後の最後、偽証を通したのは成瀬の怒りです。

参照
成瀬は杉下のN=安藤と誤解した? 1~4
成瀬の誤解癖
杉下の『安藤、待って!』と『助けて、成瀬くん!』
成瀬は杉下が計画をバラしたのを誤解が原因だと気付いていた
杉下はなぜ事件後、安藤の訪問を拒絶したのか?
独白 1〜7

2015年9月19日土曜日

成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向 その2

そうした成瀬の特徴に気がつき、成瀬は杉下のN=安藤と誤解した説を受け入れました。
で、その後が問題なんですね。
私以外の論者(桃さん、アフロ1さん、naoさん)は成瀬が安藤を想う(と誤解した)杉下を慮って自ら身を引いた、と説かれています。手繋ぎは、『自分は身を引く、安藤と幸せになって欲しい』だと。

私はこれを採れないんです。理由は二つ。
一つは安藤が密室を作った行為者である、という事。
もう一つは成瀬にとって杉下が闇堕ちからの復帰の際のよすがだった事です。

密室についてですが、この行為により成瀬は重大な嫌悪を抱いた。もっとはっきり言います。怒り、憎しみです。
成瀬にはなぜ安藤が鍵を掛けたのかが詳細に判っている。計画の参加者たる自分と安藤、杉下がどちらを頼るのかを試した。その方法が密室を造るという、成瀬の大事の杉下を危機に貶める行為です。そこになんら酌量できる要素を見つけられない。そして彼の行為により二人が死亡し、西崎は奈央子を庇うため犯人になり、成瀬は危ない橋を渡って事件処理に当たった。その状況を作った人物に対して、人が感じる感情は?

もう一つは成瀬にとっての杉下の存在です。成瀬にとって杉下はよすがです。そのよすがが自分を振り向いてもらえない現実に直面したとき、どうなるか?
これについては恥ずかしながら自分自身の経験を引っ張りだし、その上での推測をしなければなりません。

私は殊二人の関係性と言う意味で、成瀬がこの時置かれた状況と酷似したプロセスを経験しています。

好きな相手から突き放された(棚田での別れ)
それでも相手がよすがだった(闇堕ちからの復帰)
関係の再開を期待しての再会(結婚式二次会以降)
そして相手の気持ちが別にある事を突きつけられた(杉下のNの誤解)

私はこの状況下で壊れました。ボロボロになりました。でも成瀬は成らなかった。成瀬は非常に辛かったハズです。同様なプロセスを経た自分にはよくわかります。では彼が私と同じ状態に陥らなかったのは何故か?
私が彼同様に、落ち着いている為には何が必要だったかと考えると、それは怒りだったと思うのです。ショックがデカければデカイ程、瓦解しそうな自分を支え得る感情は怒りです。

続く…

2015年9月18日金曜日

成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向

成瀬の『杉下のN=安藤誤解説』への転向

これまで私は成瀬が杉下のN=西崎と誤解した、という説をとっていました。それを転向する事になりました。

正確にいえば上記の、成瀬が杉下のN=西崎と誤解したという認識を捨てた訳ではありません。これは今も生きています。ですが、その誤解に加え、成瀬が杉下のN=安藤と誤解したという説を受け入れる事と致しました。

成瀬が杉下のN=西崎と誤解した説で、一つ自分でも弱いな、と考えていたのが、成瀬が独自判断で島へ還る事を杉下と接触する前に決めていた事です。

西崎を思う杉下の感情に介入しない。なぜなら西崎は杉下とは接触出来ないから。西崎が出所した後改めて杉下にその選択を委ねる…
当初はダメ元だから杉下がついて来るならOK、西崎を選んでもOK、杉下が一人での生き方を選ぶならそれも良し、と考えて先に線を引いたと考えたんです。

ですが、自分では思ってもみない反論があったんです。
成瀬は杉下のN=安藤と誤解した、とする説を頂いたんです。
これは、そんなバカな、というのが当初の反応でした。
成瀬は事件の真相を完全に理解しており、論理的に判断すれば安藤と誤解する訳がない。そもそも密室を作った人間をかばう人を、その人のため、として身を引く、手を取るなど出来るはずがない!という理解だったんです。

そんなんでいろいろ議論していたんですが、その過程で成瀬の面白い特徴に気づいたんですね。その特徴というのが『杉下の成瀬に向けられた意思、行動の意図を読み間違える』というものです。具体的にはさざなみでの『ばかやろう』『ひきょうもの』の誤解です。

この特徴に気づき、これがスカイローズガーデンでも出てしまった、という事に気がついたんです。
杉下の安藤入室拒否行動と外鍵の隠蔽依頼を見て、成瀬は杉下のN=安藤と誤解したんですね。
これは実はこの行動だけ見て判断した訳では無いんです。
一つは安藤が杉下にプロポーズする意思がある、と言う事前の情報があった。そして決定的だったのが、杉下が野口から安藤を庇う意図で作戦のことをバラしていた事を成瀬が解っていた事なんです。
そう、成瀬は視聴者と全く同じミスリードをしてしまったんです。

続く…

2015年9月16日水曜日

ミステリーネタ その1 西崎の携帯電話の怪

今日、三話を見直していてとんでもないシーンを見つけてしまいました。

西崎の電話に成瀬が出たシーンです。

成瀬の携帯に西崎の電話番号が登録されている、という事実を発見しました。

西崎は所内にいる頃から携帯電話を所持していて、それを成瀬が知っていた?

西崎が持っているのはいまどきのスマホ。

そうすると、西崎は服役前から携帯電話を所持していて、服役中も契約は継続し、出所後すぐ機種変更をしたという事か?

でも事件当時西崎携帯持ってたっけ?

2015年9月15日火曜日

このドラマにはまった人

私のマリア様は今の自分の足を引っ張っている。
決して今の自分を救ってくれる存在ではない。

本来向けるべき方向に意識を向ける事を阻んでいる。
かつてのようには、自分に力を与えてはくれない。
情けない自分の原因にもし、自分が逃げ込む先にもしている。
それではいけないことは解っている。
自分の中の巨大な暗黒が時折襲い掛かって来て、とても辛い。
それでもそれを焼ききる、吹っ切る事さえ出来ない。
離れる事さえ怖くて、そこで安住を得ている自分。

現実からも、未来からも逃避している。絶望している。

かつては自分を支え、自らの今を形成した価値観、思いが今の自分を苦しめる。今更それを捨て去るのはこれまでの自分を否定する事。そしてその価値観はある特定の個人と結びついていて、その個人から精神的に離れる事に対する躊躇いと怖れ。葛藤を抱えつつ思慕したい思い。それが自分とその人との繋がりであるから。
それまでの自分を否定した相手を自らが否定出来ない心理。

このドラマにはまり、未だに謎解きを続けている人、関心を持ってこのブログを訪れる人は、みんな同じ問題を抱えている。
ドラマの登場人物の行動を理解するには、自らの経験に基づく理由を見つけなければならない。もし、自らの価値観に疑問を持たない人ならば、通り一編の解釈を与えて、このドラマから離れていく。でも自らの価値観に疑問を持つが故にそれが正しいのか自信が持てない。他人の見え方を知りたくなる。でも知った処で個別に異なる経験に依存する理由付けは当然自分と異なる。そして再び自らの価値基準に疑問を持ち、自分の本当の姿を掘り下げざるを得ない。
その作業に耐えられない人は、途中で挫折し、最後に残るのは自分が深い闇を抱えている自覚に到達した人だけ。

その自覚にたどり着くほどに、ラストシーンは以前にも増して美しいものである事に気付く。そして、その度に自らの闇の本質に否応無く気付かされるドラマ。それがこのドラマの本当なのかもしれません。

2015年9月14日月曜日

杉下の野望と上昇志向 セリフ編

杉下の野望、及びその上昇志向について改めて考え見たくて、杉下のセリフを追ってみたいと思っています。

一話
弟と愛人からもらった食事中に
『生きていくためにはなんだってせんならんのよ、なんだってやってやる』

愛人からもらった食事のタッパーを前に東屋で
『下は見ない、上を向く、上を向く』

成瀬と東屋で
『野望に燃えとるだけよ』

成瀬と堤防で
『それぐらい野望大きくないと、つまらん現実にのみこまれるやろ』
『わたしね、あの先まで行ってみたい。何もない場所で、何もせんで、幸せって言い聞かせながら、狭い世界で人生終えるなんて、やよ…広い世界で生きていきたい』

野望ノート
『豪華客船で富豪とであう』
『まっすぐな水平線が見たい』
『バルコニーで演説をする』

バルコニー演説
『私、杉下希美は一人で正々堂々と生きていく。誰にも頼らん、欲しいものは全部自分で手に入れる。最後まで諦めずに、上目指す。力の限り戦略的に、どんな手を使ってでも全力で戦う事を誓います』

二話
高松デート
『今は島を出ることしか、考えてない…親がなんて言っても、私はもっと上に行ってみたい。そこから何が見えるんか、見てみたいんよ』

2015年9月13日日曜日

成瀬の誤解癖

『成瀬は杉下のN=安藤と誤解した?』の議論で一つの知見を得る事が出来ました。成瀬の認識の癖の発見です。

成瀬の面白い特徴として、杉下の自分に向けられた意思による行動の意図を読み間違える、という癖?があるんですね。

その特徴はさざなみとスカイローズガーデンでそれぞれ出ました。

さざなみでのそれは、杉下が奨学金を成瀬に譲った後の、彼女の感情を読み間違えました。
成瀬が奨学金に通ったとクラスで紹介された際の杉下のシャーペンのノック5回を『ばかやろう』だと取りました。でも実際は『よかったね』です。

そしてスカイローズガーデンでは、杉下の安藤入室阻止行動以降の杉下の行動を読み違えています。
スカイローズガーデンでの杉下のN=成瀬です。
杉下の安藤入室阻止行動は、彼女の行動特性の現れです。杉下には『都合が悪い事は咄嗟に他人に隠す』特性があります。
この時、杉下には成瀬は“内”であり、安藤は“外”です。事が事なだけに杉下は安藤の入室を必死に止めようとするのですが、これを成瀬は杉下が安藤を事件に関わらせたくない意思による行動=安藤の保護行動と見ました。
さらに追い打ちをかけたのが、杉下の安藤の外鍵隠蔽依頼です。
これは安藤の外鍵については事前の共謀では方針が話題に上っていなかった事項です。成瀬には安藤が鍵を掛けた事が明らかになった時点でその隠蔽は必然であったのですが、杉下は、安藤が証言をひっくり返す具体的な証拠を持っており、確実にその隠蔽をしたいが故に成瀬に依頼したのです。
ですがこれが成瀬には、自明である事項に対して改めて杉下が依頼してきた。それは確実に安藤の保護したい為、といういうふうにとってしまった。

こうして成瀬は杉下のN=安藤との誤解してしまったのです。

参照
杉下の『安藤、待って!』と『助けて、成瀬くん!』
成瀬は杉下のN=安藤と誤解した?
『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その1~11

2015年9月12日土曜日

独白 その6

その5で Fin. と書いておきながら追記します。
彼女に「もう、昔のことだから」と言われた際の自分の状態についてです。

これだけは、はっきりと覚えています。

高く積んだ積み木が崩れていく様
氷河の先端が海に崩落する様

ゆっくりと、だけれども一瞬で瓦解していく自分
瓦解する様をただ見つめるしか出来ない無力な自分
泣きながらわめきながら、ばらばらになった自分をかき集める自分
そんな自分を眺める感情の抜け殻たる観察者としての自分

その後、彼女の電車を見送るまで自分支配したのは、ばらばらになった自分をかき集める自分でした。
彼女を見送った後は、ばらばらになった自分を呆然と見つめる自分でした。

2015年9月10日木曜日

成瀬は杉下のN=安藤と誤解した? その4

熱い議論が止みません。この議論がこれほど熱を帯びるとは!
私が最初に提示した、成瀬は杉下のN=安藤とは取っていない、西崎だと取っていた説。
ポイントはそれでは成瀬は杉下の手を取れないだろう、というものでした。

当初桃さんの杉下は恋愛出来ない説→西崎への感情への疑問の応酬から始まり、その後成瀬が杉下のN=安藤と誤解したとする場合の、島での高野と成瀬の会話の検証と解釈へと話が進みました。
その後杉下の抱えるトラウマの解釈へと話は進み、電話番号を変えた意図の解釈の応酬が行われます。

そこへnaoさんの『杉下の安藤入室阻止行動』の意味は?との問いが入ります。そこから再び事件現場での杉下の行動意図とそれを見た成瀬の解釈論、成瀬から見たときの杉下が偽証を受け入れた理由の再評価と進みました。そして杉下の『都合の悪い事は外の人間に対してとっさに隠す』行動特性が、安藤の入室阻止行動の意味である、という重要な知見が得られた。
その後『大切な人の事だけ考えた』の意味論が展開されました。

そしてついに成瀬が『杉下のN=安藤と誤解した』説の拡張型として『成瀬は杉下を嫌った』説が出てきます。それに対して手厳しい意見も頂きつつ、西崎がなぜ安藤を先に呼び出したのか?という解釈からアプローチが始まっているところです。

参照
成瀬は杉下のN=安藤と誤解した? 1〜3

独白 その5

彼女を先に電車に乗せ見送った後、ホームで一人始発を待つ間、涙が止まりませんでした。嗚咽が止まりませんでした。もう誰かを好きになるのはやめよう、そうも思いました。
そして、
「もう、昔のことだから」
これが彼女の言葉で記憶に残る唯一の言葉となりました。
大人になっていたであろう彼女からみて、中学の頃の私は幼く見えたと思います。大学に進んでいた私も中学の頃と大差なく見えたのかもしれない。そんな私に本当の事を言ってどうなるのか、という気持ちだったのかもしれません。当時の私にはその言葉を受け止めるのが困難でした。

その後暫くの間は、飲めもしない酒を毎晩かっくらってました。やけ酒です。
あったのは、後悔と八つ当たり、虚しさと悲しさ。後はなんでしょう、それは言葉にならない、だけれども決してポジティブでない何か。

私は結局大学の間、住まいを移しませんでした。それはもしかしたら、彼女から連絡があるかもしれない、そんな奇蹟を期待して、電話番号を変えたくなかったからです。ですが、彼女から電話が掛かってくる事は有りませんでした。

もし、彼女が『想いを寄せてくれる人がいる』でなく、『付き合っている人がいる』と答えていたら、もしかしたら自分の反応はまた違うものだったかもしれません。
自分の時と同じだ。だとしたら自分の時は、自分に気持ちがあったと思いたい。そこに自分が介入するのは自分から彼女をかすめ取る事のように感じたのかもしれません。

私の中の彼女には笑顔が有りません。
戸惑った顔、泣いている顔。苦しそうな顔。
彼女は結局一度も私に笑いかけてはくれませんでした。
だから私は成瀬が羨ましいんです。だって、成瀬には自分に向かって笑ってくれた杉下が居るのですから。

fin

2015年9月9日水曜日

独白 その4

待ち合わせの場所で彼女の顔を見たとき、瞬く間に中学の時のときめきが甦りました。ですがそれも直ぐに打ち砕かれました。想いを寄せてくれる人がいる、と聞かされて。手を伸ばせば届く処に彼女が居るのに、その距離が絶望的に感じました。「その人に気持ちが有るなら、真剣に受け止めるべきだ」多分こんな意味の事を言ったと思います。でも、それは嘘です。単なる格好つけ。動揺している自分を繕いたかっただけ。私の本心は別の処に有りました。
 『あの時まともに出来なかった恋愛を、もう一度ここから始めたい』
ですが、その言葉を彼女に伝える事は出来ませんでした。

『彼女はその人のことが好きなんだ』私はそう判断しました。『自分の時と同じだ』と。
このとき、なぜ自分がそう判断したのか不思議です。自分は中学の頃彼女から返事をもらえませんでした。だから彼女の気持ちが本当はどうだったのか知りません。それを知りたかったのですが、何故か彼女の答えを、相手を好きなんだと取った。恐らく、彼女の答えに自分が割り込める、となった場合、中学の時の彼女の自分に対する感情を自ら否定する事になるからでしょう。
いずれにせよ、私ははそう思いました。

あとはせめてもの救いを、とすがるような心境でした。せめてあの時の彼女の気持ちが聴きたい。確かめたい。『あの時、君は好きでいてくれたの?』
ですが、心が折れていた私の口から出た言葉は、その心同様屈折したものでした。
「恋に恋してたんじゃないか」
この言葉を発した瞬間『しまった!』と思いました。『違う、それは本心じゃない!』
ですが彼女の言葉でそれを取消す気も失せました。
「もう、昔のことだから」
そう、周りの時間は四年という歳月と共にそれに相応しいだけ進んでいるのに、自分だけがそれから取り残されていたという事にその時、その言葉で思い知らされたのです。既に全ては過去の事だと。

それ以後は、言葉を搾り出すように話していた記憶があるだけで、会話の内容も情景も何も覚えていません。とにかく彼女の前で泣かないよう、必死に堪えていた。酷い顔をしていたんだと思います。彼女はその顔を見て『怖い』と思ったんだと思います。

続く…

2015年9月8日火曜日

独白 その3

私は自分のマリア様について、冷静に事をお話しすることが出来ません。それは自分にとって強烈なコンプレックスだからです。文章になるか自信がありません。ですがこのドラマの解釈に、彼女に関する経験が色濃く反映してるのは間違いありません。

大学で彼女と再会した際の事です。
『恥ずかしいという名のシカト』の後、彼女は私のマリア様になりました。そして彼女と接点を持ったのは、その『恥ずかしいという名のシカト』以来の事でした。高校の間も年に数度、部活の大会で出かける際に駅などで顔を合わせましたが、一切会話はありませんでした。それでも彼女は私のマリア様でした。その頃は”マリア様”だなんて呼びませんでしたが、はっきりと自覚はありました。自分の彼女に感じた感情、それをよすがに、苦しい期間を乗り越え、漸く脱出した…

大学一年の前期が終わり、後期に入った頃から、無性に彼女の事が思い出されました。新しい生活にもなれ、リズムを掴んだ頃です。よく外国に出た人が外国にいるからこそ自分が日本人である事を意識する、といった話を聴きますがそれに近い感覚かも知れません。自分という人間の根っこが何であるのか、自分のアイデンティティーとは何か。それを強く意識したんだと思います。自分を見つめ直した時、彼女という存在が自分のアイデンティティーの非常に大きな位置を占めている事に気付きました。単に思い出の一つとして片付けられない何かとして。自分の中で彼女の事が未完である事を自覚しました。
それまで彼女がどうしているのか、全く知りませんでした。場所を聞いて浮かれたました。それは自分と近い場所でした。本当に偶然でした。もう一度彼女との関係を再開出来るかも知れないと思いました。

続く…

2015年9月7日月曜日

杉下の『安藤、待って!』と『助けて、成瀬くん!』

この話題は実は成瀬は杉下のN=安藤と誤解した?を巡る議論の中でコメントを頂いてるnaoさんからの問題提起、『成瀬には杉下の安藤入室阻止行動がどのように見えていたか?』から始まり、そこに桃さんも加わった議論で得た成果です。お二人に感謝!

杉下のN=成瀬という認識下で、成瀬を守る為の行動として杉下の安藤入室阻止行動がどのような意図であるのかがさっぱり見当が付かなかったんですが、naoさん、桃さんの説明で理解出来ました。
『成瀬を護りたい杉下にとって、成瀬と自分の関係を知る者を増やしたくない』という心理です。
この心理は彼女の行動特性から来ています。杉下には『都合が悪い事は咄嗟に他人に隠す』という特徴があります。

四阿で成瀬に対して母親の発作を高野に言わ無いでほしい、と頼むシーン。
さざなみ放火で成瀬が高野に詰め寄られる場面で咄嗟についた嘘『四阿で成瀬に奨学金の申請書を渡した』
そして安藤の入室阻止行動

いづれもが『都合が悪い事は咄嗟に他人に隠す』特性の発露です。

そう考えると、成瀬には『助けて!』と言い、安藤には『入らないで!』という、杉下の二人に対する心理的距離の対比が非常に面白いですね。
杉下にとっては、成瀬は『中の人』であり、安藤は『外の人』だという事が如実に表れている。この心理は作戦の参加者かどうかに関係無い。危機に際して杉下が誰を頼るのか?というまさに安藤が知りたかった事そのものの発露なんですね。
杉下は成瀬の入室直後、その背中に『成瀬くん、ごめん』とつぶやいています。杉下も成瀬は本質的に巻き込んではいけない存在だとこの時点で判っていてる。それでも切羽詰まった時に助けを求めざるを得ない、そしてそれができるのが唯一成瀬なんだ、という事が端的に表されているのが、この二人に対する対応の描写なんですね。

2015年9月6日日曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その11

 あとがき的に

 とにかく、このドラマ、徹底して真意を隠す事を徹底しています。この安藤の外鍵の隠蔽がトリックである事さえ事前・事後の刷り込みを使って隠蔽しました。

 このトリック破りで一番の勘所は、講座のその3で開設した時間軸を区切って考えることと、意図を明確に意識する事です。これに気付く事自体が本来はトリック破りの醍醐味です。

 杉下は誰を何から護るのか?
 杉下が偽証を受入れたタイミングは?
 偽証の主従構造は?
 偽証をひっくり返すことが出来るのは誰?

 これらを冷静に分析すれば、杉下のN=安藤とはならないのです。

 皆さんに気付いてほしい。製作者に完全に負けたままで、なおかつそれに気付かないなんて悔しいじゃないですか。製作者に一太刀浴びせましょう!

 このトリックを破ったからと言って、この物語の謎解きは終わりません。その先にやっと見えてくる謎が幾つもあるのです。ぜひその世界を皆さんも楽しんでください。

 なお、杉下のN=安藤説に対して明確な最初の異を唱えたのは、ここでもコメントを頂いている桃さんです。安藤の外鍵のトリック破りは桃さんのものです。

 最後に
 安藤派が一つの論拠にしている、公式での原作者のコメントについて。

 『主人公と相手が紆余曲折を経て両思いになり、めでたし、めでたし、といった話ではありません。それなら、私が書く意味がない』

 私は原作者のコメントはあくまで原作について述べたもの、と割り切っています。ミステリー作家が自らの作品について、本当の事を言うわけがない。それを詮索するのは無意味です。原作の描写からドラマを理解しようとする行為自体が間違いです。

 実は安藤派、若しくは中間派と呼ばれる方の多くが原作を読んでいる方たちです。この方たちが陥ったのが、原作の最終版に記述されている十年後の杉下のモノローグ、『安藤望のために』の記述です。この記述を物語全体と取っているんです。ですが、この記述は野口に対する僻地赴任阻止行動の事しか書かれていない。杉下の種明かし的に『安藤望のために』と書くことで原作者は読者に対して物語り全体が安藤の為に、という事後刷り込みをしているんですね。

参照
安藤のNは杉下と言っていいのか? 1~2
成瀬は安藤が外鍵をかけた事を捜査機関に喋らない事が判っていた
杉下の立ち位置のくせ 1~2
成瀬が安藤にいった 『杉下があの時考えていたのは… 』の意図 1~4
成瀬は杉下のN=安藤と誤解した? 1~3
『杉下のN=安藤』を採用しない理由
安藤の僻地赴任阻止行動の杉下の源泉
杉下の安藤の外鍵隠蔽行動
安藤の指輪に杉下が涙する理由
杉下が安藤に事件の真相を語らないのは愛されていたから?
安藤の名前が『のぞみ』である事の必要性 1~2

2015年9月5日土曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その10

トリックその7
『〜のために』という言葉の多義性による原因、意図、効果のすり替え誘導

これは端的に言えば、タイトル「Nのために」そのものが、ある種の心理的誘導効果がある、という事を言っています。

「~のために」という言葉でみなさんはどのように感じるでしょうか?特別の前提を置かなければ基本的に行為者の意図を表現しているととると思います。「~」の部分が行為者の意図の向け先となります。

「~を…する意図で何がしかの行動をする」

しかし、よくよく考えてみてください。この言葉、私は最低3つの、明確に区分すべき用法があると理解しています。

一つはすでに述べました。行為者の意図です。
二つめは、「~が原因で」という使用方法。
三つめは、「~まで効果が及ぶ」という使用方法
これらを、明確に使い分けないといけない。これらを明確に使い分けないで「~のために」を使うと、発言側が原因を言っているのに、受け側が意図をと受け取る、はたまた使用者自身が無意識に取り違える、という事さえ起こるのです。

例えば
「成瀬は安藤のために外鍵の隠蔽の偽証をした」

これは表現として間違っていません。安藤が外鍵を掛けたから(=原因)成瀬が偽証をする必要が発生したのです。ですが、成瀬の意図は杉下の保護です。
また、上記の表現はこうともとれます。外鍵の隠蔽の偽証により、成瀬の意図ではないものの、その効果が安藤にも及ぶという表現でも成立するのです。

この罠に陥った例が西崎の評価です。
西崎が犯人になる動機をあれだけ明確に語っているにも関わらず、その評価として“全員を護る意図”で西崎が犯人になった、という評価がある。これなどは完全にこの誘導効果に陥った例です。

ぜひ自分で「~のために」という言葉で理解されているシナリオが、上記の「意図」であるのか、「原因」であるのか、「効果」であるのか、検証してみてください。より事件の真相がクリアーに見えるはずです。それぞれの「~のために」を明確に区分することで、「~のために」の間で不整合が生じる可能性が大です。

2015年9月4日金曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その9

トリックその5
高野の安藤への発言『誰かを守るために無心に嘘をつく人間もいる』

これは視聴者への事後刷り込みです。
正確には高野はスカイローズガーデンの事を言っているのではなく、自分が真実にたどり着いたさざなみの事を言っている。それは夏恵の事であり、成瀬を庇い続けた杉下の事を念頭に話している。しかし安藤が誰からも真実を明かされないという会話の中でこれを言わせる事で、さも安藤が真実を知らされないのは愛されていたから、というカモフラージュを製作側が行ったんです。それはつまり安藤の外鍵が隠蔽されたのは安藤への愛故、という刷り込みを行ったんです。こうして安藤の外鍵のトリックそのものが隠蔽されているんですね。
さらに言えば、実は夏恵はこのシーンのために設定されたキャラクターと取っています。つまり、トリックの隠蔽のためのキャラクターという意味です。これに気付いた時に、如何に製作側が入念に安藤の外鍵のトリックを徹底的に隠蔽しようとしたかに思いが至りました。つまり視聴者にトリックがある事さえ気が付かせない、という強い意志です。

トリックその6
成瀬の安藤への発言『あなたを護ろうとしていました』

これも視聴者をへの事後刷り込みです。外鍵の隠蔽偽証を担った成瀬自身に言わせる事で、杉下のN=安藤を視聴者への刷り込み、トリックの存在そのものを隠蔽したんです。
実はこの成瀬の発言の出処として、実際に成瀬が杉下のN=安藤と取った、という説と、杉下の野口に対する安藤の僻地赴任阻止行動の意図を成瀬が知っていてその部分だけを言ったもの、という二説があり、まだ決着がついていませんが、いずれにせよ製作側からすれば成瀬にこう言わせる事でトリックの存在そのものを隠蔽した事に違いは無いんです。

続く…

2015年9月3日木曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その8

トリックその4
8話での杉下の立ち位置の操作

8話における、杉下の成瀬及び安藤とのツーショット時のポジションの対称性の演出に気付かれた方はいらっしゃいます?。
安藤とは野口宅からの帰り、杉下は野ばら荘から駅までの送りで共に橋の上でツーショットの描写があります。

安藤との際には杉下は右に、成瀬との際には杉下は左にポジションしています。

実はこのドラマ全編を通して異性とのツーショット時の杉下のポジションは一定のルールに基づいて演出されていました。それは以前にも『杉下の癖』として紹介したのですが、そのルールの一つに『心を開いている異性の右に立つ』というのがあります。

つまり制作者はずっと一定のルールで視聴者に対して、杉下の異性に対する心象を刷り込んできたんです。
そのため、この8話での二つのシーンの演出により視聴者は杉下の気持ちは安藤にある、と刷り込みされたんですね。

但し、この立ち位置のルールには例外があって、相手に対する蟠りがある場合には杉下は左に立つ、というものがあります。この時杉下は成瀬を西崎の奈央子救出に巻き込む、という蟠りを抱えていたので成瀬の左に立ちました。ですので決して成瀬に対して心を開いていない、という訳ではないのですが、これを意図的に安藤との対比として演出する事で杉下の気持ちは安藤にある、という刷り込みを視聴者に行ったんです。

続く…

2015年9月2日水曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その7

トリックその2
杉下の成瀬への外鍵隠蔽依頼の演出

これは講座その5において、偽証の構造論より杉下のN=安藤とはなり得ないことは解説しました。それではここではどのようなトリックがあるのでしょう。
これはトリックその1の、僻地赴任阻止行動とセットで理解するべき部分です。つまり僻地阻止行動において杉下は安藤の保護を目的に行動した。ここで杉下の大事は安藤、という刷り込みをした上で、具体的安藤の罪(外鍵を掛ける)について、警察に安藤が連れ出されるまさにそのタイミングで成瀬に対して隠蔽を依頼する、という演出をすることで、杉下の行動ルールの事件前後での変化と、偽証の構造上の従属関係性を視聴者に対して目眩ませをしたんです。

トリックその3
『一番大切な人の事だけ考えた』の杉下のモノローグ

これが実は事前の視聴者への刷り込みだとどれほどの人が気付いたでしょうか?
事件の真相が明かされる前の段階で、杉下のモノローグが安藤が鍵をかけて立ち去る描写に被せられているんです。これで視聴者は、無意識下に杉下の大事は安藤、という刷り込みをされたんですね。
では、このシーンにおいて制作者は嘘をついたのか!というと必ずしもそうは言えない。ある種のレトリック操作で、大切な人=安藤、という表現は成立し得るんです。
それがどのようなものであるかというと、『真の目的を達成するための必須条件、中間目標も真の目的同様に大事と表現し得る』というものです。つまり、『成瀬の保護の為には安藤の外鍵の隠蔽が必須条件。だから大切なのは安藤』というロジックです。

続く…

2015年9月1日火曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その6

前回までで杉下のN=成瀬説の立証を行いました。ここからはなぜ視聴者は杉下のN=安藤と取ったのか、製作者が仕込んだトリックを解説します。

使われたトリックをリストします。

直接的なトリック
トリックその1 杉下の安藤の僻地赴任阻止行動
トリックその2 杉下の成瀬への外鍵隠蔽依頼の演出

事前の刷り込み
トリックその3 『一番大切な人の事だけ考えた』の杉下のモノローグ
トリックその4 8話での杉下の立ち位置の操作

事後の刷り込み
トリックその5 高野の安藤への発言『誰かを守るために無心に嘘をつく人間もいる』
トリックその6 成瀬の安藤への発言『あなたを護ろうとしていました』

全般
トリックその7 『〜のために』という言葉の多義性による原因、意図、効果のすり替え誘導

恐らくこのリスト、その4とその7については?で、それ以外は全部杉下のN=安藤の証拠では?と思われる方がほとんどだと思います。
ですが、これらは巧妙に製作者が杉下のN=安藤とのミスリードを誘うためのトリックなのです。

トリックその1
杉下の安藤の僻地赴任阻止行動

これこそ、杉下のN=安藤の証拠なのでは!という方がほとんどだと思います。なぜ、これがトリックであるのか?
私が奈央子の自殺以降を対象に杉下のNを論じているのには、ここに理由がある。
事件の発生の前と後で、杉下の行動ルールが違うんです。
この時確かに杉下は野口に対して安藤を守る意図で行動した。
しかし事件発生以後は、杉下は何に対して彼女のNを守るのか?
それは捜査機関に対してです。闘う相手が異なるのですから、杉下の行動ルールが変わるのは必然です。杉下は野口から安藤を守る意図で僻地赴任阻止行動を行った。これは真です。しかしそれをもって杉下が捜査機関から安藤を保護する事を意図としてその後の行動をする、とは断定出来ないのです。
ですから、これは人間の因果律を利用した、視聴者を引っ掛けるためのトリックなんです。

2015年8月31日月曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その5

つまりどういう事かと言えば、安藤に一切触れずに済む偽証を杉下が成瀬の指示で受け入れたという事は、杉下は安藤の保護が目的で偽証を受け入れたのではない、安藤以外の誰かを保護対象として偽証を受け入れた、という意味なんです。

そしてそれはだれか?と言えば、それは成瀬です。
杉下のN=成瀬、その人です。

なぜ成瀬と言えるのか?これには直接的証拠があります。
成瀬の入室前、西崎は杉下に対して『罪の共有』という名の偽証要求をしていますが杉下は拒否しています。
しかし成瀬の、西崎との共謀による『それでいいね』という偽証指示は受け入れた。
どちらの要求・指示によっても、偽証内容に差はない。
つまり、西崎を保護する(奈央子を庇って西崎自身が犯人になるという西崎の意思の実現)目的では杉下は偽証を受け入れる事は出来無いが、後に状況に加わった成瀬を保護する(杉下との関係性からさざなみ放火事件を蒸し返される事を防ぐ)目的であれば偽証を受け入れる事が出来たんです。

ですから杉下のN=成瀬なのです。

それではなぜ安藤の外鍵の隠蔽が行われたのでしょう?
これは中の三人(西崎、杉下、成瀬)と安藤との間で暗黙のゲームが成立したからです。

中の三人に取って、安藤が鍵をかけた事が捜査機関に対して知られるのは致命的です。西崎に会った事、西崎が成瀬について言及した事、三人が杉下の部屋で会っていたことが全て明らかとなり、偽証の根幹がくつがえってしまうのです。
ですので、三人には安藤に喋って欲しくない、だから『こっちは黙っててやるから、そっちも黙っていろ』。それが西崎の安藤への『逃げられなかった』の発言の意図です。

安藤は安藤で、自身の行為が野口夫妻の死亡のきっかけとなった自覚がある。出来る事なら自らの行為は捜査機関に知られたくない。だから自分からは鍵について触れない。

こうして安藤の外鍵が隠蔽されたのです。ですから中の三人にとっては、安藤の外鍵の隠蔽はあくまで偽証を通す為の手段であり、安藤の保護が目的ではない。杉下のN=安藤とはなり得ないのです。

続く…

追記
実は成瀬と安藤については、正確にはもう少し別の意味が加わるのですが、議論が複雑になるので省略します。すでに投稿した記事がありますので、そちらをご参照ください。

2015年8月30日日曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その4

それでは具体的に見ていきましょう。

奈央子の自殺以降の経過を記します。
1.奈央子自殺
2.西崎の杉下に対する『罪の共有』の要求と杉下の拒否
3.成瀬入室
4.西崎、成瀬の共謀→杉下の偽証受け入れ
5.成瀬、警察へ通報
5.安藤入室
6.安藤の『おれのせいだ』
7.警察着
8.杉下の成瀬への外鍵隠蔽要求、安藤退出、成瀬、杉下の手繋ぎ

杉下のNを判断するには、偽証の構造と杉下が偽証を受け入れたタイミング、そしてその偽証を受け入れた杉下の動機を読み解く必要があります。

まず偽証の構造の分析から始めます。
・西崎単独犯
・西崎の単独犯とするには、作戦の存在を隠蔽する
・作戦の存在を隠蔽する目的で、三人の関係性は希薄であり、偶然現場に居合わせた事にする
・その偶然性を担保するには、外鍵の隠蔽が必要

上の三つ(西崎単独犯、作戦の隠蔽、偶然の主張)は、成瀬と西崎が合意し、杉下がそれを受け入れました。
最後の外鍵の隠蔽は3人の間での合意は無く、杉下が成瀬へ依頼しています。

実は偽証の構造のうち、核心は上の三つ(西崎単独犯、作戦の隠蔽、偶然の主張)であり、仮に安藤が外鍵を掛けていなくても、同じ事を主張したはずの事項なのです。
つまり、最後の外鍵の隠蔽は、安藤が外鍵を掛けた為に、偽証の核心部分を担保する必要から追加的に生じた偽証です。

それではなぜ安藤の外鍵の隠蔽が必要になったかと言えば、安藤が偽証の核心部分をひっくり返す事が可能な存在であるからなんです。

続く…

2015年8月29日土曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その3

先ず一つ言葉の定義について明確にさせて頂きたいと思います。ここで論じる『杉下のN』とは、スカイローズガーデン事件の処理の際、杉下が誰の事を大事として行動したか、とします。より具体的には奈央子の自殺以降、杉下がその人物を護るために行動、選択をした対象者とします。つまり杉下が『一番大切な人の事だけ考えた』相手です。

なぜこのような形で時間軸上のある点以降に限定するか、については実はそれ自体がトリックに関係するからです。ですので本来であれば、このようなテクニックを用いる事自体がトリック破りのための方法論なので、謎解きの一部に含まれるのですが、これを予め提示した上で先を進めないと、話が正確に伝わらない可能性が高いため、便宜上先に提示させて頂きました。

もう一点はここで分析、解説させていただく事項に関しては、『杉下の意図』がその対象である、という事も併せて先に断っておきます。
この点についても、上記の時間軸に関する説明と同じです。これから進める論中、『〜のために』という表現が頻出する事になりますが、その意味を取り違えるとこれも話が正確に伝わらない、あまつさえ、全く意味が逆になる事が起こるので、先に明確にさせて頂きます。

実を言うと、上記二点を明確に意識する、使い分ける事に気付く事がこの『杉下のN』分析上の方法論として必要不可欠で、これを取り違えるとあらぬ方向に論が進んでしまいます。その意味で製作側のミスリードのテクニックのネタばらしであり、これに気付く事自体がここの謎解きの楽しみの一つではあるのですが、それでは解説にならないので、皆さんの楽しみを幾つか減じますが、その点は了承願います。

それでは明日以降、具体的に話を進めていきましょう

続く…

2015年8月28日金曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座 その2

この二派の主張は真っ向から対立しており、相容れないもののように見える。
また俳優などのインタビュー記事などでも“視聴者に解釈を委ねる”的な情報も流れており、さもその二派両方の解釈はそれはそれで成立するんだ、といった雰囲気が醸成されていた。

しかし、よく両派の論を見比べると、一致点も存在している。
それは『スカイローズガーデンでは杉下は自らの意思で安藤を護った』、つまり『杉下のN=安藤』と安藤派だけでなく、成瀬派もこの点について認めているんです。

これは奇妙な現象です。

杉下のNが明かされていないにも関わらず、その意見を異にする二つの系統双方が、『杉下のN=安藤』との一致を見ている。ドラマの謎とされている部分について見解が一致しているにも関わらず、その他の部分の解釈が真っ向から対立している。

なぜこのような事象が発生するのか?
それは、この『杉下のN=安藤』という、ドラマを見た殆どの方が一致している正にこの見解が間違っているからです。

『杉下のN=安藤』はトリックです。その詳細は次回以降詳述させてもらいます。
そして、この『杉下のN=安藤』説を脱却出来たとき、このドラマの本当の面白さが目の前に広がります。それはこのトリック破りの何倍もの面白さです。皆さんにぜひその世界を知って頂きたい。それがこの講座の本意です。

今は、ここから先の議論で必要な心構えだけ述べさせてもらいます。
一つ、キャラクターへの思い入れは捨てる。
一つ、全ての描写へ懐疑の眼を向ける
一つ、このドラマがミステリーである事を認める
一つ、ミステリーにおいては論理的可能性は必然である事を受入れる

続く…

2015年8月27日木曜日

『杉下のN=成瀬』説普及短期集中講座

このドラマで一番解りやすく且つ一番多くの方が解消できていないギャップがスカイローズガーデンで『杉下のN=安藤』に見えるにも関わらず、ラストシーンで杉下は成瀬の元で幸せを得た描写です。
他のメンバー、成瀬、西崎、安藤がそれぞれ自身のNが誰であったかを高野に明かしているにも関わらず、杉下のNだけは最後まで明かされることなくドラマは終了してしまいました。

このギャップを解消するため、番組終了直後からさまざまな解釈が展開されました。それは成瀬を中心に解釈する系譜(いわゆる成瀬派)と安藤を中心とする系譜(いわゆる安藤派)の2系統に大別されます。

成瀬派の論旨
・島時代を含め、全編で杉下の成瀬への想いが描写されている。だからラストで杉下が成瀬の元に還るのは当然。
・スカイローズガーデンでは杉下は安藤を護った(杉下のN=安藤)
・杉下が安藤を護ったのは、安藤が杉下の上昇志向の象徴的存在であり、彼の将来がつぶされることは何としても避けたかった。また生活能力に若干の問題(のこぎりをろくに使えない)のある安藤を長女気質でまもった。

安藤派の論旨
・東京編での杉下の恋愛感情は安藤にあった。
・だからスカイローズガーデンでは安藤を護った(杉下のN=安藤)
・成瀬の元に還ったのは杉下が病気となり、安藤の将来への邪魔になるのを嫌がったから。安藤を諦め、それでも受入れてくれる幼馴染の元へ行くのは、現実的な女性の選択。
・原作者自身が『紆余曲折を経て主人公が両思いになる物語を自分が書く意味がない』と言っている。成瀬派の論旨は原作者が書かない、と言っている事そのもの

いわゆる中間派、と呼ばれる系統も存在しますが、これは上記二派のハイブリッド論ですので、この講座では特に扱いません。

続く…

2015年8月24日月曜日

なぜ製作者は杉下を不治の病に設定したのか?

これは、naoさんから頂いた宿題です。
ここまで行くと、謎解きというより製作者の意図の推測の問題となり、検証のしようもないのですが、ある種の想像は可能ですので、それをしてみます。

私はこの物語はキルケゴールの実在主義哲学がモチーフとしているととっています。
キルケゴールの思想上の特徴は
1.人の有限な時間性
2.主体的真理の追究及び実践
3.絶望とキリストによる魂の救済
です

簡単にいえば、人は死に向かって生きている存在であり、時間は有限である。その有限な時間をどう使うか、その選択は実在に委ねられている。実在にとって本当に何が大事であるかは、個人的なもの(主体的真理)。人はその為に生きようとするが、不完全な存在である人間は完全にはなり得ず、それゆえ絶望する。しかしその絶望でさえ神の前では罪であり、ひたすらに神の奇跡を希求するとき、神は救済に現れ、至福に至る…

つまり、神の救済に至るには、自らの時間が限られたものであるという主体的な認識が不可欠なのです。

この自らの時間が限られたものであるとという主体的な認識が一番伝わりやすい方法が、病気による余命宣告という形だった。その為に製作者は杉下を不治の病に設定した、そう理解しています。

キルケゴールの実在主義はキリスト教的有神論である為、一般的なドラマでそれをそのまま出すのは問題があるでしょう。ですのでその役割を担ったのが成瀬でした。ドラマの中で成瀬は杉下にとって現人神です。神であり且つ杉下の主体的真理=愛の対象として描かれていましたね。ま、多分に杉下の妄想癖が生み出した面もあるのですが。

ちなみにですが、キルケゴールという人物もレギーネ・オルセンという女性に対して強烈な歪みを抱えた人物です。あまつさえ彼の著作の多くが、実はこの女性を真のキリスト者(キリスト教の実践者)へと教化する意図で書かれたもの、と言われています。
また、自分が早くに死ぬ事になる、という強烈な自覚(思い込み)もあったようです。
とにかくその著作は難解で、真に伝えたい事を隠蔽して読者を騙しこむ、という表現手法を多用したそうです。

参照
作品の思想的バックボーン 再考
作品の思想的バックボーン 再考 その二
エゴと『あれか、これか』
杉下は成瀬の何に〝悪魔的絶望〟を抜け出す光を見たのか
魂の解放
崩れ落ちる橋 への二人の答え
キルケゴールの思想に対する証左
私の『Nのために』の解釈
製作者の意図、目標

2015年8月23日日曜日

成瀬が安藤にいった 『杉下があの時考えていたのは… 』の意図 その四

続き…

そしてさらには、成瀬にはいずれ杉下は安藤を赦すだろう、という予測が出来たんです。それは杉下が成瀬のプロポーズを留保した言葉『甘えられん』です。この言葉は、留保する理由が自分の中にある時にしか使え無い言葉です。つまり成瀬からの見た時、杉下がスカイローズガーデンについてのわだかまりが杉下自身の中にある感情であり、他との関係性に依存し無いものである事が分かる。だから成瀬には杉下がいずれ安藤を赦すと。

以上より纏めると、成瀬が安藤に『杉下があの時考えていたのは…』と言った意図は以下の通りとなります。

杉下の赦しを得たい安藤を慮って、いずれ杉下が安藤の事を赦す筈であるから、今自ら杉下を吹っ切る必要はない、と安藤に伝える為。

桃さんとMacさん、ありがとうございます。
お二人がいなければ、この成瀬と安藤の会話の意味が迷宮入りしてしまう処だったんですが、これで解決出来ました。貴重なサジェスチョン、感謝です。

参照
やっぱり解けない安藤と成瀬の会話の謎
安藤と成瀬があったシーンの評価
この作品のテーマ
『杉下希美を愛してやまない人祭』開催のお知らせ(桃さんコメント)
事件に対する成瀬の認識の到達度の検証
安藤が真に求めていたもの
成瀬は安藤が外鍵をかけた事を捜査機関に喋らない事が判っていた
安藤のNは杉下と言っていいのか? その二
杉下の『成瀬くん、ごめん』と『甘えられん』

2015年8月22日土曜日

成瀬が安藤にいった 『杉下があの時考えていたのは… 』の意図 その三

続き…

おそらく安藤としては、杉下に何度も会うが、事件の事は一言も語らない。プロポーズをしてまで聞こうとしているのに杉下は一向に心を開かない。それは自分の行いが、杉下とその究極の愛の相手である成瀬との関係までもぶち壊してしまったから。成瀬からの赦しを得られない限り杉下が自分を赦す事は無い、と判断したものと思われます。
ですので、成瀬から何も聴けない=成瀬から赦されない=杉下からも赦されない→杉下を吹っ切ろう、という安藤の成瀬への発言になるんですね。

で、漸く本論に入れる訳ですが、安藤の発言で成瀬には安藤の意図と置かれた状況が理解出来た。つまり安藤は杉下の赦しが得たい、そのためには自分が条件になる、そして自分が赦さなければ安藤は失意の内杉下からの赦しを得る事を諦める、という事です。

ここで成瀬という人物の性根ともいうべき性格が出た。相手にそっと寄り添う優しさです。
成瀬としても杉下を窮地に陥れた安藤は嫌悪の対象であった。しかし事件は既に過去のものであり、いつまでもそれを引きずっていても過去が変わる訳では無い。それに成瀬としても事件処理の際に安藤が独自の判断で杉下を擁護するために、一切の事に口を噤む事がわかっていたし、安藤は実際にそれをやった。成瀬と安藤の間ではある種の共闘関係が出来ていた。そこに想いを巡らせたんです。彼にも救われるべき部分がある、と。

ここで自分が杉下に赦された事が成瀬の心理に効いてきます。
成瀬にしたって、さざなみの際にずいぶんな事を杉下にしたという自覚がある。しかし杉下は自分を許してくれた。そうであるなら、自分も安藤を赦すべきだ、と考えたと思われます。

続く…

2015年8月21日金曜日

成瀬が安藤にいった 『杉下があの時考えていたのは… 』の意図 その二

続き…

そして残るは冒頭の成瀬の安藤に対する、成瀬の発言意図の推理です。

ここで今一度立ち返りたいのが、なぜ安藤が成瀬に会おう、と考えたのか、その意図です。
安藤は成瀬の発言の前にこう言っています。

安藤『十年たって今更だけど、一度会っておきたかった』
成瀬『話せる事は何も』
安藤『君から何も聞けなければ事件の事は吹っ切ろうと思っていた。時間を取らせて悪かったね』

安藤は成瀬に事件の真相を聴こうとやってきたんですね。でもその実真の目的は成瀬に赦しを請う事だった。真相を教えて貰う前提には相手から赦される、という事が必要なんです。だから安藤は自らの事件時の行為を赦して貰うために成瀬を訪れた。

で、実は安藤としてはもう一つ意図があったんです。
『成瀬から何も聞けなければ、事件の事は吹っ切ろう』

これ、事件を吹っ切る、と言っていますが、実は事件=杉下なんです。つまり杉下の事を吹っ切ろう、という意味なんです。

成瀬にとっての杉下がさざなみを抜きに語れないのと同様に安藤にとっては杉下との関係をスカイローズガーデンを抜きには語れない。それなのに事件の事を吹っ切るという事は杉下の事を吹っ切ると同義なんです。

続く…

2015年8月20日木曜日

成瀬が安藤にいった 『杉下があの時考えていたのは… 』の意図

成瀬が安藤にいった『杉下があの時考えていたのは安藤さんの事だと思います。あなたを護ろうとしていました』の発言意図です。
これがこのシーンで最後まで解けていない謎です。

成瀬の上記の発言の出処はわかっています。
成瀬は杉下が安藤の事で野口から追い込まれた結果として、野口に計画をバラした事、そして、それが杉下の勘違いによる事まで認識していました。

そしてその後の『あなたが杉下の傍に居てくれてよかった』の発言が次の課題で、これが解せなかったんですが、桃さんとMacさんのご指摘から、その発言の出処と成瀬の意図が整理出来ました。
これについては以下の通りです。

成瀬は杉下の部屋を訪れた最初の日、『杉下も変わらんよ、むしろ今のほうが…』と発言。
西崎が乱入し、この後の言葉は不明であるが、『むしろ今のほうが、明るくて綺麗、魅力的』といったニュアンスの言葉と推測されます。
成瀬としては、なぜ杉下がそのように変化したかと考えると、プロポーズする意向をもっている事をしった安藤の影響と思われた。杉下がそれを受けるかは不明であるが、少なくとも安藤がそのような意向をもつほどの関係性の中での変化と成瀬は理解していた。

しかし事件において安藤は自身のエゴ(杉下が自分と成瀬のどちらを頼るかを知りたい)から外鍵を掛けるという危険な行為を行ってしまい、成瀬も安藤に対して嫌悪感を持った。

10年が経過し、さざなみの真実が明らかとなり、父親を赦す事が出来た事、そして杉下を利用した事を杉下に赦された。これが契機となり成瀬も安藤を赦す事が出来、杉下の変化を導いた安藤に対して、『あなたがいてくれてよかった』と発言した…

大分すっきり致しました。この部分はこれでOKだと思います。ここが一番ハードルが高そうだったので難儀していたんですがスッと入ってくる論が成立しました。

続く…

2015年8月19日水曜日

安藤が真に求めていたもの

安藤は高野に情報提供しつつ、事件の真相を知りたいと杉下、西崎、成瀬と接触しました。
しかし、安藤が本当に欲していたのは事件の真相だったのか?と考えると、疑問に思えてきました。

そのきっかけは、この作品のテーマに関する考察です。
この作品の真のテーマが「罪と赦し」である、そして現代編の9、10話で一環して描かれていたのが、その「赦し」の部分である、という事が判ったんです。

そうした時に、実は安藤は”真実を知りたい”と言いつつ、本当に求めていたのは、自分が犯した『外鍵を掛ける』行為=罪に対する、西崎、杉下、成瀬からの赦しだったんだ、という事に思い至りました。

つまり、関係者から安藤が真実を聴くことが出来るのは、安藤がその真実を話してくれる人物から『赦される』事が前提になるからです。
つまりは、安藤は『赦されざる行為』をやったという自覚が有り、みんなから『嫌われた』という自覚を持っており、みんなから『赦されたい』と思っていた。

杉下を事件後訪問したにもかかわらず、会うことを拒絶された。
裁判を支援したにもかかわらず西崎には面会を拒絶され、野ばら荘を訪れた際も、『関わる気は無い』と突き放された

このような自覚があるからこそ、杉下と会うために、高野が訪れた事を伝え、杉下が自分に会わざるを得ない口実としたんです。

そう考えると安藤がプロポーズした杉下から返された指輪を強引に杉下に引き取らせた行為にも、新たな意味が見えてきます。
安藤にとっては杉下のプロポーズへの断り=杉下から赦されない、であり指輪をそのまま受け取るのは杉下から『赦されない』事を自ら受け入れる事になる。それは彼には出来なかったんです。どうしても杉下からの『赦し』を得たい。その為には杉下にプロポーズを受ける意図は無くとも、一先ず指輪を預けて、その次がある形をどうしても取りたかったんだと思います。

ですので、安藤にとって、西崎から串若丸に呼び出されたのは、口でこそ『関わる気は無い、って言ってなかった?』と言っていますが、彼には非常に嬉しかった事なんです。結局は事件の真相は教えては貰っていないけれども、西崎から呼び出された=西崎から赦された、と彼は理解したはずです。

成瀬にあった理由も同じです。なんら接点がなかった成瀬ではあるけれども、事件の真実を知りたい、という事を口実に成瀬からの赦しを得たかった。

だから安藤にとっては、事件の真実を知る、というのは口実で、現代編での彼の行動は三人からの『赦しを得る』為の行動だったんです。

参照
この作品のテーマ
安藤が真相を誰からも教えてもらえない理由
杉下はなぜ事件後、安藤の訪問を拒絶したのか?
事件後の四人の接触関係の整理
杉下が安藤に事件の真相を語らないのは愛されていたから?